テラーノベル
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俺のオーバーサイズのシャツを一枚羽織っただけの美少女二人を、そのまま外に出すわけにはいかない。昨夜の熱狂が嘘のように静かな朝、俺はクローゼットの奥から。急遽コンビニや近所の衣料品店で昨夜のうちに最低限揃えておいたパーカーやニット帽を二人に与えた。
「絶対に耳と尻尾を出して歩くんじゃないぞ。いいか、人間はな、お前らみたいな可愛い耳が生えている子を見ると、びっくりして気絶しちゃうんだ」
「マジ? 人間って超弱っちいじゃん! 了解、アタシが上手に隠してあげるから安心してよ、ご主人様!」
白猫はそう言って、プラチナブロンドの髪を器用にニット帽の中に押し込んだ。一方の黒猫は、俺の言葉に返事をするのも億劫そうに、ただ黙って俺のパーカーの裾をギュッと握りしめている。
三人で踏み出した外の世界。それは彼女たちにとって、昨日までの路地裏が嘘のような、刺激と恐怖に満ちたジャングルだった。
「うわあああッ! すごっ、ご主人様、見て見て! あの車、超キラキラしてない!? あのビルのモニター、アタシよりおっきいよ!」
白猫は、まるで全身のバネが弾けたかのように歩道ではしゃぎ回る。アスファルトの硬さ、自動販売機の眩しさ、すれ違う人々が纏う香水の匂い。そのすべてが彼女の好奇心を刺激し、隠しているはずの尻尾がパーカーの中で激しく左右に振られているのが外からでも丸わかりだった。彼女にとって、この街は巨大な遊び場なのだ。
「⋯⋯うるさい。⋯⋯音が、多すぎる。⋯⋯怖い。⋯⋯ご主人様、助けて」
対照的に、黒猫は俺の右腕に文字通り「しがみついて」いた。都会の喧騒、大型トラックが通り過ぎる際の地響き、遠くで鳴るサイレンの音。それらすべてが彼女の鋭い聴覚には暴力的な咆哮に聞こえるのだろう。彼女は震える身体を俺の二の腕に押し付け、俺の体温だけを頼りに、一歩一歩を必死に踏み出していた。その瞳には、世界のすべてを拒絶するような、ひどく心細げな色が滲んでいる。
大型ショッピングモールに到着すると、そこはさらなる混沌と誘惑の坩堝だった。
二人の美少女――片や奔放なオーラを放つプラチナギャル、片や儚げでミステリアスな黒髪美少女。そんな二人を連れて歩く俺には、すれ違う全ての男たちから、刺すような羨望と「なんであんな奴が」という無言の嫉妬が突き刺さる。
「あ! あの服、超可愛い! ご主人様、アタシあれ着たいなー。いいっしょ?」
白猫が指差したのは、原宿系の派手なショップのショーウィンドウに飾られた、露出度の高いセットアップだった。
試着室から出てきた彼女を見て、俺は言葉を失った。
「どーお? マジでアタシのために作られたって感じじゃない? テンション上がるんだけど!」
健康的な小麦色の肩を大胆に露出させ、ミニスカートからは引き締まった、けれど柔らかな肉感を感じさせる脚が伸びている。彼女が鏡の前でくるりと回るたび、ニット帽がズレそうになり、俺は慌てて彼女の頭を押さえた。その際、手のひらに伝わった彼女の頭の熱と、服の上からでもわかる脈動に、昨夜の記憶がフラッシュバックして喉が渇く。
「⋯⋯次、アタシ。⋯⋯ご主人様、選んで」
黒猫が、白猫の華やかさに当てられたのか、さらに不機嫌そうに俺の袖を引いた。俺は彼女の雰囲気に合わせて、オーバーサイズの黒いパーカーと、ラインの綺麗なタイトなボトムスを選んだ。
試着室から出てきた彼女は、袖から指先だけをわずかに出した「萌え袖」の状態で、俺の顔をじっと、深く見つめてきた。
「⋯⋯似合う? ⋯⋯白ばっかり、見てたから。⋯⋯アタシのこと、見えなくなっちゃったかと思った」
ダウナーな口調の裏に隠された、剥き出しの独占欲。彼女は人混みへの恐怖を忘れたかのように、俺の目の前まで歩み寄り、自身の身体にぴたりとフィットした服のラインを強調するように腰をひねった。黒猫は無口だが、自分の「女」としての武器を、本能的に理解しているようだった。
「……ああ、二人とも、最高に似合ってる。全部買ってやるから」
「やったー! ご主人様、マジ最高! 大好き!」
「⋯⋯ん。⋯⋯ご主人様が、アタシの主人で、よかった」
買い物を終え、フードコートの片隅で一休みする三人。白猫はクレープの生クリームを鼻につけながら、初めて食べる人間のスイーツに「ヤバっ、これ溶ける!」と感動している。一方で、黒猫は人混みの疲れからか、俺の膝の上に勝手に頭を乗せ、スースーと寝息を立て始めた。
周囲の視線は相変わらず痛い。けれど、俺の膝に乗る黒猫の重みと、隣で楽しそうに笑う白猫の体温を感じていると、不思議と周囲の雑音なんてどうでもよくなった。
この二匹を拾ったのは、間違いなく俺の人生で一番の「事件」だった。
これから家に戻れば、また彼女たちは猫の顔をして甘えてくるのか、それとも「女」の顔をして俺を誘うのか。
いずれにせよ、俺の平凡だった日々は、この二人によって、極彩色の、けれど最高に淫らで愛おしい物語へと書き換えられてしまったのだ。
「……さあ、帰るか。お前たちの、新しい家に」
「うん! ご主人様、帰ったら……美味しいごはん作ってくれる?」
「⋯⋯ん、⋯⋯アタシも。⋯⋯もっと、いっぱい、ご主人様のごはん食べたい⋯」
白猫の穏やかな提案と、黒猫の静かな懇願。
夕暮れ時の街を、俺は二人の手をしっかりと握り、我が家へと向かった。
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