テラーノベル
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私はずっと知っていた。
なんでも叶ってしまう魔法の呪文。
来斗も十歳になる頃には、もう知っていただろう――。
昔よく、おばあちゃん、言っていたっけな、とあかりは思い出す。
「甘味処の相席には気をつけて」
と。
「私にもわからないの。
あかりさんが何処に行ってしまったのか」
そう寿々花は青葉に言った。
「カンナさんは、私のせいです、すみません。
そのうちわかります、なんて言うんだけど」
この母にわからないなんて、余程のことだ。
もう他に当てなんて。
いや……。
当てならある、と青葉は思った。
「お疲れ様ですー」
とにこやかな笑顔でその男は劇場から出て来た。
通し稽古をしていたようだ。
青葉は出待ちのファンに混ざって飛び出し、大声でその名を叫んだ。
「堀サマーッ!」
その迫力に、えっ? 刺されるっ? くらいの勢いで堀様は逃げた。
周りのファンの女の子たちが、
なにっ、この超絶イケメンッ。
堀様のファン!?
恋人っ!?
とよくわからないことを叫んで盛り上がっていた。
「び、びっくりしました。
そうですか。
佐々木のお知り合いで」
青葉の車の中で、堀様が苦笑いしながら言う。
「……ツテはたどっていってみるものですね」
何処にでもたどり着きそうだ、と青葉が言うと、堀様は笑って言った。
「そうですね。
そのうち、アメリカの大統領にだって、たどり着くかもしれませんよ」
「ああ、それは結構あっさりたどり着きそうです」
「えっ」
「あなたにたどり着く方が大変でした。
みんなガードが堅くて」
「……アメリカの大統領の方が堅いと思いますよ、普通の人には」
いや、そっちは親戚経由で行けるのだが。
このなんの繋がりもないミュージカル俳優と話せる状況を作る方が大変だった。
佐々木という、大学時代、そういえば、ちょっと顔を合わせたことがあるだけの男が、昔、堀貴之と同じ劇団にいた、と最近付き合いのない同級生から聞いて、そこから堀様にたどり着いたのだが。
まあ、長い道のりだった。
「それで、申し訳ない。
実は、嶺太郎さんと連絡をとっていただきたいのですが」
「私にたどり着いても、まだ先があるのですね」
と堀様は笑う。
「わかりますよ。
レイと連絡とれないの。
レイは仕事が増えるの嫌って、なかなか連絡とれないようにしてますからね。
ああ、たまにお気に入りの公園に出没したりもしてるみたいですけど」
「公園?」
「レイが近所の子のために作った公園ですよ。
散歩中、近所の子たちと仲良くなって、作ってあげたんだそうです」
どんなセレブだ……。
「嶺太郎さん、何者なんですか?」
「いや、多くを語りたがらない人なんで。
僕も突っ込んで訊くことないですしねー」
訊きそうにない人だ、と助手席で、あはは、と笑っている堀隆之を見ながら青葉は思う。
なんか浮世離れしているというか。
まあ、だから、その警戒心の強そうな嶺太郎という男も、彼には警戒していないのかもしれないな、と思った。
「うちに確か、レイの連絡先がありますよ」
「うちに?」
スマホとかに入っていないのかと思ったら、
「なにか急ぎの用事があったら開けてくれと言われて。
封のしてある封筒をもらってるんですよね。
中に連絡先が入ってるみたいです」
と言う。
「それ、開けたら、爆発したりしないですか……?」
と言うと、堀サマは笑っていた。
「さあ、開けたことないんで。
いつも、向こうから連絡してくるんですよね。
僕は、ぼんやりしてるので、休みの日なんか、あっという間に時間が経っちゃってて。
あ、レイと会いたいなって思ったときには、休み終わっちゃってるんです」
ふと想像してみた。
あかりはこの人が好きなようだが。
この人が一般人として、あかりの側にいたとしたら――。
……まあ、あんまり敵じゃないかな、と青葉は思った。
あかりと二人、ずっと、ぼうっとしてそうだ。
この二人で、どちらかが積極的に動いてカップルになるとかないだろう。
まあ、堀様の好みはあかりみたいなのじゃないだろうが、と思いながらも、なんとなく、ホッとしていた。
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