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春が深まり、制服の袖口に光が透ける季節。
転入から二週間、光希はすっかりクラスの一員になっていた。
教室のあちこちから「光希ちゃん」「ねぇねぇ、これ見て!」と声が飛ぶ。
最初は戸惑ってばかりだったが、今では笑って応じられるようになっていた。
けれど、笑顔の裏では、ずっと小さな違和感が胸に残っていた。
(俺、ほんとに“光希”になってるみたいだ……)
鏡に映る自分はもう“優希”じゃない。
声も、仕草も、周りの誰から見ても“女の子”だった。
放課後。
校門を出ると、里奈が隣に並んだ。
「ねぇ光希ちゃん、今度みんなでカフェ行かない? 女子会!」
「えっ、じょ、女子会……?」
「そう! スイーツ食べながら恋バナとか!」
「こ、恋バナ……」
心臓が跳ねた。
“恋”なんて言葉に、反応してしまう自分が可笑しい。
でも里奈の期待に満ちた目を見たら、断れなかった。
「う、うん……行ってみたいかも」
「やった! じゃあ決まり!」
そんなやり取りをしていると、後ろから声がした。
「光希ー! 置いてくぞー!」
翔真が手を振って走ってくる。
「お前も来るの?」
「いや、女子会は遠慮しとく。怖ぇし」
「誰が怖いのよ!」と里奈が笑う。
そんな賑やかさの中に、光希も笑っていた。
けれどその笑いは、どこかぎこちなかった。
家に帰ると、莉月がキッチンで鍋をかき混ぜていた。
「おかえり。……なんか疲れた顔してんな」
「うん、ちょっと。今日、女子会誘われてさ」
「へぇ。……行くの?」
「うん、多分」
光希はスカートの裾をいじりながら、ぼそっと続けた。
「最近さ、女子の中にいる時間が長くなって……“俺”が薄くなってく気がするんだ」
莉月は鍋の火を止めて、ゆっくり振り返る。
「……それでも、お前が笑ってるなら、それでいいと思うけどな」
「笑ってるように見えるだけだよ」
「じゃあ、本当は?」
「……分かんない」
優希の声が小さく震えた。
莉月は何も言わず、そっと肩を抱いた。
その温もりに、優希はようやく息を吐く。
「お前に抱きしめられると、ちょっとだけ“俺”に戻れる気がする」
「……なら、何回でも抱きしめてやるよ」
その言葉は冗談めかしていたのに、優希の胸には静かに響いた。
数日後。
蒼が光希の机の前で立ち止まった。
「なぁ、光希」
「うん?」
「白川と仲いいよな。……昔からの知り合いだっけ?」
「い、とこだよ」
「ふーん……」
蒼はそれだけ言って席に戻った。
けれど、その背中には何か考え込むような気配が残っていた。
(……バレた? いや、そんなはずは……)
優希は胸の奥で冷たい汗を感じた。
その日から、蒼の視線が少しだけ気になるようになった。
夜。
リビングで勉強していた莉月が、ふと呟いた。
「なぁ、優希」
「ん?」
「“光希”って名前、けっこう似合ってるな」
「……やめろよ、変な気分になる」
「変じゃねぇよ。俺、結構好きだぞ、その名前」
優希はペンを止めた。
少し照れくさそうに笑って、静かに言う。
「……お前にそう言われると、悪くない気もする」
窓の外では春の風がゆるく吹いていた。
“光希”としての居場所を見つけ始めながら、
“優希”としての自分を手放せずにいる。
その狭間で揺れながら、彼女――いや、彼は今日も笑っていた。
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