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ᜊ ゆーり㌨❕ ᜊ
730
stpr 緑赤 様
誤字脱字注意
日本語おかしい
第1話 ゆうせんせー
大学からの帰り道。
こえは、駅前の小さな書店に立ち寄っていた。
特に欲しい本があったわけではない。
ただ、講義が早く終わってしまって、家に帰るにはまだ少し早い時間だったから。
適当に棚を眺めていると、ふと、懐かしいものが目に入った。
「……保育士、か」
子ども向けの絵本が並んでいる棚。
そこに置かれていた一冊の絵本の表紙を見て、こえはなぜか足を止めた。
――昔、これ読んでもらった気がする。
ぼんやりとした記憶。
まだ自分が小さかった頃。
保育園の先生に、膝の上で絵本を読んでもらった。
泣いている自分を宥めてもらった。
怖い夢を見た翌朝、手を握ってもらった。
その先生の名前は――。
「……ゆう、せんせー……」
口から、自然に言葉が漏れた。
こえ自身も驚いて、慌てて周囲を見回す。
「……何言ってんだ、俺」
大学生にもなって。
保育園の先生のことを思い出しているなんて。
少し恥ずかしくなって、絵本を棚に戻そうとした。
そのとき。
「……もしかして、こえくん?」
「え?」
背後から声がした。
優しくて、少し低くて。
どこか懐かしい声。
こえが振り返る。
そこにいたのは、穏やかな顔をした青年だった。
「……」
「……やっぱり。こえくんだ」
柔らかく笑う。
その笑顔を見た瞬間。
こえの胸が、どくん、と鳴った。
「えっと……」
「久しぶり」
男性は少し照れたように笑った。
「僕のこと、覚えてる?」
「…………」
こえは、じっとその顔を見る。
面影がある。
昔より少し大人っぽくなっているけれど。
優しそうな目。
柔らかな声。
そして――。
「……ゆう、さん?」
「うん」
男性は嬉しそうに頷いた。
「正解」
如月ゆう。
昔、こえが通っていた保育園の先生だった。
「え……本当に?」
「本当に。いやあ、大きくなったね、こえくん」
「……」
こえは言葉を失った。
自分の記憶の中にいるゆうは、もっと大きく見えた。
何でもできて。
困ったときには助けてくれて。
泣いている自分の前にしゃがんで、いつも優しく笑ってくれた。
今目の前にいるゆうは、当時よりずっと近く感じる。
「今、大学生?」
「……はい」
「何年生?」
「三年です」
「そっか。もうそんなになるんだ」
ゆうは懐かしそうに目を細めた。
「でも、顔は変わってないね」
「えっ」
「目元とか。すぐ分かったよ」
「……ほんとですか」
「うん。こえくん、昔からちょっと小さめだったし」
「……それ、今言います?」
頬が熱くなる。
ゆうはくすくす笑った。
「ごめんごめん」
「……もう」
なんだか昔に戻ったような気分だった。
そのとき。
ゆうが、少しだけ首を傾げる。
「そういえば、こえくんって昔、ゆうさんの後ろにずっと隠れてたよね」
「…………え」
「覚えてない?」
「……」
覚えていない。
だけど。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に何かが引っかかった。
小さな手。
大きな背中。
保育園の廊下。
知らない子にからかわれて、泣きそうになって。
そのとき、自分が隠れた場所。
――ゆうせんせーの、後ろ。
「……あ」
記憶が、ほんの少しだけ戻ってくる。
『ゆうせんせー……』
『どうしたの、こえくん』
『……なんでもない』
『そっか。でも、先生ここにいるからね』
優しい声。
大きな手。
頭を撫でてもらった感触。
「……僕、昔……」
「うん?」
「ゆうせんせーのこと……」
言いかけて、止まった。
何を言おうとしたのか、自分でも分からない。
ゆうは急かさなかった。
「……無理に思い出さなくてもいいよ」
「……はい」
「昔のことだからね」
その言い方が、妙に優しかった。
こえは俯く。
どうしてだろう。
胸が、少し苦しい。
懐かしいだけじゃない。
何か大事なものを忘れてしまっているような。
「……ゆうさん」
「ん?」
「今も先生なんですか?」
「うん。別の保育園だけどね」
「そっか……」
なんとなく嬉しくなる。
あの頃と変わらず、ゆうは先生をしている。
