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電車に乗り換え、祖父の住む町に着いた。
電車から降りた瞬間、湿った土と草の匂いが鼻をかすめた。
「……変わってないな」
空は広くて、山は近い。
駅前には昔ながらの小さな商店と、ポツポツと並ぶ民家。
父の車で山道を登る。
その先にある木造の古い家――祖父母の家。
(……久しぶりだな)
でも、懐かしさとは裏腹に、胸の中は重かった。
家に着くと、祖母が静かに出迎えてくれた。
その手は小さく、か細く、けれど温かい。
「来てくれてありがとうね」
仏間の奥、襖の向こうに祖父はいた。
――もう、声をかけても返ってこなかった。
(……遅かったか)
布団の中で、静かに目を閉じて眠る祖父。
その顔は、生きていた頃と変わらず、厳しく、そして穏やかだった。
「……ごめん、祖父ちゃん」
声が震える。
どれだけ時間があっても、きっと言えなかった言葉。
「本当は、もっと早く来るべきだったんだよな」
「こっちの生活が忙しいからって……理由にしてた。勝手に遠ざかってたんだ」
目の奥がじんと熱くなる。
視界が滲んで、祖父の顔がぼやけた。
拳を握りしめる。
こらえていた涙が、ぽつりと畳に落ちた。
「謝りたかった。 でももう……もう、聞いてくれないんだよな……」
しばらく、何も言えなかった。
ただ静かに祖父のそばに座って、時が止まったような空間の中で――
私は、ただ黙って泣いて、後悔に押し潰されていた。
その夜。
ふと目が覚めて、喉が渇いた私は台所に水を取りに行った。
縁側を通りかかると、夜風に揺れる風鈴の音がかすかに聞こえた。
その先。
山の方へ伸びる、見慣れない小道に目が留まった。
「……あんな道、前からあったっけ?」
引き寄せられるように、私はサンダルを履いて外に出た。
獣道のような草の間をかき分けて、しばらく進む。
空気が冷たく、やけに静かだった。虫の声すらしない。
やがて、小さな開けた場所に出た。
そこには、石造りの祠があった。
「……これって……」
月明かりに照らされて、静かに佇むその祠は、まるで時の流れからも忘れ去られたようだった。
石段には苔がびっしりと生え、扉には触れるだけで崩れそうなほどの古さが漂っている。
それなのに、なぜか……その場にいるだけで、肌が粟立った。
空気が違う。音もない。風すら止まっていた。
「……こんな場所、あったんだっけ……?」
引き寄せられるように、私は扉に手をかけた。
ぎ……ぎぃ……と、鈍い音を立てて、祠の扉がゆっくり開く。
中は薄暗く、埃の匂いがした。
月の光がかすかに差し込み、中央にぽつんと置かれた台座が見える。
その上にあったのは――
四つの、異なる色の勾玉と、分厚く閉ざされた古い書物だった。
勾玉は、それぞれが淡く光を放っている。
赤、青、緑、紫――不自然なほど鮮やかな色が、闇の中で脈打っていた。
「……これ、なんなんだ……」
手が勝手に伸びる。
触れてはいけないと、どこかでわかっていた。
それでも、心の奥で、何かが私に「触れろ」と囁いていた。
指先が勾玉に触れた、その瞬間だった。
――ガンッ!
地面が揺れた。
突風が吹き抜け、周囲の木々が大きくうねる。
「なっ、何……!?」
視界がぶれる。
勾玉と書物が、まばゆい光を放つ。
世界が、崩れる。
身体が浮いたような感覚。
耳鳴り。心臓の鼓動が遠のいていく。
「……う、そ……だろ……」
言葉にならない叫びを最後に、私の意識は…
音もなく、闇の中へ沈んでいった。