店がない。
ある日、あかりの店に行った青葉は、そこがいきなり、もぬけの殻になっているのに気がついた。
看板もない。
まさか……ほんとうにネットショップにしたとか?
いや、なにも聞いてはいないぞ。
「俺は浦島太郎か?」
と青葉は呟く。
会社を車で出発して、ここに着くまでの間に、また頭を打ったり、記憶をなくしたり、取り戻したりして。
実は100年経っていたとか?
いや、もしかしたら、あかりや日向がここにいたことすべてが、俺の夢か妄想だったとか。
すると、あかりは俺が作り出した理想の女……。
じゃあ、ないな、と正気に返る。
あかりのことは好きだが、何処も自分の理想とは合致していない。
そう青葉が冷静になったとき、
「おにーちゃーんっ」
と声がして、ランドセルを背負った子どもたちが走ってきた。
「おねーちゃんいないんだけど、知らない?」
よかった。
やはり、あかりたちは俺の妄想じゃなかった、とホッとすると同時に、余計に不安になる。
じゃあ、あかりたちは何処へ行ったんだ?
立ち尽くす青葉に子どもたちが言う。
「あ、そうだ。
おにーちゃん、知ってるじゃん。
おねーちゃんが現れる呪文」
「そうだよ。
あれ、唱えてよっ」
青葉は子どもたちと、
「ち、ちちんぷいぷいーっ!」
と唱えてみたが。
当たり前だが、あかりは現れなかった。
帰り際、
「おねーちゃんから連絡あったら、教えてね」
と言ったのは、大島穂月の家の小学生の長男だった。
ということは、穂月も事情は知らないのだろうか。
子どもたちがいなくなったあと、青葉は、ひとり、夕暮れの道に立ち、唱えてみる。
「……ちちんぷいぷい」
あのときのように、パチンと指を鳴らしてみても、やはり、あかりは現れなかった。
「来斗……」
誰とも連絡がとれないまま迎えた翌日。
朝、普通に社長室に、
「おはようございます」
とやってきた来斗に青葉は驚いた。
「なんで、お前、ここにいるんだっ。
お前の家族、みんな消えたぞっ」
あかりも来斗も昨夜は電話も繋がらなかったのにっ、と思い、立ち上がる。
「すみません。
僕も消えます。
呪文を唱えてしまったので」
来斗は大真面目な顔でそう言った。
「……よくわからないが。
そんな状態なのに、なんで会社に来た?」
「引き継ぎにきました」
「死ぬほど義理堅いな」
「そういうことは、きちんとしろと言われまして」
誰が? と思ったとき、来斗が言った。
「姉の店も予約の商品でもあればよかったんですけど。
あまり客の来ない店なんで」
確かに……、と青葉が言うと、来斗はちょっとだけ笑ったようだった。
「では、失礼します」
と去ろうとする来斗の背に向かい言った。
「お前、何処かへ帰るんだろ。
そこに、あかりもいるのか。
そこが何処かは教えてくれなくていい。
お前のあと、ついていってもいいか」
「駄目です」
「何故だ」
「姉を人質にとられているので」
「え……」
「いえ、ご心配なく。
ああいう人なんで、何処でも楽しくやってますから」
いやいや、俺のいないところで、楽しくやって。
もう戻りませんとか言われたらと、余計に心配になるんだが……。
「大丈夫です、きっと。
そのうち、姉には会えると思いますよ。
――すみません。
全部、僕のせいです」
巻き込んでしまって申し訳ないです、と言って、来斗は社長室を出て行った。