それだけなのに。
「こえくんは、今日は一人?」
「はい」
「よかったら、少しお茶でもしない?」
「……え」
「久しぶりだし。昔の話、聞かせてよ」
こえは少し迷った。
でも。
「……行きたいです」
そう答えていた。
*
近くのカフェ。
二人は窓際の席に座っていた。
「こえくん、甘いの好きだったよね」
「……覚えてるんですか?」
「覚えてるよ」
「そんな昔のこと……」
「先生だからね」
ゆうが笑う。
「こえくんのことは、よく覚えてる」
その一言に。
こえの心臓が跳ねた。
「……僕も」
「うん?」
「ゆうさんのこと、覚えてました」
「本当?」
「はい。全部じゃないけど……声とか、雰囲気とか」
「そっか」
ゆうは嬉しそうだった。
「じゃあ、僕が昔どんな先生だったか教えてよ」
「……優しかったです」
「それだけ?」
「あと……」
こえは少し考える。
「いつも僕のこと、助けてくれました」
「こえくん、よく泣いてたからね」
「……」
「ごめん、悪い意味じゃないよ」
「分かってます」
「でも、泣いてるこえくんを見ると放っておけなくて」
ゆうは昔を思い出すように、遠くを見る。
「いつもゆうさんの後ろに隠れてたよね」
「……」
まただ。
その言葉を聞くたびに、胸の奥がくすぐったくなる。
「僕……そんなに先生のこと好きだったんですか?」
「え?」
「だって、ずっと後ろにいたって」
ゆうは少し考えてから、笑った。
「好きだったんじゃない?」
「……」
「先生として、だと思うけど」
「……先生として」
「うん」
その言葉を聞いた瞬間。
なぜか少しだけ、寂しくなった。
自分でも理由が分からない。
「……こえくん?」
「なんでもないです」
「そう?」
「はい」
こえは笑った。
けれど、その笑顔は少しだけぎこちなかった。
*
店を出る頃には、外はすっかり暗くなっていた。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。会えてよかったよ」
「……僕もです」
駅へ向かう途中。
ゆうが足を止めた。
「こえくん」
「はい?」
「これ」
差し出されたスマートフォン。
「連絡先、交換しない?」
「……いいんですか?」
「もちろん」
こえは自分のスマートフォンを取り出した。
連絡先を交換する。
画面に表示された名前。
『如月ゆう』
たったそれだけなのに。
こえは何度も見てしまう。
「じゃあ、またね」
「……はい」
ゆうが手を振る。
「気をつけて帰るんだよ、こえくん」
「……はい」
ゆうが去っていく。
その背中を見ながら。
こえは胸元を押さえた。
――どくん。
また、心臓が鳴る。
「……なんで」
自分でも分からない。
ただ。
昔の記憶の中にいる「ゆうせんせー」と。
今目の前にいる「ゆうさん」が。
少しずつ重なっていく。
そしてその夜。
ベッドに入ったこえは、夢を見た。
小さな自分が泣いている。
その前に、しゃがみ込む青年。
『どうしたの、こえくん』
『……ゆうせんせー』
『うん。先生だよ』
小さな自分が、その人の服の裾をぎゅっと掴む。
『せんせー、だいすき』
――そこで、目が覚めた。
「……っ」
こえは勢いよく身体を起こした。
胸が苦しい。
顔が熱い。
「……なんだ、今の」
夢なのに。
妙にリアルだった。
そして。
どうしてか、その言葉だけが頭から離れなかった。
『せんせー、だいすき』
「……俺、昔……」
忘れていた。
何か、大切なことを。
その日の深夜。
スマートフォンが震えた。
画面には――。
『今日は会えて嬉しかったよ。おやすみ、こえくん』
ゆうからのメッセージ。
こえはしばらく画面を見つめて。
小さく笑った。
『僕もです。おやすみなさい、ゆうさん』
送信。
そして。
胸の奥に芽生え始めた感情の名前を。
まだ、こえは知らなかった。
コメント
1件
おお、なつかしさと甘酸っぱさが混ざった感じでめっちゃ良かった…! 保育園の先生と元園児の再会って設定、ちゃんと「昔好きだった先生」って雰囲気がひしひし伝わってきたわ。 特に「せんせー、だいすき」って夢の中で言うところ、あれでこえの気持ちがはっきりしてくる感じがたまらん。ゆうさんの「先生としてだと思うけど」って言い方も、なんか含みある気がして続き気になるな…!