テラーノベル
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朝陽がモトキの上に眩しいくらいの光を注ぎ、目を瞬かせて、身体を大きく動かす。カシャリ、と手に何か当たり、視線を其方に遣ると、丸い時計が転がっていた。
昨晩の情事がモトキの脳裏に一気に甦り、ガバッと身体を起こして隣を見遣る。
すうすうと、小さく寝息を立てて、リョウカの胴が上下している。その姿に、ホッと胸を撫で下ろすと共に、モトキの中に愛おしい気持ちがじわっと身体中に広がっていくのを感じた。
そっと覆い被さり、頬に優しく口付ける。んん…と言ってリョウカの顔が少し動き、また、寝息を立て始めた。
モトキはそっと立ち上がり、御簾を片手で少し避けて、外を見る。松明が燃え残り、護衛が一人立っていた。後ろ姿から、線の細い、なんとも頼りなさそうな人間に見える。
まぁ無いとは思っていたが、万が一にも外にいたのがヒロトだったら…そう考えて、モトキは一応の確認をしたのだった。
「ん…。」
後ろで、リョウカの声がする。衣擦れの音もして、覚醒したことを示していた。モトキは、笑顔の用意をして、振り返る。
「…モトキ…。」
「…おはよ、リョウカ。」
リョウカがモトキの裾を見て、次に自分の襦袢の下の辺りを確認すると、顔を真っ赤にして俯いた。
何だろう、とモトキが自分の裾を確認すると、赤いモノが付着したままだった。リョウカのも見ると、少し赤く染まっている。
ああ、昨日の破瓜の証か…とモトキも少し頬を染める。
「き…着替えてくる。」
「…あ、ああ、僕も、もう着替えたら陰陽寮へ行かないと…。」
「あ…そうか…うん、じゃあ…。」
なんと言って別れればいいのかリョウカは迷い、とりあえずぎこちない笑顔と少しの手振りで立ち上がる。
機会を見計らって、侍女が襖を開けた。モトキは、外の護衛ばかりを気にしていたが、そういえば廊下にも従者が一晩待機していたのだったと、今更少し動揺した。
「あ、リョウカ!こ、これ、ありがとう!」
モトキは、時計を拾い上げ、両手で大事に抱えて御礼を言った。リョウカは、ほんの少しだけ振り向いて、うん、と微笑んだ。
おめでとうございます、と侍女に声をかけられ、リョウカは顔を真っ赤にしながら、襖の向こうへと消えていった。
モトキは、寝所にかけてある自分の着物を取ると、サッと羽織って身なりを整える。
リョウカの証が付いた襦袢は、わざと着替えずに、そのまま御簾を抜けて、陰陽寮へと向かった。
その夜、モトキは野原に来ていた。今宵は、自分が寝所に行く番では無い。恐らくは、次はヒロト…。 ただ、昨日の今日で、リョウカは大丈夫であろうか。大老たちも、まさか連日夜伽をさせるなど、無理はさせないとは思うが、そこは自分たちの手の及ばない処なので、なんとも歯痒い。
不意に、後ろでチャキ、と武器を構える音がした。モトキは振り向きざまに、防御の印を結ぶ。そこには、大鉈を構えるヒロトがいた。
マントの襟を立て、その頭には大きすぎるほどの帽子を被り、顔は鋭い眼光しかほとんど見えていない。
モトキは、印を結ぶ手をふと止めて、手を前に翳しながら、ヒロトに問いかける。
「…僕を殺すのか?」
「…だったら?」
「…だったら、力を使っているはずだ。」
ヒロトの握る大鉈には、力を溜めた証の青い光は見えなかった。ヒロトは暫し構えていたが、ふう、とため息を吐いて武器を下ろす。モトキも、印を結びかけた手を下ろした。
モトキが、声をかける。
「…寝所には行かないのか。」
「…それは、どっちの意味で?」
「…何方もだ。」
今まで、ヒロトは毎晩欠かさず、リョウカの寝所で護衛に当たっていた。昨夜、初めて持ち場を離れるまでは。
