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春の終わり。 夜の雨が冷たかった翌朝、いつもなら一番に登校してくる莉月の姿が教室になかった。

「白川、今日休みだって」

 翔真の一言に、光希――いや優希の手が止まった。

「……休み?」

「うん。昨日ちょっとフラフラしてたし、風邪じゃね?」

 優希の胸がざわついた。

 授業の終わるチャイムが鳴ると同時に、優希は教室を飛び出した。

 気づけば、足は迷わず莉月の家の前に止まっていた。

 チャイムを押すと、少ししてドアが開いた。

「……優希?」

 ぼんやりした声。

 頬は赤く、額にはうっすら汗。

 その顔を見た瞬間、優希は息を呑んだ。

「ちょ、寝ててよ。出てきたら悪化するでしょ」

「鍵、閉めっぱなしだったから……」

「ほんと世話が焼けるんだから」

 優希は呆れたように言いながら靴を脱いで中に入った。

 部屋の中は静かで、少し熱っぽい空気が漂っていた。

 机の上には散らかったノートと薬の袋。

 莉月を布団に戻し、優希は濡れタオルを作って額に乗せた。

「……冷たっ」

「我慢しなって。高熱だよ、三十八度超えてる」

「マジか……」

「ほら。寝ときなよ」

 莉月は小さくうなずいて目を閉じた。

 その横顔を見ていると、昔を思い出す。

 風邪を引いて寝込んでいた優希を、莉月が家までプリントを届けに来てくれたことがあった。

 あのときも同じように、「寝てろ」って言われたのだ。

(……今、逆になってるんだな)

 少しだけ笑って、優希はそっと椅子に座った。

 どれくらい時間が経っただろう。

 外の光が夕方色に変わるころ、莉月がゆっくり目を開けた。

「……優希?」

「起きた? 熱、少し下がってきたよ」

「お前……ずっといたのか?」

「まあね。ノートまとめてたし」

 机の上には、丁寧にまとめられた授業ノートが置かれていた。

 莉月はそれを見て、ふっと笑う。

「お前、ほんと真面目だな」

「真面目なんじゃなくて、ほっとけないだけだよ」

 優希は照れくさそうに目をそらした。

「……昔、お前が俺の看病してくれたの、覚えてる? あれ、けっこう嬉しかったんだよ」

「はは、そんなこともあったっけ」

「だから今日は、俺の番」

 そう言う優希の声は、どこか優しくて、あたたかかった。

 莉月はそれを聞きながら、再びまぶたを閉じた。

 カーテンの隙間から、やわらかな光が差し込む。

 静かな寝息が部屋に広がり、時計の針の音だけが小さく響く。

 優希は寝顔を見つめながら、そっと前髪を直してやった。

「……いつも強がってるくせに、熱出すとすぐ弱るんだから」

 苦笑しながらつぶやく。

 だけど、その弱った表情が、どうしようもなく愛おしく見えてしまった。

 心の奥がくすぐったくて、優希は少しだけ目を逸らす。

 そして、小さな声で続けた。

「……早く良くなれよ。お前がいないと、なんか変なんだ」

 その瞬間、布団の中からかすかな声が返った。

「……優希、いる?」

「いるよ。ちゃんといる」

「そっか……なら、もうちょっと寝てていい?」

「うん。好きなだけ寝とけ」

 優希は微笑んで、再び椅子に腰を下ろした。

 夜。

 熱もだいぶ引き、莉月がゆっくり体を起こした。

 優希が差し出した水を飲んで、ふっと息をつく。

「……ありがとな」

「ううん、いいって。放っておけないだけ」

「……でも、嬉しかったよ」

 そう言って笑う莉月の表情は、少し照れていて、どこか子供みたいだった。

 “光希”じゃなく、“優希”と呼ばれたその響きが、優希の胸をあたたかく満たしていく。

「今度、元気になったらさ。飯作るよ。お礼に」

「ほんと? じゃあ期待してる」

 二人の笑い声が、夜の静けさに溶けていく。

 部屋の灯りはやわらかく、カーテン越しの風が心地よかった。

 優希はそっと立ち上がり、振り返って微笑む。

「じゃあ、また明日」

「うん。……おやすみ、優希」

 玄関を出た瞬間、夜風が頬を撫でた。

 ほんの少し冷たいその風が、なぜか心地よく感じた。

女になった幼馴染

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