翌々日…
大学にて、午後の講義を終えて瑛太と購買で昼食をとっていた。
「そんで、夜中までイチャコラしとったと?ただの惚気じゃねえかアホ」
「へへ…まあ聞いてよ、一昨日はすごく進んでね?えっちのこと前向きになれそうなんだよね」
「逆に聞くけど、やりたくない理由でもあんのかよ?」
「え?…それは…なんていうか、トラウマ的な…」
「……トラウマ?元カレのDVのことか」
本当のことを言えば、それがトラウマの根元では無い。
僕は元カレ、浜崎くんに暴力行為を受けた他に、もっと心に深い傷を負わされている…。
でもそれは、今目の前にいる瑛太にも
付き合っている太齋さんにも言えていない。
それを隠すようにぎこちなく「そうそう」と笑った
「それ、太齋さんには伝えてんのか?」
「あ…いや、うん。それは伝えてるけど、申し訳なさもあるんだよ」
「申し訳なさ?」
「太齋さんはその…僕のトラウマを少しでも和らげたいからって、してくれようとしてる訳でさ。」
「本当は昨日だって必死に我慢してくれてたんだと思う……」
「まあ確かに、気遣われてる部分はあんだろうな」
そんな会話を終えて、放課後。
「お前今日暇なら、ちょっと付き合ってくんね?」
普段から飲みにすら誘ってこない瑛太に唐突にそう言われた。
「え、いいけど…どこいくの?」
「いや、最近…通ってるホストクラブがあんだけよ、そこ」
「ホスト!?あの瑛太が?」
「…前、好きな男居るって言ったろ?まー現在進行形で言やぁ彼氏なんだけど」
「え、そうなの?!」
「そいつがそこのNo.1ホストなんだよ」
「え、そんな職業で嫉妬とかしないの?お互いに…」
「それ言ったらお前のとこだって似たようなもんだろ。俺のはお互い共依存みてぇなもんだからいーんだよ」
「そ、そっか……で、でも僕ホストクラブとか入ったことないし…!」
「大丈夫だろ、俺も週3程度しか行ってねえし」
「…やっぱ人って見た目によらないね」
「彼氏に会いに行ってちゃ悪ぃかよ?」
「ふふ…全然、でもそれ僕邪魔にならない?」
「友達連れておいでってうっせーから仕方なくな」
そんな会話を交わして、瑛太と大学から歩いて数十分後。
都内某所にあるホストクラブに着いた。
店内に入ると、可愛らしい白基調の内装に煌びやかなシャンデリアが目に入る。
そしてまるで夜の遊園地のような華やかさで溢れていた。
ネオンが煌めき、ミラーボールが眩しく輝き、高揚感に包まれる。
瑛太が受付を済ませて、席まで案内される
その席は半個室のような形になっていて、周りからは見えないような作りになっている。
「えいくん待ってたよ~!あ、今日は友達もつれて来てくれてる!!」
言いながら、瑛太の隣に密着するように腰かけてきたのは、金髪の髪を後ろで緩く結んだ、見るからに年上の男性だった。
「あ……初めまして、宏樹っていいます…!」
「へぇ……そうなんだ?初めまして、僕は『立花ハル』で~す♪」
そういうと、急にハルさんは僕の顔を覗き込むように顔を近づけてきた
「な、なにか……?」
「ねえキミ…もしかして、昔近所に住んでたりした?」
「えっ?どうしてそんなことを…」
「いや、やっぱその顔立ち、そうじゃない?敦と仲良くしてくれてた平野くんだよね?!」
「え?敦……?敦って、え、も、もしかして太齋さんのことですか…?」
「うんうん僕のこと覚えてなーい?って、あー…まあそんな関わりはなかったし覚えてないかもねぇ」
ハルさんがそう言うと、瑛太が答え合わせをするように言った。
「ハルはお前の彼氏の兄ってことな?」
「お、お兄さんなんですか…?!」
「そうそう♪だって俺らあんまり似てないからね~♪」
確かに、言われてみれば目鼻立ちも髪色も違う。
でも身長や、太齋さんの方が少し細い骨格などは似ていると思う。
「えっ……じゃあハルさんって太齋さんの……」
「そそ、正真正銘、敦の兄♪」
「え、えぇ…!太齋さんって確か僕より4つ上ですし…ハルキさんはおいくつなんですか……?」
「僕は敦と2歳差だから、今26歳だよ」
「そうなんですね……!太齋さんにこんなお兄さんがいたなんて…」
「てことで!今からその敦呼んじゃわない?えいくんと僕という恋人が揃ってるんだし、せっかくならそっちのもねー?」
この人、太齋さんとはまた違うタイプでぐいぐい来る人だ…?
なんて考えていたら悪ノリする子供みたいに口角を上げた瑛太が口を開いた。
「今日はこのためにお前連れてきたんだから、そうしろ」
「ええっ……?!」
そんな瑛太の一言から、呼んだ方がいい空気にはなったが
今ホストいるので太齋さんも来て、なんて言うのも違うし…
なんて迷っていると
ハルキさんが「もー僕が呼んじゃうね?」と言って自分のスーツのポケットからスマホを取りだして操作した。
「あ、もしもし敦?今、敦の彼氏くんが店に来てるんだけど」
言いながら、ハルキさんは僕たちにも相手の音声が聞こえるようにスピーカーにする。
『は、ひろくん?なんでひろくんがそっちに…』
「なんかそーいう気分だったんじゃないかなぁ?隣で酔いつぶれてるし早く来た方がいいよー」
『いや酔ってませ』んけど、と言いたいところが、そこでもう太齋さんは電話を切ったらしい。
(こういう悪戯好きなところは、太齋さんに似てるなぁ……)
(って、感心してる場合じゃない!!)
