■ 第十二章:眠りからの帰還 ― カイの素顔
手術から丸一日が経った。
シャハイン村の小さな診療室。
ランプの光が揺れ、石壁に淡い影を落としていた。
ロジンは深い眠りから、ゆっくりと目を覚ました。
「ここは…一体。」
乾いた喉から、小さな声が漏れた。
すぐにアザルが駆け寄り、涙目で微笑む。
「ロジン! 気がついたんだね!!」
シランも安堵の息をつき、
ホシュワンは妹と寄り添いながら微笑んだ。
ロジンは痛む体を起こそうとし―
「動くな。まだ傷口が開く。」
部屋の隅、影の中に立つ男。
カイだった。
ロジンの視線が、静かに彼へ向けられる。
「あんたが、助けてくれたの?」
カイは少しだけ視線を外した。
「助けたのは医者だ。
俺は道案内をしただけだ。」
その態度に、アザルが思い切って切り込んだ。
「ねえ、カイ。
そろそろ話してくれてもいいんじゃない?
あんたの“正体”を。」
シランも頷く。
「黒狼を追っている理由…
誰なのか…どうしてこんな戦場にいるのか。」
ロジンはカイを見つめたまま静かに言う。
「話したくないなら、話さなくても
いい…。
あなたは仲間じゃないし。
でも…あたしは貴方を
信用したい。」
その言葉に、カイはしばらく沈黙した。
そして、口を開く。
■ ■ カイの過去 ― “影の中の部隊”
カイは壁に背を預け、
遠い昔を見るような目になった。
「俺は、日向カイ。
かつて日本の“特殊任務部隊”に所属していた。」
アザルが息を呑む。
ホシュワンは驚き、
シランは目を丸くした。
ロジンだけは静かに続きが来るのを待った。
カイの声が低くなる。
「公式には存在しない部隊だった。
任務は“国益に関わる脅威の排除”。
国際部隊の影で、汚れ役ばかりだった。」
アザルが呟く。
「つまり、特殊部隊の中でも、“闇”のほうって事ね。」
カイは否定しなかった。
■ 運命を変えた任務
カイは拳を握った。
「数年前、ある作戦で黒狼(カラ・クル)と交戦した。」
シランが息を飲む。
「黒狼…?」
カイの声は次第に荒れていく。
「黒狼は国際的な非合法組織の一員で、
あらゆる武装勢力に武器と情報を横流ししていた。
だが、当時の俺たちには“協力者”として扱うよう指示が出た。」
アザルが眉をひそめる。
「協力者? あんな奴を?」
「理由は知らん。しかし、
上からの命令は
絶対だった。」
カイは続ける。
「だが、黒狼は裏切った。
俺たちの作戦情報を敵側に売り、
潜伏先を爆破させた。」
シランが声を押し殺す。
「誰が、犠牲に?」
カイは目を伏せた。
「その爆破で…
俺のチームは全滅した。」
アザルも、ホシュワンも、息を失ったように静まりかえる。
ロジンはゆっくりと言った。
「あんたは、生き残ったのね。」
カイは首を振る。
「俺は生き残ったんじゃない。
“殺された仲間の代わりに、黒狼を殺すためだけに”
生かされたんだ。」
■ 特殊部隊を去った理由
カイは続けた。
「帰国後、俺は作戦責任を問われ、
隊を辞めるしかなかった。」
アザルが怒りを露わにする。
「責任? 黒狼の裏切りなのに?」
「上層部は“黒狼との協力”という汚点を隠すために、
生存者である俺に
押しつけたんだ。」
ホシュワンが悔しそうに拳を握る。
シランの目には涙が浮かんでいた。
■ カイの“今の目的”
カイは背中の銃を軽く叩き、
凍える夜風を切るように言った。
「だから俺は傭兵になった。
独自の情報網を使って
黒狼を追い、
この山まで追いつめた。」
アザルが問う。
「黒狼を殺したら…どうするつもり?」
カイはしばらく黙り―
ぽつりと答えた。
「何も考えていない。ただ、奴を叩きのめす、それだけだ。」
ロジンはその言葉に胸が痛んだ。
彼女は静かに言う。
「カイ。
あんたは…仲間を失った痛みで動いている。
あたしたちと同じ。」
カイは目を細める。
ロジンは微笑んだ。
「あんたを敵とは思わない。
むしろ…味方でいてほしい。」
カイは驚いたように目を上げた。
アザル、シラン、ホシュワンも頷く。
「あなたの戦いは、私たちの戦いとも重なる。
黒狼を止めたいなら…あたしたちも同じ。」
しばらくの沈黙の後、
カイはわずかに微笑んだ。
「なら、しばらく一緒に行動する。
黒狼を倒すためにな。」
■ 夜明け前の影
しかしその瞬間―
村の外から銃声が響いた。
パンッ……パンッ……!
