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#5 海の向こうの君へ
omr wki
潮風の匂いが胸いっぱいに広がる。
涼ちゃんがいなくなってから、何度もここに来た。
何度も海を眺めて、波の音に耳を澄ませて、それでも涼ちゃんの声は聞こえなかった。
だけど今日は少し違った。
涼ちゃんが最後に残してくれた言葉が、ずっと胸の奥で響いていた。
『元貴には、これからも歌い続けてほしい』
初めて聞いたときは、ただ苦しくて、涙しか出なかった。
でも今は、その言葉が僕を支えてくれている。
あの日から毎日泣いてばかりだった僕に、少しずつ「また歌いたい」と思わせてくれたのは、涼ちゃんだった。
涼ちゃんの声も笑顔も、もう目の前にはない。
でも、出会えた奇跡は、どこにも消えていない。
だから今日は、涼ちゃんに手紙を書こうと思ったんだ。
伝えたいことは、まだたくさんあった。
波の音を聞きながら、僕は白い紙を取り出す。
何度も涙で文字を滲ませながら、それでも書き続けた。
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涼ちゃんへ
涼ちゃんがいなくなってから、毎日がとても長く感じています。
窓の外の海を見ても、潮風の匂いを感じても、そこに涼ちゃんがいないことを痛いほど思い知らされます。
涼ちゃんの声が恋しいです。 涼ちゃんの笑顔を、もっと見ていたかった。
あの夜、涼ちゃんが「大好きだよ」と言ってくれた言葉は、今もずっと胸の中で響いています。
涼ちゃんと出会えて、本当に幸せでした。 音楽も、ステージも、全部涼ちゃんと一緒だったから続けられたんだと思います。
涼ちゃんがいなくなって、何もかもが止まってしまったように感じました。 若井とも話せなくて、ギターも触れられなくて、ただ泣くことしかできませんでした。
でも、涼ちゃんの手紙を読んで、少しだけ前を向こうと思えたんだ。
涼ちゃんが僕の声を好きだと言ってくれたから。
涼ちゃんが「歌ってほしい」と言ってくれたから。
涼ちゃんが信じてくれた僕を、僕も信じたいと思いました。
涼ちゃんと出会えたことが、僕の人生で一番の奇跡です。 あのとき、僕が声をかけたのは偶然じゃないと思う。 運命だったんだと思う。
涼ちゃんがいなくても、僕は歌い続けます。 涼ちゃんの分まで、音楽を届けます。
涼ちゃん、聞いていてね。
これからも、ずっと大好きです。
本当にありがとう。
大森元貴より
_______________________
書き終えた手紙を見つめながら、また涙が溢れた。
それでも今日は、泣きながらでもいいから、伝えたかったんだ。
海辺に立って、手紙を胸に抱きしめる。
涼ちゃんが好きだったこの海に。
「涼ちゃん、ありがとう。本当にありがとう」
震える声で呟いてから、そっと手紙を海に流した。
白い紙が入った小瓶は、波に揺られて少しずつ遠ざかっていった。
海の向こうには死者の世界があると、涼ちゃんが言っていた。
もし本当にあるなら、この手紙が届いてほしい。
涼ちゃんに、僕の想いが届いてほしい。
「大好きだよ、涼ちゃん」
涙が零れても、声に出して言った。
潮風が頬を撫でる。
その温もりは、どこか涼ちゃんの手のようで。
それから僕は、若井に電話をかけた。
「若井……歌いたい曲があるんだ」
電話の向こうで、少し驚いた声が聞こえた。
「…わかった。やろう」
短い言葉だったけど、それだけで十分だった。
久しぶりにステージに立つのは、怖かった。
涼ちゃんがいないステージに立つことなんて、想像もしたくなかった。
でも、手紙を書いてから、少しだけ心が軽くなった気がした。
涼ちゃんは、ここにいないけど、僕の中にいる。
ステージに出ると、客席の顔が見えた。
懐かしくて、胸が熱くなった。
若井と目が合った。
何も言わなくても、伝わった。
最初に歌うのは、「我逢人」。
この曲は、人と出逢うことの尊さ、その奇跡を歌った曲だ。
涼ちゃんと初めて目を合わせて歌ったあの日を思い出した。
マイクを握る手が震えていた。
だけど、一歩前に出た。
『嫌いになった人は全部
少しの仕草でもダメになっちゃう』
歌い出した瞬間、胸の奥から熱いものが溢れてきた。
涼ちゃん、聞いてる?
僕はまた歌ってるよ。
涼ちゃんが言ってくれた「歌ってほしい」という言葉を、僕は信じるよ。
涙で視界が滲む。
でも歌声は止めなかった。
この声が、涼ちゃんのところまで届くと信じて。
『 人は 人は 笑顔であってほしいな』
最後のフレーズを歌い終えると、客席の拍手が聞こえた。
でもその音よりも、心の中で涼ちゃんの笑顔が浮かんだ。
「ありがとう、涼ちゃん……ありがとう」
小さく呟いた声は、マイクには届かなかったかもしれない。
でも、胸の奥から溢れ出る想いだけは、ちゃんと伝わった気がした。
ライブが終わって楽屋に戻ると、若井が声をかけてくれた。
「元貴、おかえり」
その言葉に、涙がこぼれそうになった。
涼ちゃんがいない世界は、やっぱり寂しい。
でも、涼ちゃんと出会えた奇跡は、消えない。
そして、涼ちゃんが願ってくれた未来を、僕はこれからも歌っていく。
海の向こうの涼ちゃんに、この声が届くことを祈りながら。
次で最後です