「奥野主任! おはようございます!」
「おはよう、水崎」
ニコリと笑った主任の奥野誠二は、31歳でプランナー全体をまとめる立場にある。
学生時代はラグビー部に所属していたというその体は引き締まっており、身長も180cmと体格も良い。
体育会系の真面目な性格で、部下からの信頼も厚い人物だ。
この事務所には、ウェディングプランナーが10名、新規担当の営業職が5名。そのほか、レストランスタッフ、厨房スタッフも所属している。
さらに別フロアにはドレスサロンやヘアメイクスタッフが勤務し、外部からはカメラマンや花屋など、多岐にわたる職種のスタッフが結婚式に関わっている。
「水崎、今日も1件、新規のフォローで館内案内を頼むな」
「はい!」
基本的にプランナーは、式の日取りが決まった新郎新婦の対応が主な仕事だ。
だが、オープン前や仏滅の土日などに開催されるウェディングフェアの際は、プランナーも総出で、初めて見学に訪れる新郎新婦の対応にあたる。
(15時、館内案内……っと)
麻耶は予定をスケジュールに書き加えると、さっそく自分が担当している式の発注作業に取りかかった。
すでに一年先まで、大安の良い時間帯は予約で埋まっている。
事務作業だけでも、かなりの量だ。
「麻耶ちゃん! これ見て!」
「はい?」
2つ年上の先輩、加納美樹に声をかけられ、麻耶は手を止めた。
差し出されたのは、今月号のウェディング情報誌だった。
「あー! 見本誌、届いたんですね!」
「そうそう。私も麻耶ちゃんも、小さく載ってるわよ」
にこにこと笑いながら言う美樹の手元から雑誌を受け取った麻耶は、ウキウキした気持ちで『アクアグレースAOYAMA』のページに貼られた付箋のところを開いた。
【OPEN予定】の文字とともに、先日スタッフ総出で撮影した写真が目に飛び込んできた。
もちろん、新郎新婦役は有名モデルだが、その他大勢のゲスト役はスタッフが演じている。
「綺麗に大聖堂の写真、撮れてますね! うわー、このプリンセスラインのドレスも素敵! いい出来ですよね!」
うんうんと麻耶は頷きながら、ページをめくった。
「あっ、本当だ。美樹さんと私! 小さいから、よく見ないとわからないですね」
そこには、シャンパングラスを合わせたふたりの写真も載っていた。
クスクスと笑いながら、麻耶は次のページに手を伸ばした。
(あ……社長……)
社長のインタビュー記事も載っており、今朝、目の前にいた芳也がニコリと微笑みを浮かべた写真が掲載されていた。
【夢を形に】
そう、見出しには書かれていた。
(夢を形にする人が、実はあんな悪魔なんて……)
一人、心の中で毒づいていると――
「モデルより社長のほうが目を引くよね……本当に素敵すぎて、声もかけづらいよね!」
美樹の言葉に、麻耶も再度、芳也の写真に視線を移した。
「まあ、確かに。自分でタキシード着れば、もっと宣伝になるのに……」
珍しく顔をしかめながらつぶやいた麻耶に、美樹は驚いた表情を見せた。
「どうしたの? 麻耶ちゃん。いつもならそんな言い方しないのに」
(うっ……)
「いえ……昨日チャペルでお会いして、少しお小言を頂いたので、つい……」
(うそはついてないよね。本当のことだもんね)
「ああ、それでか。いつもなら『本当にカッコいいですよね』って返ってくるものね」
「はい……」
美樹は納得したように、笑顔を向けた。
(……もう、この嘘っぽい笑顔には騙されないんだから)
麻耶は心の中でつぶやき、再び朝の怒りがふつふつと湧いてきて、本の中の芳也を睨みつけた。
「それはそうと、マスコミ向けイベントの模擬挙式の花嫁モデル、”早坂アイリ”だって」
「へえ、有名ですよね」
「うん。『AIRIライン』っていうドレスもデザインするみたいよ」
美樹の言葉に、麻耶も早坂アイリの顔を思い浮かべた。
「とてもきれいで、自信があふれているような人ですよね……お人形さんみたいな……。また、そのドレスも人気出そうですね」
「そうだよね」
頷きながら美樹は雑誌を受け取ると、「今日もがんばろうね」と言って、自分の席へと戻っていった。
麻耶は、早坂アイリと芳也がチャペルの前で並んで笑っているところを想像していた。
(本当に、自分が広告塔にでもなればいいのに。早坂アイリともお似合いだと思うし。……うん、会議で言ってみようかな……)
ふとそんなことを考えながら、麻耶は慌てて仕事に意識を集中させた。