テラーノベル
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この出会いは奇跡だと思っている
あの時、差し出された手を握ったことを後悔したことはない
叶わない想いが生まれて育ち
これ以上にない程大きくなってしまったけれど
側に居られたらそれでいい
だから
知られてしまうわけにはいかないんだ
君を好きだということを
「何やってんの?若井。」
「元貴…?!」
なのに、こんなに早く終わりが来てしまうなんて…
嘔吐中枢花被性疾患
通称”花吐き病”
片思いを拗らせると口から花を吐き出すようになり、吐き出された花に接触すると感染する。遙か昔から潜伏と流行を繰り返してきたらしいが、根本的な治療法は未だ見つかっていない。吐き続けるとそのうち体力を奪われ、死んでしまうこともあるらしい。
ただし、両思いになると白銀の百合を吐き出して完治する
俺がこの病気に掛かった時、罰だと思った。恋してはいけない相手に恋をしてしまい、あらぬ想像をしたことも少なくない。そんな薄汚れた俺がいつまでも彼の傍に居てはいけないのだと。それでもこうして病気の事を隠して、なんでもないように振舞って、君の傍で笑ってる。
お願い神様
どうか
俺が花となって朽ちるまで
彼の傍にいさせてください
「何やってんの?若井。」
「元貴…?!」
自宅の浴室で吐いていると、何故か元貴が現れた。
「なんで…?!」
「一階のオートロックは丁度出てくる人が居たから住人っぽくして入って来た。玄関のチャイム鳴らして応答なかったけど中で音がするから「もしや泥棒?!」と思って入って来た。あ、鍵空いてたよ?不用心だなぁ。」
勝手に入って来たお前が言うなと言いたいが、今はそれどころじゃない。
「元貴…あのさ…。」
どうにか帰ってもらう理由を考えていると
「ねぇ、なんで風呂いっぱいに真っ赤なバラ入れてんの?」
まぁ気になるよねそりゃ。男一人暮らしの風呂に真っ赤なバラがいっぱいなんだもん。
「バラ風呂?そんなキャラだっけ?」
「違う。とりあえず今度説明するから今日は帰ってくんない?」
「えー。折角来たのに。」
「事前にラインしてよ。」
「したよ。したけど返事ないから行く途中に返事来るかな?って思ってたら来ないまま若井ん家着いちゃって。駄目なら駄目で顔だけでも見て帰ろうかなって。つか、バラの匂いすごいね。」
浴室からこぼれ出たバラの花を拾おうとした元貴に俺は咄嗟に
「触っちゃ駄目!」
「え?」
「触ったらヤバイか、ら…うっ!?」
元貴の前で吐いたら駄目だと思っても、胃からせり上がってくる異物感に抗えず、
「うぇっ、げほっげほっ。」
真っ赤なバラの花が口から零れ落ちた。
「若井…?!」
「来るな!」
「でもっ。」
「うつるかもしれないから。」
「うつるって…これって病気なん…?」
「…嘔吐中枢花被性疾患。所謂”花吐き病”ってやつ。」
「”花吐き病”?聞いたことあるけど、都市伝説と思ってた…。だって原因が…。」
「片思い拗らせ。笑っちゃうよね。この歳になってそんな理由でこんなわけわかんない病気になるとか。」
あははと力なく笑えば、元貴は笑うことなく真面目な顔してじっと俺を見ていた。
「笑わないよ。」
「…ありがと、元貴。」
病気を馬鹿にされるとはもちろん思ってなかったけど、拒絶されないでよかった。
「だって、俺も同じだから。」
「え?」
元貴は止める間もなく俺が吐き出したバラを手に取った。
「うっ…。」
「元貴?!」
次の瞬間、元貴の口から小さくて青い花が大量に溢れてきた。
「げほっ、げほっ。」
「ちょ、大丈夫?!」
「…な?俺も絶賛片思い中。」
「な?じゃねーのよ!何やってんだよ!!吐き続けて体力奪われて死ぬことだってあるんだぞ?!」
「死ぬんだ?そりゃやばいね。」
「なんでそんな平然としてられるんだよ…。」
「んーなんでだろうね?」
へらっと笑う元貴。でも、そっか…。
「元貴、好きな人いたんだ…。」
「まぁね。」
「大丈夫だよ、元貴。両想いになれば白銀の百合吐いて完治するらしいから。」
「無理じゃないかなぁ。」
「元貴に告白されて拒む子いないって。」
「いや、どうやらその子好きな人いるみたいだし。」
