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こと-koto
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フ―ッと息を吐きだしながら、俺は心を落ち着かせた。
今の状況を振り返ると、情けなさが募っていく。
壁に備え付けらた鏡に寄りかかったまま服を剥かれ、とうとうボクサーブリーフまで脱がされて、それでも大した抵抗ができないのは、自分の欲とあさましさからだ。
仕事で行き詰まりを見せて疲れていたところに、美味しいエサをちらつかされて、まんまと罠に嵌った。
野々宮の気が済むまで、人身御供のように己を差し出し、その先で手にするものにどれだけの価値があるのか……。
美緒との生活をやり直そうとした矢先に仕事に行き詰まり、別れたはずの野々宮とこんな事になるなんて……。
野々宮の罠に嵌って、美緒を裏切るのか?
美緒を失う事になってもいいのか?
いや、ダメだ。
まだ、引き返せる。
胸に舌を這わせ、今にも下半身に手を伸ばそうとしていた野々宮の肩をグッと押して自分の身体から離した。
「野々宮、無理だよ」
「えっ? なに?」
「俺、使い物にはならないから、他をあたってくれ。USBメモリも返すよ。悪かった」
野々宮に乱されたワイシャツのボタンを俺はかけ直した。
野々宮は、俺の言っている事が理解できないのか、ポカンとしている。
やがて、考え付いたのか鬼の形相で言葉を吐きだす。
「こんなのただの遊びじゃない。私とだったら、あのつまんない女と違って色んな事が楽しめるのに何言っているの」
今、美緒の事を《《あのつまんない女》》と言った。人を見下す事でしか自分を上げる事ができない《《つまらない女》》は、野々宮、お前の方だ。
「悪いな、お前じゃ、|勃起し《たた》ない」
「何言っているの? ここまで来ておいてバカじゃないの?」
「ああ、本当にバカだった。もう、やめよう」
下着を履き直し、スラックスを引き上げた。
後ろの鏡に自分の情けない姿が映る。
視線を移し、野々宮の方を見るとブルブルと手を震わせ怒り心頭の様子だ。
もしかしたら、今後、面倒くさい事になるかもと思ったが、それを気にしたら野々宮のご機嫌取りをすることになる。そんなの元の木阿弥だ。
背広の上着を羽織り、ネクタイを丸めてポケットに入れた。
代わりにポケットからUSBメモリを取り出し、部屋の備え付けカウンターの隅に置く。
「私の事を置いて行くなら仕事で困ることになるわよ」
負け犬のような叫びをあげる野々宮を、俺はフッと鼻白む。
「いざとなったら仕事を辞めて嫁さんに食わせてもらうからいいさ」
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