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いつから、私の人生は思い通りにいかなくなったのだろう? 療育園で頭を何度も叩く娘にそんな感情が巡る。
これまで、私の人生は完璧だった。
両親は共働きで一歳から保育園に通っていた私は、仕事で疲れている親を煩わせないようにと、自分のこと向けたけらすかは自分でしていた。
「紗枝はえらいね」。「紗枝ちゃんはいつもしっかりしているね」。両親や先生の言葉がただ嬉しく、その期待に応えようと私はただ良い子でいることに徹した。
両親は忙しい人だったけど休みの日は遊びに連れて行ってくれて時間を作ってくれ、贅沢は出来ないけど生活に不自由したこともない。一人娘の私を大切に育ててくれたから淋しかったなんて感覚はない。
むしろスーツを綺麗に着て私を保育園に送る母と、ネクタイをしっかり締めて税理士の仕事を終え迎えに来てくれる父がかっこよく自慢で。大手化粧品会社で化粧品製造の仕事に携わり夜遅くに帰ってくる母からは、いつも化粧品の香りがしそれが母の香りで、いつもキラキラと輝いている姿が誇らしかった。
小学校のテストでは九十五点以下を取ったことがなく、成績表も全て二重丸がついていて、生活態度も同様。先生の評価はこれでもかと言うぐらいに賛辞の文章で溢れていた。
それは中学になっても変わることはなく、学年一位という新たな評価が加わり学年で一目置かれる存在となった。
みんなすごいと言ってくれたけど、授業をしっかり受けて、宿題に、予習復習したら分かるじゃない? どうしてみんな頑張らないのか、不思議で仕方がなかった。
だけどそんなこと、絶対に口にしない。
調子に乗ってると思われたら、そこで終わり。女子の世界はたった一つの失敗で呆気なく壊れてしまう。割れた鏡が元に戻らないように。
現に周囲は友達トラブルもあり、グループ内で始まった無視がクラス中に蔓延し、不登校に追い込むことがある。
そんな空気感に辟易としていた私は、やりたいことが見つかっていたこともあり、高校は府内一と呼ばれる名門私立を受験し通わせてもらう。やはりトップの私立校はレベルが高かったけど、授業を聞き宿題をやるのは当たり前。塾や、予習復習を繰り返し、高校でも学年十位以下に入り、私は名門校でも一目置かれていた。
こうして受験したのは理系の国公立。理学部にて化学の勉強を中心にした私は、誰もが聞いたことがある化粧品会社に商品開発員とし採用される。
それは幼い頃からの夢で、母が別の会社の開発部門で働いていたから。
母が作った化粧品からは薔薇のような大人の香りがして、その時は子供心に持つ単なる憧れからの感情だった。
それを実現したいと思ったのは中学生の頃。
年頃ニキビに悩んでいたが母が開発した洗顔料を使用すると、見る見るうちに改善していく肌。
やはり母はすごいと感心すると共に湧き立つ、憧れ。
同じ仕事がしたい。本気でそう思い就職した私はアシスタントから入り、下積み経て、ようやく自分でも企画出来るぐらいになっていた。
あれは就職して五年。二十七歳の時だった。
「よろしければ、食事に行きませんか?」
営業部に勤めている一つ上の男性に、声をかけられたのは。
仕事ばかりでそのような誘い全て断っていたのに、同じく仕事熱心なその性分を知っていた私は彼の誘いだけは受け、何度か会う内に真剣交際を申し込まれた。
慎重に付き合い二年。真面目な男性であることを知り、二十九歳で結婚を申し込まれた。条件は一つ、仕事を続けることだった。
仕事に直向きな私が良いと了承してくれた夫とした、華やかな結婚式。私の仕事を応援してくれていた父は私が二十五歳の時に心筋梗塞で突然居なくなってしまったけど、母は父の代わりにバージンロードを歩いてくれ晴れ姿を喜んでくれた。
そうなると次に考えるのは子供。
育休を最大限に活用したいと思った私は出産月を四月に合わせることまででき、お腹の子が女の子だと聞いた時は胸が高鳴った。
この子も大人になったら、私みたいに……。
四月二十八日。予定日から一週間過ぎても生まれる気配がなく、これ以上お腹に置いておくのは母子共に危険と判断されて陣痛促進剤を使用して出産。3752gの少し大きめの女の子は、この世に生を受けた。
ふにゃふにゃで、柔らかくて、軽くて、でも命の重みを感じて。
この子に出会う為に、私は生まれて来たんだ。
そう思うと勝手に涙が流れてくるぐらいに、尊くて愛しい。
この子は私の命。何を犠牲にしても絶対に守り抜く。
握られた小さな手に、そう誓った。
大切な母親、自分を大事にしてくれる夫、可愛い娘、やりがいのある仕事。
まさに順風満帆な人生だった。
ここまでは。