その夜。
帰宅した元貴は、シャワーを浴びても胸のざわつきが消えなかった。
藤澤の言葉が何度もリフレインする。
 
 
 
 ――「元貴のことよく考えてる」
 ――「偶然じゃなく必然」
 
 
 
 ベッドに横たわっても、視界の隅に藤澤の笑顔が浮かんで離れない。
 
 
 
 (……なんだこれ。変だな、俺……)
 
 
 
 胸が熱い。
呼吸が落ち着かない。
笑顔でいる藤澤を思い出すたびに、心臓が跳ねる。
 
 
 
 「……っ……は……」
 
 
 
 静まり返った部屋に、元貴のかすかな息遣いが流れ込んでくる。
 それは勿論、指輪に仕込まれた盗聴機から、藤澤のスマホへと送られていた。
息が乱れ、くぐもった声が混ざる。
 そして突然、耳に生々しい音が届く。
ぬちゃ、ぬちゃ、と湿った摩擦音。
――扱く音。
それは間違いようのない自慰の音だった。
 
 
 
 「……え?」
 
 
 
 藤澤の指が、机の上で止まる。
息を潜め、音に集中する。
さらに鮮明に、指輪から拾われた音が鼓膜を震わせた。
 
 
 
 ぬちゃっ、くちゅ……くちゅ……
 
 
 「ん……っ……あ……」
 
 
 
 直に指輪が触れているのだろう。
動きと共に小さな金属が触れる音まで、リアルに聞こえてくる。
 数秒の沈黙ののち、藤澤は唇の端を吊り上げ、舌で舐めずった。
 
 
 
 「……最高じゃん」
 
 
 
 声に出し、スマホを握りしめる。
まるで自分に触れているような錯覚。
何も知らずに、俺の贈った指輪をはめて、こんな声を漏らしてる。
 藤澤はジャージのウエストに手を入れた。
耳元で響く元貴の吐息に合わせ、自分の手もゆっくりと動かす。
 
 
 
 「……っ……や……」
 
 
 
 一人きりのはずなのに、恥じらいを含んだ声。
 ぬちゃ、ぬちゃ……とリズムが少し速くなる。
それに合わせて、藤澤も自分を扱き始める。
リズムを完全に同期させ、まるで二人でしているかのように。
 
 
 
 「……ん、……はぁ……」
 
 
 
 元貴の声が小さく震える。
 
 
 
 「もっと……強く……っ」
 
 
 
 独り言のような呟きが漏れる。
藤澤の手が思わず強くなる。
 そして――唐突に。
 
 
 
 「……縛られたい………」
 
 
 
 その一言に、藤澤の動きが止まった。
脳裏に稲妻が走るような衝撃。
 
 
 
 「……は?」
 
 
 
 信じられない気持ちと、底から湧き上がる欲望が同時に胸を満たす。
 
 
 
 「もっと……強くされたい……っ……」
 「……痛く、…して……っ」
 
 
 
 元貴は半ば無意識のまま、心の奥に眠る欲望を吐き出していた。
それは誰にも知られてはいけない願望のはずだった。
 
 
 
 「……お前……俺に支配されたいんだな」
 
 
 
 スマホ越しに囁き、藤澤はゾクリと震える。
 
 
 
 「……涼ちゃ……っ」
 「もっと……中に…欲しい、っ……!」
 
 
 
 元貴のかすれた声に、藤澤の理性は完全に壊れた。
彼の名前を呼ぶ吐息を聞いただけで、胸が焼けるように熱くなる。
 
 
 
 「……っ、ああ……元貴……最高だ……」
 
 
 
 それぞれの場所で、同じ熱に溺れる。
 
 
 「……もっと…もっと喘げよ、元貴……!」
 
 
 届かない声で呟き、指先に力を込める。
音がさらに濡れ、くちゅくちゅと淫らに響く。
元貴の息が詰まり、短く震えた吐息が漏れる。
 やがてリズムは重なり合い、声を殺すようにして――。
 
 
 
 「……っあぁ……っ!」
 「……はぁぁ……っ!」
 
 
 
 絶頂が同時に訪れた。
 
 
 
 
 ⸻
 
 荒い呼吸を整えながら、藤澤はスマホに映るGPSの赤い点を見つめ、低く囁く。
 
 
 
 「……可愛いな……知らねぇだろ、お前」
 
 
 
 藤澤は笑った。
紅い指輪は、ただの飾りじゃない。
そこから漏れる声も、音も、全部──俺だけのもの。
 そして、この夜、藤澤の中で何かが決定的に変わった。
聞いているだけでは足りない。
音だけでは満たされない。
 
 
 
 ──次は、直接。
 ──お前の声も体も、全部俺が奪う。
 
 
 
 藤澤はゆっくりとアプリを閉じ、スマホを机に置いた。
指先にはまだ余韻の熱が残っている。
その熱は、次の行動へと静かに繋がっていった。
 
 
 
 
コメント
4件
(*/ω\*)キャー!!まさかの展開大森くんがこのままでいられるのもあとどれぐらいかな……