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Side 健治
自宅の玄関を開ける前、時計に視線を落とした。
時刻は午後11時半になろうとしている。
もしかしたら美緒は、もう眠ってしまっているかなっと思いつつ、そっと玄関のドアを開ける。
「ただいま」と小さく呟き、足を進めるとリビングから人の気配がした。
美緒が起きているのを嬉しく思ったが、野々宮の誘惑に負けそうになった自分に後ろめたさを覚える。
リビングのドアをそっと開け中を覗くと、TVドラマに夢中になって見入る美緒の姿を見ける。
俺が帰って来た事に気が付いていない様子だ。
足を忍ばせて近づき、手にしていたビジネスバッグを足元へ置いた。
まだ、美緒はテレビに夢中で、俺が近づいた事に気づいていない。
後ろからギュッと抱きしめ「美緒、ただいま」と囁いた。
「きゃー!」
悲鳴を上げる美緒の口を慌てて塞ぎ、”しーっ!”っと、人差し指を立てた。
「俺だよ。ごめん。驚いた?」
と聞くと、美緒は涙目でコクコクと頷く。
その顔が可愛らしくてクスリと笑うと、美緒はムゥっと頬を膨らませた。
温かくて優しいこの空間は、美緒が居てこそのものだ。
「驚かせて、ごめん」
と言って、もう一度抱きしめた。
もしも、ラウンジで一緒だったのを誰かに見られていたら……。
美緒に事実と違う内容で伝わってしまったら……。
と不安に駆られる。
今日、野々宮と会った事を話してしまいたい。
しかし、野々宮の実家の病院を担当すると伝えた時にさえショックを受けていた様子だったのに会った事を話したらもっとショックを受けるのではないだろうか。
ましてや、取引情報と引き換えに部屋まで行って、危うく浮気しかけました。なんて、説明しようもない。
この事が美緒に伝わらないよう祈るしかない。
Side 美緒
今日も健治は仕事で遅い。
こんなに毎日遅くなる事があるのだろうか?
もしかして、とか
やっぱり、とか
だんだんと疑惑の種が芽を出し大きくなり始めている。
寝室にいると隣の空いたベッドが気になって、嫌な事ばかり考えてしまう。眠くなるまでリビングでテレビを見て気を紛らわせる事にした。
うっかり、ネット配信のサスペンス映画を見始めたら案外面白くて、目が離せない。
明日も仕事なのに何やっているんだろう。
そんな事を考えていると、テレビ画面から悲鳴が聞こえてくる。主人公が犯人に追い詰められているのだ。
ハラハラな展開から目が離せない。
テレビにくぎ付け状態の私は、突然、「美緒、ただいま」と言う声とともにギュッと後ろから抱きしめられた。
「きゃー!」
何事かと思ったら健治だ。
タイミングがタイミングだけに心臓が止まるかと思った。
そっと、忍び寄るなんて怖いことしないで欲しい。
「驚かせて、ごめん」
と、もう一度抱きしめられた時、健治からフワリと香水の甘い香りがするのに気付いてしまった。
香水を付けない私は、僅かな香りでも直ぐにわかる。
なんで、仕事で遅くなった健治の服から女性用の香水の香りがするの?
私の中の疑惑の種が芽が、大きくなる。
手元にある真新しい猫柄のスマホケースを握りしめた。
その中には、設定済みのGPSカードが忍ばせてある。
「俺、風呂入ってくるよ」
「うん、そうして」
思わず冷たい声が出てしまった。
でも、他の女の影を感じて、優しくなんて出来ない。
瞬間、驚いた顔をした健治は、取り繕うように眉尻を下げ、弱々しく微笑んでから、リビングから出て行った。
心の中がモヤモヤして、気持ちが治まらない。
バスルームのドアが閉まる音を聞いた私は、そっと立ち上がり、ソファーの足元に置かれた健治のビジネスバッグを開いた。
こんな事は良くない。と心の隅で誰かが囁いている。
悪い事をしているという自覚がある分だけ、ドクドクと自分の鼓動がうるさく耳に響く。
スマホケースから取り出したGPSカードを目につかないように、バッグの底にある中敷きの下に入れた。
野々宮果歩と関係を持っていたと知ってしまった日から、信じようと思っていても信じられなくなっている。
こと-koto
402
本当は、GPSカードを仕込むようなマネはしたくないのに……。
石を飲み込んだように、胸の奥が重くなる。
一生を共にすると誓ったはずの夫を疑って、GPSカードを仕込むなんて、間違っているとわかっているのに、この衝動を止められない。
お願いだがら、もう、私を裏切らないで……。