コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
折西の嫌な予感は的中していた。
あの日から何件ものトークのやり取りは勿論、
寝る時や用事がある時も何時から
何時までかを伝えなければならなかった。
そして1分でも遅れると紅釈は
あの日のように部屋の扉を
ドンドンドンと叩くのだ。
さらに最近はどちらか片方の部屋で
一緒に泊まるのがお決まりとなっていた。
折西は疲弊しきっていたが
それでも友達をやめようとはしなかった。
「ねえ、融くん…やっぱり紅釈くんと
離れた方がいいんじゃないかな…?」
トイレから帰る途中の廊下で
お姉さんが折西にそう言った。
目の下にくまが出来た折西を見て
心配になったのだろう。
「僕は大丈夫です。それに、
友達を続けた方が色んなことがわかるかも。」
正直折西は疲れ切っている。
しかし友達関係を続けたおかげなのか
鍵穴は最初見た時よりもくっきりと
見えるようになった。
心の鍵を開けるのが今の僕の仕事だ。
そう言い聞かせて折西の部屋へと戻る。
ガチャ
ドアを開けると紅釈が顔を上げる。
「おかえり折西!!!」
「ただいま紅釈さん」
「…って大丈夫か?顔色悪くね?」
まさか紅釈本人に貴方のせいなど
言える訳もなく。
「大丈夫ですよ、最近夜中に目が覚めやすくて…」
「そ、そうか…俺床で寝ようか?」
「紅釈さんのせいじゃないので
大丈夫ですよ!ははは…」
上手く笑えているか分からない笑顔を
誤魔化したくて話題がないか部屋を見渡す。
すると紅釈が座っていたベッドの上には
大量の用紙が広げられていた。
「その紙はどうしたんですか?」
「おう!それがよ…暗殺の依頼が入ってきてさ。」
そう言うと紅釈はその書類を折西の
目の前に持ってきた。
その書類には
影街にある旅館【炉ノ岩】の
支配人【在多川 炒(あるたがわ いた)】の
暗殺を命ずる
…と書かれていた。
普段の暗殺依頼とは違い、重厚感のある用紙に
責任者の項目に「垓」のサインがついていた。
計画書に目を通す。
折西が囮になり、その間に紅釈が
旅館の天井を突き破って最上階にいる
支配人を殺す…
とても暗殺と言うには大胆すぎる
計画内容が書いてあった。
…『折西が囮』?
「も、もしかして僕今回の計画で
囮になるんですか!?!?!?」
「お、俺も何度か組長に囮を変えるよう
言ったんだけど一向に引き下がらなくてさ…」
バツが悪そうにポリポリとこめかみを掻く。
「最終的には組長に頭下げられちまったよ。」
「な、なんだか組長にも紅釈さんにも
申し訳ないです…」
折西は在多川 炒のデータに目を通す。
…暗殺理由『多額の借入金の滞納』
普段紅釈が1人で請け負う依頼の暗殺理由と
全く同じだった。
滞納額を返済する見込みがない場合、
紅釈が暗殺し、その臓器を売りにかけたり
肉を買い取ってもらうことで少しでも
元をとる…という仕組みだったはずだ。
「…これ他の方と同じ理由ですよね?
ここまで大掛かりなのはどうしてでしょう?」
「どうやらそこの支配人、うちで借金した金を
旅館に全部使っちゃったのに加えて
昴が管理してた機密情報まで
盗んだらしくてさ。」
「あっ…そうなんですね…」
昴を眠らせたあの日だろうか?
自分のせいで情報が盗まれたのではないか?
そう思うと背筋が凍った。
「…計画は1週間後…って書いてあるな。」
「成功するといいんですが…」
みるみるうちに表情が暗くなる
折西を見て紅釈は
「気にすんな!俺が折西守って
計画も成功させっから!」
と背中をバシバシと叩く。
痛いくらい叩かれているはずなのに
不思議と力が解れていった。
「ちょいと外の空気でも吸いに行こうぜ!」
そう言って紅釈は折西の腕を引く。
いつもより優しい引っ張り方だった。
ーーー
甘味処に行こうぜ!
と提案した紅釈と一緒に街中を歩く。
酒屋やカジノのある通りを過ぎた。
カジノエリアと打って変わって
比較的静かな場所だった。
その中に1つ、背の高い旅館がそびえ立つ。
旅館【炉ノ岩】だ。
あまりの威圧感に唾を飲む。
「ほら、あんまり立ち止まるなよ。」
そう言うとまた紅釈は折西の腕を引く。
手に力が入ってるようにも見えた。
紅釈はこの通りがあまり好きでは無いらしい。
前回甘味処に向かう時もここを通ったが
どの道を通る時よりも早足だった。
カジノエリアでは周囲の人とよく話しているが
ここのエリアの人間と喋るところは
見たことがない。
確かに紅釈とは対象的な暗い雰囲気で
気質が合わなそうではある。
折西自身もここの雰囲気だけは
何回通っても慣れない。
ただ、気になるお店が一つだけある。
中華料理店「華」だ。
いつもここを通る時美味しそうな匂いが
するため行きたいと折西は思っていた。
しかし紅釈が辛いものが苦手だと
言って行きたがらないのだ。
デザートなら!と話をしても
首を横に振るだけだった。
今回も匂いだけでも楽しもうかな。
と思い大きく息を吸い込もうとしたその時。
バチバチッ
ジューッ
という音と共に熱気を感じた。
鍋を火にかけて炒飯を作っている。
「ここって料理作るところ
見せてくれるんですね…!」
そう言って紅釈の方を見る。
人形のようにピクリとも動かない。
ただ料理を瞬きもせずにじっと見ていた。
「…紅釈さん?」
「…!」
魔法が解けたかのように紅釈が
動き出したかと思えば今度はその場で嘔吐した。
「紅釈さん!?大丈夫ですか!?」
胃の中が空になった紅釈は
嗚咽だけを繰り返す。
そしてその場で倒れたのだった。
あれから数時間が経つ。
ここ周辺で信用出来る人が居ないため
人のいない近くの藁小屋まで
紅釈を引き摺ってきた。
先程より顔色は良くなったものの
意識は無いままだった。
いつもの折西なら不安で仕方なくて
組長に連絡をとっていただろう。
けれど
「…紅釈さんのトラウマ、【火】なんですね。」
折西は不思議と落ち着いて思考を巡らせていた。
先程の光景で推測できるトラウマは
「大きい物音」
「火」
の2つだ。
けれど1つ目の大きい物音に関しては
ドアの開け閉めや自身の声の大きさを
考えると絶対に違う。
…となるとトラウマは「火」のはずだ。
「…けれど。本当に火だけなんでしょうか?
何かが原因で火がトラウマになるのなら
本当のトラウマは…」
「紅釈くんの中にあるね!!!」
またもやいきなり目の前にお姉さんが現れる。
「オアッ!!!!!!」
折西は尻もちをつく。
幸いにも藁がクッション代わりとなり
痛みはなかった。
「あ、またやっちゃった!ごめんね!」
「もう…」
折西は自分のおしりをパタパタとはたく。
「えへへ…!けど何となくトラウマが
分かったから鍵探しが出来るね!」
そう言うとお姉さんは折西の耳の傍に近づく。
「鍵は、トラウマを持つ人の中にあるよ。
だから今から中に入る方法を教えるね。」
そう囁くと話を続けた。
まず、紅釈君の手を優しく握る。
そしてトラウマと関係のありそうなことを
頭に思い浮かべて手を強く握る。
そうすれば…紅釈くんの意識…の中…に…
段々とお姉さんの声が遠のき、
意識が今いる場所からそっと離れた。