そして、今度は、リョウカの夜伽の相手として、寝所に行かなければならなくなった。
「…俺は、もう寝所番をしてはいけないんだと。」
「そう…か。」
「大老のジジイ達には、…明晩に行けって言われたよ。」
モトキは、俯く。ヒロトは、明日の夜に、リョウカと…。
ヒロトは、大鉈を背に仕舞い、モトキに尋ねた。
「…お前、よく出来たな。」
「………それが、役目だから。」
ヒロトが、モトキの胸ぐらを掴む。
「…そんな言い方すんなよ。役目だからじゃねーだろ、好きだからだろ!」
「…お前が昨日逃げるからだろ!」
「なに…!」
「僕は、僕はリョウカにちゃんと伝えた!愛してるって!こんな形になったけど、僕はちゃんと好きだって!!」
ヒロトの顔が苦しそうに歪む。
「なんだよお前!『ごめんね』とか言って逃げて!『よく出来たな』だと?!ふざけるな!!」
モトキの目から涙が零れた。ヒロトが自分の傍から離れて行って、昨晩のリョウカがどれほど心細かったか。それが、モトキはどんなに悔しかったか。
「お前だってリョウカをずっと好きだったくせに!僕よりも前から好きだったくせに!逃げたりするからだ阿呆!!悪かったな、『あとからきたくせに』先にリョウカと目合って!!」
ヒロトが拳を振り上げた。モトキは防御しなかった。目を閉じて衝撃に備えたが、一向にヒロトからの攻撃は来ない。代わりに、思い切り首元に抱きつかれた。
「…やだよ…こんなん…俺、………好きだったのに…。三人で、音を重ねる刻とか、ただ笑い合ってるのとか…。」
ヒロトが、震える声で縋り付く。
「なんで、なんでこんな事に………うわぁぁぁぁ!!!!!」
ヒロトの絶叫が、耳に痛い。だが、モトキは何も言わず、ヒロトの背中を叩いた。
「…ごめん、ヒロト。僕のせいなんだ。僕の唄には力がある。あの笛の音を聴いた夜、ここで、リョウカを見上げながら、僕は『リョウカとの縁を結んでおくれ』と願い、『結い』と唄ってしまった。」
ヒロトは、抱きついた姿勢のまま、黙って聞いている。
「…きっと、僕がそんなことをしなければ、リョウカの相手はヒロトだけだったのに…。僕が、僕が…。」
ヒロトがモトキの肩を掴んで、顔を見合わせる。
「阿呆。ちっちゃい頃から俺たち三人で、『ゆいゆい』唄ってたじゃねーか。もうあの時には、三人の縁が繋がってたんだよ。こーなるのは、そん時から決まってたんだ。お前のせいじゃねえ。」
モトキは、唇を固く結んで、涙に濡れた瞳でヒロトを見つめる。ヒロトも泣きながら、ふっと眉を下げて苦笑した。
「情け無ぇな〜…お前も、俺も…。」
ヒロトは、モトキの肩に手を置いたまま、頭を垂れて、暫し動きを止めていたが、よし、と気合を入れたように、顔を上げた。
「俺も、覚悟決めた。だって、リョウカ様が大好きだからな!」
リョウカがいつかに言っていた様な、太陽みたいな笑顔でヒロトは言った。
モトキは、ヒロトのこういう素直な処が、眩しくて、少し、苦手だ。
明晩を迎え、リョウカの寝所に、ヒロトが上がる時が来た。
ヒロトはあの夜、どの様にして、この胸の騒めきをいなしていたんだろうか。そんな事を考えて、モトキは自室の縁側に立ち、静かに佇むばかりの月を眺めていた。
コメント
13件
ライバルであり親友、、、大好きです。ダイソン並みに引き込まれますね、、素敵すぎて
センシティブは夜、覚えておきます!笑 ライバルであり、親友でありが沢山伝わりました🥹 でも、だからこそ、切ないですね🥲✨
モトキとヒロトの親友感読んでて気持ちいい♬ 太陽みたいな笑顔が想像出来る。更新頻度が高くて嬉しいよ〜!ゆいゆいしたくなる☺