テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
――風の音がした。
どこか遠くで木々が揺れ、朝霧が漂う。
まぶたの裏に、かすかな光。
「……う……ん……?」
ゆっくりと目を開けると、見知らぬ森。
青く揺れる草木、空気がやけに澄んでいる。
「……ここ……どこだ……?」
記憶が、曖昧だった。
自分の名前も、住んでいた場所も、ぼんやりと霧の中。
「……なんでこんなとこに……」
ふらつく足で立ち上がる。
服は見慣れない布地。まるで和装のような…いや、そこはどうでもいい。
「まずいな……どこかの山に迷い込んだか……?」
そのときだった。
視線の先、少し開けた丘の上に誰かいた。
髪が風に揺れ、静かに空を見上げている青年。
「……人?」
反射的に声をかけた。
「すいません! ここ、どこ――」
青年がゆっくりと振り返る。
鋭い金の瞳、頬の赤い化粧。
そして、額から生えた――
角。
「……え?」
青年「ん?なんかようk」
「ぎゃああああああああああああああああああ!! !鬼ぃーーー!!」
叫びながら振り向き逃げる。と、石につまずき木に頭をぶつけ悶絶。
(うっ!痛たたた…、鬼!?妖怪!?なんかオシャレな化粧してたけど!?怖ッ!?え、え、ちょっと待って、喰われる!?)
青年は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにポツリと口を開いた。
青年「おい大丈夫か?ってか、お前も……鬼だろ」
…?
(はぁ!?俺が!?何言ってるのこの人、あいや、この鬼!)
青年「お前、頭打ってたが…角は折れてないか?」
(角?は?俺の角……?)
思わず額に手を当てる。
「……あ」
ぐいっ……と硬い感触。
ーー⁈
「ぎゃああああああああああああああああ!!!???」
再び全力で叫んだ。ガクガクと膝が崩れ落ちる。
「な、な、な、な、なんで!?え、僕も鬼!?うそ!?何これ!!」
青年「……落ち着け。どうしたんだお前」
そして僕は気絶した。ーー
「……ん……あれ……?」
パチ、パチ……と、何かが燃える音。
ぼんやりとまぶたを開けると、目の前には赤く揺れる焚き火の炎。
「焚き火……? なんで……」
体を起こすと、まだ少し頭がぼーっとする。
けど、確かに地面の上じゃない。ちゃんと毛皮の敷物の上に寝かされていた。
青年「起きたか」
顔を上げると、焚き火の向こう側にあの金髪の青年――角の生えた男がいた。
相変わらず涼しい顔をして、木の枝で魚をあぶっている。
「あんた……鬼……!?」
思わず身を引くと、彼は肩をすくめて言った。
青年「また叫ぶかと思ったが、意外と落ち着いてるな」
「いやいやいや!落ち着いてないから!え、てかなんで僕……焚き火の前で寝てんの?」
「気絶しただろ。俺が担いできた」
「……!!」
叫び返す余裕もないまま、腰を抜かす。
ほんのり焦げた魚の香りが腹を刺激してくる。
「……えっと……その、助けてくれて、ありがとう……」
少し間を置いて、私は素直に頭を下げた。
男は黙って頷くと、焼き魚をひっくり返した。
青年「で……お前は誰だ?」
「……わからない」
青年「……え?」
「自分の名前も……なにしてたかも……なにも、思い出せないんだ」
そう言うと、自分でも信じられないくらいの不安が胸を覆ってきた。
だけど、青年は特に驚く様子もなく、静かに言った。
青年「そうか。じゃあ、思い出すまで“お前”でいいか?」
「え、あ、うん……まあ……」
陽刃王「俺は――陽刃王(ビバオウ)。」
「ビバオ……さん?」
陽刃王「ビ・バ・オウな。それと、“さん”はいらない 。呼びたきゃ陽刃王でいい」
「……え、意外にフランク」
陽刃王「フランクってなんだ」
「あっ、いや、なんでも……ないっす……」
やり取りの温度差がすごい。
だけど、そのやり取りが少しだけ、心を落ち着かせてくれた。
「……旅してるの? 陽刃王って」
陽刃王「まぁな。 己の“道”を探す旅、とでも言うのかな」
「“道”……」
その言葉が、なぜか胸に残った。
陽刃王「で、お前は……」
「僕は……」
言いかけて、また思い出せない自分に気づく。
不安と静けさが、焚き火の音に紛れて染み込んでいく。
陽刃王「まぁ、食え。」
彼が、焼き魚を突き出してきた。誰かにもらう食事は、こんなにも美味しいのか。
陽刃王「これからどうするんだ、お前。」
「…。」
…そうだ。ここが何処かも、自分が誰かも分からない。
陽刃王の、真っ直ぐな視線を見つめ返す。
「……あのさぁ、しばらく一緒にいてもいいかな?」
陽刃王「…。」
陽刃王は、魚を一気に口に放り込み、ふっ。と、一つ笑みを浮かべ言った。
陽刃王「別にいいぜ。好きにしな。」
陽刃王は立ち上がり、腰の刀を軽く確認する。
その動作は慣れていて、無駄がなかった。
陽刃王「すぐ近くに、村がある。お前の事も何か分かるかもな。案内してやるよ」
「村……。よかった、誰かに話を……」
ホッとしたのも束の間。
陽刃王が、ピタリと足を止めた。
その瞳が、すっと細まり、鋭くなる。
「……どうしたの?」
陽刃王「静かに」
声の調子が、先ほどまでとまるで違っていた。
焚き火の音さえ止まったような、異様な静けさ。
風も、森も、息を潜めている。
「奴等が……来てる」
その言葉に、背筋がゾッとした。
何か、得体の知れない気配が、森の奥から――確かに、近づいてきていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!