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文化祭から数日後。
日常が戻ったはずの教室は、なぜかざわついていた。
体育館で泣いた僕の姿は、クラスメイトの笑い話になっていて、
机に座るたびにひそひそ声が耳に入る。
「……まあ、仕方ないよな」
笑って流そうとしたけど、胸の奥に小さな痛みが残った。
放課後。
音楽室に寄ると、涼ちゃんが窓際でフルートを磨いていた。
金髪に夕方の光が差して、まるで本当に光をまとっているみたいだった。
「藤澤さん……じゃなくて、涼ちゃん」
僕はまだ少し照れながら呼んだ。
「この前はありがとう。あの舞台のあと、すごく救われた」
涼ちゃんはふっと笑う。
「礼を言うのは、僕のほうだよ」
静かな沈黙が落ちて、僕が窓の外を眺めていると、
涼ちゃんが低く、柔らかい声で言った。
「ねえ、元貴。……若井のこと、どう思ってる?」
「え?」
不意を突かれて振り向く。
「幼馴染で、ずっと一緒にいて。
何でも言い合える関係でしょ?」
「……そう、だけど」
涼ちゃんは視線をフルートから僕に移した。
その瞳はどこか探るようで、けれど優しさを失っていない。
「若井はね、君をただの“幼馴染”として見てるわけじゃない。
たぶん、本人はまだ気づかれてないと思ってるだろうけど」
心臓が一瞬止まったみたいに固まる。
「……どういう意味?」
声が震えていた。
涼ちゃんは微笑んで、しかし目の奥は真剣だった。
「僕、吹奏楽部だから人の“呼吸”をよく見るんだ。
若井が君といるときだけ、呼吸のリズムが変わる。
……目もね。特別な人を見るときの目をしてる」
僕は言葉を失った。
脳裏に蘇るのは、舞台のあと背中を支えてくれた若井の言葉。
「俺が一番知ってんだよ」
あのときの真剣な眼差し。
まさか、それが……。
涼ちゃんはフルートをケースにしまいながら、静かに続けた。
「言うつもりはなかった。
でも、君があまりに悩んでいるように見えたから。
……もし僕が間に入ることで、元貴と若井が壊れちゃうなら嫌だな」
僕は答えられなかった。
ただ胸の奥が熱くて、どうしていいかわからなかった。
「……涼ちゃんは、僕にどうしてそれを教えたの?」
震える声で尋ねると、彼は少し困ったように笑った。
「さあ……。でも、僕は元貴のことも、若井のことも大事だからかな」
音楽室を出たあと、廊下を歩きながら、
僕の耳にはまだ涼ちゃんの言葉が残っていた。
——若井は、僕に恋をしている。
信じられない。
でも、心のどこかで“そうかもしれない”と思ってしまう自分がいる。
そして同時に、胸の奥で小さく疼く痛みに気づいてしまった。