シランが飛び起きる。
「敵!? 黒狼の部隊がもう…!」
カイは即座に窓の外を確認し、
鋭い声で告げた。
「来たぞ。
黒狼の“追跡部隊”だ。」
ロジンは痛みに耐えながら身体を起こし、
まっすぐに言った。
「カイ…行きましょう。
あたしたちは逃げない。」
カイはうなずき、銃を構えた。
「ああ。
これからが……本当の戦いだ。」
■ 第十三章:シャヒイン村攻防戦
黒狼の追跡部隊、来襲。
夜明け前。
山の風は冷たく、空は薄い蒼さを帯び始めていた。
その静寂を破ったのは――
乾いた銃声だった。
パンッ…パンッ…!!
アザルが窓の外を見る。
「来た…黒狼の追跡部隊だ!」
シランは武器棚から自動小銃を取り、
ホシュワンもロジンの予備マガジンを掴む。
ロジンはまだ傷が痛む身体を押さえながら言った。
「あたしは、動ける。
戦えなくても、指示は出せる。」
カイはロジンを見て、
短く頷いた。
「それで十分だ。
俺が前に出る。」
■ ■ 第一波:包囲の開始
村の外、果樹園のあたりから
敵の足音が複数重なり、迫ってくる。
アザルが叫ぶ。
「八人……いや、十人!
本気で殺しにきてる!」
カイは即座に判断する。
「シラン、ホシュワンは北側へ回れ。
アザルは俺と南側。
ロジンはここで通信と観測。」
ロジンは意識を集中させ、
微かな足音や影の動きを読み取る。
「来る。
3…2…1!」
ドンッ!
果樹園の塀が爆破され、
黒狼の追跡部隊が一気に雪崩れ込んだ。
■ ■ 第二波:カイの戦闘
カイは遮蔽物から飛び出し、
ひと呼吸の間に三発撃つ。
タンッ! タンッ! タンッ!
その全てが急所を貫いた。
シランが息を呑む。
「速い!!」
アザルが叫ぶ。
「あんた
素人じゃないのは知ってたけど…
これは。」
カイは答えずに、銃弾の嵐の中を滑るように移動し、
敵の側面を取って撃ち抜く。
「前へ出る。
アザル、援護!」
アザルの弾幕が敵を押し返し、
カイの動きがさらに鋭くなる。
■ ■ 第三波:シランとホシュワンの罠
シランはホシュワンに囁く。
「ホシュワン、準備できた?」
「おう、やってやろうぜ!」
二人は村人が使う羊小屋の陰に待機し、
シランが仕掛けていた簡易ワイヤートラップに敵を誘導する。
ザッ…!
先頭の兵がワイヤーに足を取られ前のめりに倒れた。
「今!!」
ダダダダッ!
ホシュワンの掃射が敵の胸を貫く。
彼は引き金を離さなかった。
シランはホシュワンの肩を叩き、囁く。
「やった…!
でもまだ来る!!集中!!」
■ ■ 第四波:ロジンの観測と指揮
診療室の窓から、
ロジンは冷静に戦場を見渡していた。
彼女は部隊の中でも特に状況判断が優れており、他の分隊からも、 “戦場の目”と呼ばれるほどだった。
「アザル、右!
敵が二人、回り込んでる!」
アザルが振り向きざまに撃つ。
「ありがと! ロジン!!」
ロジンの声が戦況をくっきり描き出す。
「カイ、南西の林から三人…距離40!
遮蔽物なし!
撃てる!」
カイは即座に照準を合わせ、
静かに引き金を引く。
――タンッ。
瞬間、ひとりが倒れた。
「次」
――タンッ。
二人目が倒れる。
「ラスト」
――タンッ。
三人目が沈黙した。
ロジンは思った。
(この人は……本当に、一人で生き残ってきたんだ)
■ ■ しかし
敵の本命は別にあった
追跡部隊は確かに強力だったが、
村を壊滅させる規模ではなかった。
それが逆に、ロジンの胸に不安を走らせる。
「変だ。」
カイが射撃の手を止めずに答える。
「何がだ?」
「黒狼はこんな少数で来るはずがない。
本気なら二十人以上は投入してくる。」
アザルも気づく。
「じゃあ、何かを隠してる?」
ロジンは息を呑んだ。
「―違う。これは“陽動”。
本命は…村の別の場所!」
その瞬間―
ドゴオォォォォン!!!
遠く、村の倉庫が炎に包まれた。
シランが叫ぶ。
「武器庫がやられた!
黒狼の狙いは、私たちの“弾薬”だ!」
カイは顔をしかめる。
「くそ…黒狼の指揮官、
かなり頭が切れるな。」
ロジンは、震えながらも決意して言った。
「カイ、追わなきゃダメ。
武器庫を潰されたら、村は…
抵抗できなくなる。」
カイは銃を持ち直し、短く答える。
「行くぞ。
終わらせる。」
アザル、シラン、ホシュワンも続いた。
夜明けの光が差し込む中、
黒狼の“本命部隊”を追うため、
ロジン小隊とカイは村を飛び出した。
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