れれのバッグの中で、電話が鳴った。
「もしもし。うん。大丈夫。わかった。隣の駐車場ね」
ふうっと大きく息を吐き出した後、れれは、僕の額に顔を押し付けてごしごしと涙を拭い、
さあ家に帰ろうね、と立ち上がった。
それから、何か言いたげに診察室のドアを見つめた。
「ゴロちゃん! ゴロちゃん! 目を開けてよ! ゴロちゃん!」
ドアの向こうから、男の子の泣き叫ぶ声が、静まり返った待合室にこだまする。
時折、先生の低い声がそれに重なっている。
れれは、ドアに向かって少し頭を下げ、振り切るように踵を返し、出口に向かった。
いきなり悲鳴のような叫び声が、背中から追ってきた。
「いやだよ! ゴロちゃん! ゴロちゃん!」
男の子の、張り裂けんばかりの声が待合室を突き抜けてくる。
お母さんのすすり泣く声も、微かに交じっている。
れれが、僕の体を思い切り抱きしめた。
それから、何度か涙を拭った後、ゆっくりとガラスの扉を押した。
夜の冷えた空気が流れ込んでくる。
背中の扉が閉まり、辺りはいきなり静寂に包まれた。
ほてった顔に、冷たい空気が心地よい。
ーおじさん、男の子のこと、頼んだよ。
見上げれば、満天の星が静かに瞬いている。
そのひとつひとつが、命を持って輝いているみたいだ。
と、そのうちの一つが、こぼれるように、すっと向こうの山に消えていった。
「あ、流れ星」
僕は、れれの腕の中で、そっと目を閉じた。
横からのライトの光が、いきなり僕たちを照らした。
驚いて、振り向くと、
「こっち、こっち」
車の窓から、れれ夫が手を振っている。
「まるちゃ~ん! 迎えに来たよ~!」
反対側の窓が開いて、中から二つの顔がのぞいた。
ーちいとももちゃんだ。
れれは、僕の体を包み込むように抱きしめ、ゆっくりとライトに向かって歩いて行った。
了
コメント
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みんな生きてお家に帰れて良かったにゃ〜🍀🍀🍀