「自分は、幸せにならなきゃいけないんです。」
面談室に入ってきた男子生徒がそう呟いた。
椿学園高等学校 中学3年特進クラス 田中幸樹
俺がもってるクラスの生徒。お調子者、陽キャ、リーダー、お茶目、そんな言葉が似合うだろうか。提出物は期限内に出さないし、成績もそこそこ。定期テストの順位は29位。ギリギリ特進クラスに入れている。
今まで持ち前の才能だけでどうにかなってた奴だ。まあ、高校に上がる時に追い抜かされて、クラスから落ちるだろう。なんて思っていた。
この3年間の印象は、そんくらいだ。
彼を正面の椅子に座るように指示する。いつになく表情が暗い、暗い? いや、普段にはない無表情だ。いつもおちゃらけた顔をしているから、無表情だと暗く見えるだけだ。
第一面談
「自分は幸せにならなきゃいけないんです。
なんでかって、その、恵まれてたからですよ。ここ、学費高いでしょ?いくら自分の家が金持ちだって、我が子にシアワセになって貰いたくて、働いて、飯も食べさせてもらってるんです。だから、恩返しがしたいんですよ。ちゃんと期待に答えたいんですよ。たった1人の子どもなんでね。
でも、つらいんですよ。とにかく。なんでか分からないけど死にたいんですよ。まあ、迷惑がかかるので死にませんよゼッタイ。だって、恩返しできないじゃないですか。
悩んでるのはやっぱそこじゃないです。そこじゃなくて、アレですアレ、感情?人の感情がよく分からないもんで、シアワセがよく分からないんですよ。どうしたらシアワセに見えますかね?そこをお聞きしたくて。
へへへ、そんな綺麗事はよしてくださいよ。道徳の授業じゃあるまいし。
まあ、簡単なのは、お嫁もって、赤ちゃんつくることですよね。そうすれば、ひとりでいるよりは、シアワセに見えますもん。
え?嫁つくるのは難しいって?へへ、自分別にブスじゃないんで、優しくしてりゃ、1人くらい堕ちてくれますよ。まあ、自分にはレンアイカンジョウ?がよく分からないんですけど。まあ、シアワセになるのが目的なので、誰でもいいです。
話しすぎちゃいましたかね、次の生徒も居るみたいなので、続きはまたですね。あ、このこと親には絶対内緒にしてくださいよ。」
そう言って席をたち、嵐のように去っていった。
面談にもならなかった。今年で教師歴7年目になるが、ここまではちゃめちゃな面談は初めてだ。というか、相手の語りに、ただ頷いていただけであった。教師として有るまじき行為…何か言ってやれることがなかったのだろうか。
頭のモヤを打ち消すように、大袈裟なくらいに次の生徒の名前を呼んだ。
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