「そうなんだ…。」
誰なんだろう。元貴が拗らせる程ってことは、彼氏持ちとか既婚者とか?それか…
「ねぇ、もしかして元貴が好きな人って綾華?」
「は?まぁ確かに綾華は髙野のこと好きだったから条件には合うか。」
この感じでは違うらしい。どうせなら元貴の相手は綾華がよかった。綾華相手なら俺も納得できたから。
「つか俺はいいんだよ。若井は告って完治させないの?」
「…俺も無理。俺の方の相手も好きな人いるらしいし。」
そんなこと絶対ないのに、いつかはもしかして…とか思ってた自分を殴りたい。元貴に想われてるどこの誰かが羨ましくて仕方がない。
「ねぇ、若井。これって両想いにならないと一生このままなんだよね?」
「うん。それ専門の病院行ったけど、吐き気を抑える薬はあるけど、なおす薬はないって。ごめん、うつして…。」
「俺が触ったんだから若井のせいじゃないよ。」
「でも…。」
「ねぇ、思うんだけどさ。拗らせた恋を一回終わらせて新たに恋をしてそれが実れば治るとかないのかな?」
「え…。」
元貴はスマホを弄って何かを調べる。
「んー、そういう事例ないな。やっぱそういう人はかかんないのか、そもそも拗らせないのか…。」
元貴はすごいな。俺はそこに思い至らなかった。いや、忘れられないから拗らせたわけだけど…。
「ねぇ、若井。お願いがあるんだけど。」
「なに?」
「ちょっと俺のこと好きになってくんない?」
「はい?」
その瞬間、俺はバラを吐き出した。
「若井の吐くバラってでかいから大変そうだな。そういや俺の花なんだろ…?」
元貴は自分が吐いた花にカメラを向けてググる。
「ブルースター?へー。こんな花があるのか。花嫁が結婚式で身に着けるサムシングブルーに人気なんだって。つか、これ吐しゃ物の類なんだろうけど、花だから汚い感じしないよな。」
ケラケラ笑う元貴。なんでこいつはさっきから平然としてられるんだ?
「若井が俺の事好きになる。俺が若井の事…げほっ、げほっ。…好きになる。両想いで完治。めでたしめでたし。」
「何がめでたしめでたしなの。友愛と恋愛は違うだろ…。」
俺が元貴に向ける感情は恋愛でも、元貴が俺に向ける感情は恋愛じゃない。両想いというには天秤は偏りすぎだし、きっとそれじゃ完治しない。
「元貴はそれでいいの?拗らせる程好きな人、忘れられるの?」
「分かんないけど、やってみる価値はあると思うよ?こんな変な病気で俺と若井が死んだら日本の音楽業界にとって大損失だろ。」
「すげぇ自信じゃん。」
「事実だし。それに涼ちゃん一人にはできないし。」
「それは…だしかに。」
「俺達三人でMrs.でしょ?だからさ。」
元貴は手を差し出してきた。
「若井、俺のこと好きになって?俺も若井のこと好きになるから。」
夢みたいなセリフだけど、これからすごい事をやろうとしている時の元貴を見ているみたいでワクワクする。
「よろしく、元貴。」
差し出された手を握った。
「大好きだよ、若井。」
嘘だと分かってるのに、嬉しくなって胸が熱くなる。
「俺も元貴が大好きだよ。」
俺が口にした瞬間、二人同時に咳込む。あぁ、完治の道のりは遠いな…。
「「え….?」」
俺の手には白銀の百合。そして元貴の手にも白銀の百合。
「え?早ない?」
元貴は呟いた。俺もそう思う。
「友愛でOKだったってこと…?」
「でも、そんなことどこにも書かれてないけど…。」
元貴はスマホで調べていると、俺のスマホが鳴った。
「あ、そう言えば涼ちゃんと出かける約束してたんだった…。」
流石に今の状況で出かける気にはなれないが、涼ちゃんがマンション下まで迎えに来てくれている。
「元貴、どうしよう?」
「上がってもらったら?涼ちゃんだしワンチャン拗らせてる可能性あるから花は触らせないようにして。一応この状況を説明しておこう。」
「わ、分かった。」
涼ちゃんに返事をし、部屋に来るまでに俺と元貴の吐いた花を浴室に押し込んだ。
「お邪魔しまーす。あ、元貴も来てたんだ?」
何も知らない涼ちゃんが笑顔で入ってくる。
「涼ちゃん、どうぞ座って。」
俺の家なのに元貴が涼ちゃんにソファーをすすめる。
「涼ちゃん、花吐き病って知ってる?」
「花吐き病…。」
ビクリと涼ちゃんの肩が震えた。
