「完全に出遅れたわね、兄さん」
シルヴィは息を切らしながら広間の扉付近に立ち尽くしていた。
「……」
「兄さん?」
「あ、いや……そうだな」
様子がおかしいリュシアンに、シルヴィは眉根を寄せた。やはり、またもや先を越された事に落ち込んでいるのかも知れない。
「でも、流石リディアちゃんのお兄様ね! まるでリディアちゃんを守る騎士様か王子様だわ。兄さんも確りしてよ」
「あぁ、すまない……」
何処かぼんやりしているリュシアンに、「これはダメだわ」とため息を吐いた。
舞踏会の準備が整い、さあ城へ向かおうと馬車に乗り込んだのは舞踏会の始まるニ刻以上も前だった。
シルヴィ達は、リディアを一人にしない為にも城へ先に着く予定だったのだ。
実は数日前、屋敷まで迎えに行くかリディアに訊ねたが、丁寧に断られたのだ。リディアの性格上迷惑を掛けたくないと思っているのは手に取る様に分かった。ならば先に行って待つしかない「リディアちゃんは私が守る!」と気合いを入れたシルヴィは早めに屋敷を出たのだが……。
馬車に乗り込み数秒……馬車は大きく揺れて止まった。
『な、何事⁉︎』
慌てて外に出るシルヴィ。すると馬車の前輪の左側が外れたとの事だ。何でこんな時に……とは思ったが、幸いにもまだ屋敷前だ。直ぐに侍従達に修理させた。
少し時間は掛かったが、気を取り直して出発しようとした時また大きく揺れて止まった。
『今度は何⁉︎』
今度は前輪の右側が外れたらしい。侍従等を急かし、修理させると馬車に乗り込む。
ため息が出た。こんなに次から次に……と思っていたらまた……。
『ちょっと、まさかまた⁉︎』
後輪の左側が外れた。
『もういいから、右側も一緒に取り替えて‼︎』
二度ある事は三度あるとは言うが、この短時間の間に起こり過ぎだ。暫ししてようやく修理は終わった。結局全ての車輪を交換するハメになり、これなら初めから全て交換した方が早かったとげんなりした。
流石にもう何も起こらないだろうとシルヴィは座席に腰を下ろすが……何故か馬車が動かない。
『ねぇ、何で動かないの⁉︎ 急いでるんだけど』
『も、申し訳ございません‼︎ 馬の機嫌が悪い様でして』
『はぁ⁉︎』
思わず苛立って声を荒げる。
(馬の機嫌が悪いって何⁉︎)
シルヴィは再び馬車を降りる。そして前方の馬の所まで行って見た。すると侍従等が困り果てた顔で馬の機嫌を取っていた。人参をやったり、頭を撫でてみたりと試している様だが馬は乗り気ではなさそうだ。
『ちょっと、貸して』
シルヴィは侍従から人参を取り上げ、それを馬に差し出す。だが、やはり食べない。それどころか凄い目で睨まれた。
(可愛くない!)
『ほ、ほら~美味しいわよ』
愛想笑いを浮かべながら口元に人参を近付けるが、馬は顔を徐に背けた。
『か、可愛くない……』
馬に完全に莫迦にされている。ワナワナとシルヴィは怒りに震え、馬の顔を掴もうとしたが侍従等に止められる。そこでようやくリュシアンが馬車から降りてきた。
『今度はどうしたんだ』
『兄さん、この馬が~』
縋る様にリュシアンに助けを求めると、リュシアンは馬に近寄り優しく頭を撫で声を掛けた。
『どうした、機嫌が悪いのか』
すると馬は急に機嫌が良くなりリュシアンに擦り寄ってくる。シルヴィが渡した人参をリュシアンの手ずから食べる馬に、口元がひくついた。
(なんて馬だ……)
そうこうしている内に大分時間が過ぎてしまったのだ。城に着いた時には既に舞踏会は始まっており、慌てて広間を目指した。
中へ入った時には、時既に遅し。リディアが見知らぬ令嬢に突き飛ばされている場面だった。シルヴィは目を見張り、瞬間固まってしまった。だが直ぐに我に返り助けなくては! と思い足を踏み出そうとするが、その前にディオンが現れた。これが今日のシルヴィの顛末だ。
シルヴィとリュシアンは未だ立ち尽くしたままだった。
ディオンがリディアを抱き抱えたままこちらへと向かって来る。この広間から出るにはこの扉しかない故当たり前なのだが。
毅然とし、周囲をまるで気にする素振りもないディオンとすれ違った。
本当はリディアが心配だったので、声を掛けようと思った。だが、出来なかった。
彼はシルヴィやリュシアンには一瞥もくれる事はなかった。誰も寄せ付けない怖さを彼からは感じた。
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