「あ、なんか近いな。」
第12話:『隣におる、それだけで。』
チャイムが鳴って、ざわざわとした教室に午前の光が差し込む。
風にカーテンが揺れて、淡い影が机の上を流れた。
光輝がいつものように隣の席に腰を下ろす。
「おはよー、樹。眠そうやなぁ。」
「……まぁな。」
俺はあくびをしながら、窓の外をちらりと見る。
ほんまに、いつも通りや。
でも、胸の奥だけが、少し違ってた。
「昨日、課題やった?」
「……あぁ、やった。たぶん。」
「たぶんて。お前の”たぶん”は信用ならん。」
光輝が笑う。
その笑い声が、耳に優しく響いた。
(なんやろ……)
ただ笑ってるだけやのに、
なんでこんなに、あったかいんや。
気づいたら、光輝の横顔を見つめてた。
柔らかい光に照らされた頬。
窓の外を指さして笑う仕草。
全部、見てるだけで落ち着く。
……いや、違う。
落ち着くどころか、
心臓が少し、早くなってた。
(隣におるだけで……こんな気持ちになるもんなんか?)
光輝が机の上に肘をついて、こっちを見る。
「ん?どしたん?」
「……なんも。」
「嘘やろ。顔、なんか変やで。」
「うっさいな。」
軽く笑って誤魔化す。
でも、誤魔化せてへんことくらい、自分でも分かってた。
黒板に映る影が、二人の間をまたいで揺れる。
樹はノートに視線を落としたまま、
そっと心の中で呟いた。
「……隣におる、それだけで、ええのにな。」
たったそれだけで、
今日が少し特別に感じる。
それが何を意味するのか、まだ言葉にはできへん。
けど、光輝が笑ってくれたら、
それだけで、十分やった。
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