「元貴、若井、もしかして…。」
涼ちゃん知ってたんだ。俺病気になるまで知らなかったけど、そう言えば涼ちゃん都市伝説系の話好きだっけ。
「ごめん!」
いきなり涼ちゃんは頭を下げた。
「「え?」」
「二人には黙ってて…。」
「どういうこと?」
元貴の問いに、涼ちゃんはきょとんとして
「え?僕が花吐き病って気づいたんじゃないの?」
「え?涼ちゃんが花吐き病?」
「え?違うの?」
「待って。涼ちゃん花吐き病なの?」
「うん。」
「吐き気は?」
「薬で抑えてる。」
「そうなんだ…。…..えっと、ごめんなんだけど一旦それ置いておいて、俺と若井の話させて?」
「どうしたの?」
「俺と若井、花吐き病になった。」
「え?!」
「ってか、俺が花吐き病で、俺が吐いた花を元貴が触って感染した。」
「大丈夫なの?!二人ともっ。」
「で、さっき完治した。」
「 ……………え?」
俺は脱衣場に置いてた俺と元貴の白銀の百合を持ってきてテーブルの上に置いた。
「え?ってことは二人は…。」
「それなんだけどね、涼ちゃん。俺と若井ってまぁこんな感じじゃん?だから、完治には必ずしも両想いじゃなくてもよさそうなんだよ。」
「え?」
「友情ってか友愛?みたいな感じで普通よりやや強めの矢印がお互いに向いてたらいいみたい。俺と若井、一旦拗らせた片思いを忘れて『お互い好きになろう!』って決めたら治ったんだよ。」
「…。」
疑わしそうに見る涼ちゃん。そりゃそうか。涼ちゃんも苦しんでるのに、そんな簡単に切り替えられるとは思えないんだろう。
「ねぇ、元貴と若井の片思いの相手って誰?」
「え…それはちょっと言えない…。なぁ若井。」
「そ、そうそう。相手にも迷惑かかるかもしれないし。」
「はぁ。分かった。じゃぁ二人が吐いた花見せて。さっき完治したってことはまだ残ってるんでしょ?」
「え、あ、まぁ…。」
それくらいはいいよね?と元貴をみると、元貴も不思議そうに
「涼ちゃんすでにかかってるから大丈夫と思うけど…。風呂場にあるよ。」
勝手知ったるなんとやら。涼ちゃんは風呂場を覗きに行った。しばらくして
「これ、どっちがどっちを吐いたの?」
涼ちゃんは一輪ずつ持って戻って来た。
「赤い方が俺で青い方が元貴。」
すると、涼ちゃんは大きくため息をついた。なに?どうしたの?
「元貴?君のメンバーカラーは何色?」
「え…。」
「若井?君のメンバーカラーは?」
俺と元貴は顔を見合わせる。そして、一つの結論に辿り付いた。
「ちょ、待って!若井の拗らせ相手って!?」
「元貴の拗らせ相手って?!」
お互い顔を赤くし口をパクパクさせる。そんな俺らを呆れたように見る涼ちゃん。
「何が『一旦拗らせた片思いを忘れて』なの。最初っから両片思いだっただけじゃん。元貴も若井も頭いいのになんで恋愛に対してそんなにポンコツなの?」
「涼ちゃんにポンコツと言われる日が来るとは…。」
元貴が悔しそうにしているが、多分これはただの照れ隠しと八つ当たりだろう。
「ま、両想いになってよかったじゃん?元貴も若井もお幸せに。今日は帰るわ。」
俺たちは治ったけど、涼ちゃんは一人苦しみ続けなければいけない。しかも解決策があると希望を持たせた後のこれでは…。
「涼ちゃん!」
帰ろうとする涼ちゃんの腕を掴む。
「ごめん!治るって希望持たせてっ。」
涼ちゃんは優しく笑い
「大丈夫だよ。二人だけでも治ってよかった。ずっと続くと苦しいじゃん?あれ。」
「うん…。」
元貴はすぐに治ったから実感ないかもしれないけど、数年患ってた俺には涼ちゃんの気持ちが痛い程分かる。
「涼ちゃん。差し支えなければでいいんだけど…。」
「僕の拗らせ相手?」
「何か力になれるかもしれないし…。」
「そうだなぁ…。」
涼ちゃんは少し考えた後
「ごほっ、ごほっ。」
「涼ちゃん?!」
せき込んだ涼ちゃんの口から、花が零れてきた。
「その花は…。」
涼ちゃんは面白そうに笑った。
「誰だと思う?」
【終】
※「花吐き病」の元ネタ「花吐き乙女」読んだことありません。
コメント
6件
紫かな?((髙野、もっきー、ひろぱの可能性ありね
ど、どっち……どっちも??🧐
更新ありがとうございます。 無事ハッピーエンドかと思いきや… 🥹