音声が聞こえなくなって、数十分後、店のドアが開いた音がした。
「お、噂をすればぁ」
ハルキさんが言うと、はあはあと息を切らすが汗ひとつかいていない太齋さんが店内に入ってきて、僕たちの席まで来た。
「…ほらやっぱ嘘、ひろくんだけじゃないじゃん…ったく、走り損だっての」
「ははは、ごめんごめん。敦もこういう店来るの初めてでしょ?」
「まあそりゃあ……」
すると、太齋さんは少し目線を逸らしてから僕と視線を合わせた
「で?なんでひろくんがここに?無理やりコイツに連れてかれたなら俺が一発殴っとくけど」
笑顔で言われているのに、目が笑っていない
「こ、これはその瑛太が彼氏のとこ行くって言ってて、僕は付き添いっていうか、き、客としての…!なので!」
「そ、そうそう!!」
「……そう?なら良かったけど。ひろくん、帰ろ」
「え、あ……でもまだ何も飲んでないし」
「いーから」
太齋さんはそう言って僕の手を引くと席を立たせて出口まで連れていった。
「もうっ、本当に敦って冷た~!」
ハルキさんの言葉には答えない太齋さん、店を出たところで僕は口を開いた
「あの……太齋さんって、お兄さん居たんですね…!」
「あー……うん。まあ、たまに連絡取るぐらいだよ。アイツのこーいうとこ嫌いだし」
「そ、そうなんですね……」
「それよりさ」
太齋さんが足を止めたので僕も立ち止まる。
そして、僕の手を握っていた手が離れたかと思ったら……
そのまま顎に添えられてクイっと上に持ち上げられた。
「えっ……あのっ……」
普段見せないような意地悪な顔で僕の顔を覗き込みながら、太齋さんは少し楽しそうだ。
僕がそう言うと今度は顔を両手で掴まれて目線を強制的に合わせられる。
「……頼むからさ、俺以外の前であんま無防備になんないで?」
「えっ……と」
その瞳は子犬のようにうるうるとしていて、頷かずにはいられなかった。
「はい……っ」
「……ん、約束だからね?」
────────────────……
ここ数日、|浜崎くん《元カレ》に出会うこともなければ、リハビリも順調といった感じで
至って普通の充実した日々を過ごしている。
でも、あの言葉だけがずっと耳を離れない。
『昔調教してやったのに───』
『俺に無理やりされて泣いて悦んでたのはどこのどいつだよ?』
…間近でこの言葉を聞いた太齋さんは、そんなことより僕の安全が第一だ、と僕を優先してくれたけど
未だ、そのことについて聞いてきたりすることも
追求してくることも無く。
これが大人の器、余裕ってやつなのかな
ぐらいに思っていた。
…
……
そんなある日のこと────…
太齋さんに突然、お家デートに誘われた。
「あの、急にどうしたんですか?」
「ちょっと、ひろくんに聞きたいことがあんだよね」
「聞きたいこと?」
「そ、まあとりあえず上がって」
「は、はい」
そうして僕は太齋さんの部屋に上がった。
「あの……聞きたいことって……?」
僕が聞くと、少し言いにくそうにしながら太齋さんが口を開いた。
「あー……その、さ。ひろくん、前に元カレになにかされたぽかったでしょ、それって何があったのか聞いてもいいのかなって思って、ずっと悩んでたんだよね」
(やっぱり、気にはしてるよね、そりゃ)
「……太齋さんには、話すべきですよね」
「でも別に無理して嫌なこと思い出さなくていいんだよ、直接的なことは言わなくてもいい。」
「え…?」
「俺はひろくんが何が怖いって感じるのかを知りたいだけ」
(なにが、怖いか…)
「前俺がひろくん脱がした時、途中で元カレのこと思い出したって言ってたから、リハビリ続けるためにも、どれほどのことなのか知りたいって言うかさ」
「俺にも、話すのは厳しそう……?」
(太齋さんなりに、僕のことを考えてくれてるんだ……。)
僕は少し間を置いて口を開いた。
「まず、その…」
「…この前、ホテルから出たときに浜崎くんと遭遇したときに言ってましたけど…僕、僕…っ」
「無理やりされて…悦んでなんかないし…っ、だかあ…あのっ…」
「ひろくん、大丈夫だから落ち着いて…ちょっとココア入れてきてあげるから、待ってて」
そう言って太齋さんは、僕の頭を撫でてから部屋を出て行った───…
しばらくして戻ってきた太齋さんは僕にマグカップに入った暖かいココアを手渡してくれた。
それを受け取ってひと口飲むと、芯まで温まるような暖かさに、落ち着く味がした。
そんな僕を見てか、太齋さんが口を開く。
「あんま無理して話さなくていいからね…」
その声がまるで子守唄のように心地いい。
その声を聞いていると不思議と安心してくる気がして
「話します…話したいです……ずっと誰にも言ってこなかったから…聞いて、ほしいんです。」
「ん……わかった。」
すると太齋さんは
「ゆっくりでいい、話せるところまででいいから…聞かせてくれる?」
僕の言葉を待ってくれているようで、ただじっと僕を見つめていた。
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