テラーノベル
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春が過ぎて、梅雨の気配が近づいてくる。
若井と“2人だけの秘密”ができてから、
日常はどこか鮮やかで、
見慣れた校舎や通学路すら、
少し違って見える日が増えた。
でもその分、小さな不安も膨らむようになった。
6月、
いつもより短い放課後、期末テストも近い。
若井はサッカー部の練習が忙しそうで、
最近は一緒に帰ることがほとんどない。
滉斗『ごめん元貴、今日遅くなる
またLINEするから』
若井の言葉に『大丈夫だよ』と返しながら、
本当はちょっと寂しい。
グループLINEには、涼ちゃんや、
他の友達からのおしゃべりが溢れている。
だんだん、若井からの、
個別メッセージは短文だけになって、
既読も少し遅れる日が増えた。
きっと、本当に忙しいだけだ、
ただ、僕ばっかり考えすぎてるのかも――
そう思いたくて、
でも画面の向こうの若井が、
遠くなっていく気がする。
数日ぶりに部活帰りの若井と、校門前で会えた。
滉斗『お疲れ、
テスト近いから、あんまり無理すんなよ
俺はそろそろやばいけど、』
若井はいつも通りの顔。
だけど、その“いつも通り”が、
ちょっと他人行儀に見えて――
『…うん、若井も頑張ってね』
としか言えない。
ささやかな会話は途切れて、
彼はサッカー部の仲間に呼ばれて、
すぐに離れていった。
夜、ベッドの上でLINEを開く、でも未読。
なんで、僕だけが、待ってるんだろう、
好きって気持ち、減っちゃったのかな、
何度も画面を見ては、
“平気だよ”
“また話したい”
“大好きだよ”
“寂しいよ”
“嘘じゃなくないよ”
溢れそうな言葉を全部飲み込む。
翌日も、その次の日も。
若井からの返事は、
次第に素っ気なくなった気がした。
そんなある日。
学校の廊下で、偶然、
若井とサッカー部の女子マネが、
一緒にいる所を見掛けた。
楽しそうに話して笑う若井。
別にやましいことなんて1つもない
はずなのに、胸の奥がざわついた。
なんで、あんな普通に話せるんだろう、
僕が隣にいたら、
誰かに気づかれやしないかって怯えるのに、
自分だけがずっと苦しんでいる気がして、
2人の秘密が、
僕の中で少しずつ苦しみに変わっていく。
週末、雨の公園のベンチで、
勇気を振り絞って、若井を呼び出した。
元貴『最近、会えてないし、
ちゃんと話したくて……』
傘越しの若井は、
少し困ったような、でも優しい目をしていた。
滉斗『ごめん、部活忙しくてさ、、
…元貴、何かあった、?』
本当は、『寂しかった』って言いたかった。
でも、口から出たのは、
『若井は、もう僕のこと、
好きじゃなくなったの、?』
という弱々しい言葉だった。
若井は驚いたように目を見開いて、
『そんな訳あるかよ、!』と即答してくれる。
だけど、その言葉がすぐには信じられなかった。
元貴『…じゃあ、どうして最近、
素っ気ないの、?他の人といる方が、
楽しそうに見えたし…
僕といる時、…なんか、前みたい、』
言ってしまってから、
酷く子供っぽいと自分でも思う。
でも、本音だった。
若井は黙ったまま、しばらく空を見上げていた。
滉斗『……俺さ、部活も、
テストも家のこともいっぱいいっぱいで、
余裕なくて、つい、
元貴のこと後回しになってたかも…
でも、元貴が一番大事だって、
ちゃんと伝えるの、怖かった…』
雨音だけが響く。
滉斗『隠し事が苦しいのは、元貴だけじゃない、
でも、気持ち伝えすぎたら、
元貴を傷つけるんじゃないかとか、
変に思われちゃうとか、…俺も色々考えてた、』
どちらも、同じくらい不安だった。
それがやっと分かった。
滉斗『…俺も、またちゃんと話そ、
逃げてごめん、
元貴のこと、好きだよって……
大好きだよって、ちゃんと言う、』
僕は涙が出そうになりながら、
『僕も、大好きだよ』って、
やっと素直に言えた。
すれ違いは、まだ完全には解けない。
でも、
胸の中の痛みを、
2人で少しずつ分け合うことなら、
これからできる。
そう信じてみたいと思った。
2人の傘の下、
雨の音が少しずつ小さくなっていった。