コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
首都の門前で堂々と構えるイルネスは、二体のドラゴンロードを従えて首都防衛戦にいち早く名乗りをあげた。魔物の大軍勢を前に大胆不敵に笑ってみせて、いざ決戦と意気込む。これが、これこそが、我が本懐の戦である、と。
『まったく素直じゃねえなあ、姉御』
『俺たちが誰のために遥々来てやったと』
二匹のドラゴンロードがくつくつ笑う。
「じゃかぁしい! ぬしらは儂のために働けば良い、余計なことを言って揺さぶるんじゃない!……さあて、この様子じゃとヒルデガルドは結局、見つからんかったみたいじゃのう。この二ヶ月、どこへ行ったのやら」
首を傾け、ごきりと鳴らす。
「ベルム、ガルム! 人間共は、どうせ来るなと言うても必ず来るじゃろう。ゆえ、できるかぎり雑魚を蹴散らせ! 儂の狙いは首魁のみ!」
先駆けて一歩を踏みだす。同時にベルムとガルム、二匹のドラゴンロードが鋭く響く咆哮で大地を震わせ、巨大な翼を広げて飛びあがった。
『流石に数が多いな。俺たちも死ぬかもなあ、ベルム!』
『は、構うものか! 覚悟はとうに出来ている!』
二匹はドラゴンロードの中でもイルネスに付き従う最強のしもべだ。どんなときでも彼女のためなら命を捨てられるが、五年前の戦争では『決して死んではならぬ。もし儂が死んだとしても、ぬしらのいずれかが、そのうちデミゴッドに至れるはずだ』と、敗走を余儀なくされた。悔しさを抱えながらの敗走だった。
しかし、今回は違う。イルネスが人間のために戦いたいと現れたときは困惑したが、それでも彼女が望むなら構わなかった。大軍勢を前にして臆するどころか、ドラゴンロードの強さが輝く戦場だと期待さえ抱く。
「あとは任せたぞ! 儂は先を進む!」
我が子のようにさえ想う二匹の相槌の咆哮を背に、イルネスは無心に駆けていく。目の前には無数の魔物たちが行く手を阻もうと突っ込んでくるが、彼女が「邪魔じゃ、消えて失せろ!」と片腕を振るえば、あっという間に蹴散らされる。
眼前の標的たるは、ただ一人。その視界に捉えたのは──。
「クレイ・アルニム! 五年前とは立場が真逆だのう!」
「……驚いたな。まさかお前が戦場に出張ってくるなんて」
魔物たちを蹴散らし、瞬時に迫ってきたイルネスの《|部分竜化《ドラグニカル》》によって硬質化された腕の一撃を、クレイは剣で防いでみせる。
「だけど、昔と比べちゃ随分……おっと、言ったら悪いか」
「ナメるなよ、小僧。儂を誰と思うておる」
剣を掴んでニヤリとする。硬質化した腕が紅く煌々と輝きを放つ。強い魔力を感じたクレイは、咄嗟に振り払おうとするが、瞬間、彼女の腕は大爆発を起こして周囲を吹き飛ばす。ドラゴンの中でも彼女だけが使える炎の特異能力だ。
「チッ、ぎりぎりで防ぎおったか」
右腕の硬質化が解け、腕はぼろぼろに裂けて血を流す。肉体そのものは火炎や爆発には強靭な耐性を持つが、彼女の自爆能力は、使用した部位に致命的な傷を与える。肉は裂け、骨は砕け、神経はズタズタになっていた。
「魔王の名に恥じない強さだな。五年前ほどじゃないが」
クレイは傷ひとつない。纏っていた布の羽織りが焼けたくらいで、彼の鎧は、その光沢を微塵も劣化させることなく保っていた。ほんの数歩下がると同時に、爆発に合わせて自身の魔力の壁で防ぎきってみせたのだ。
「ふん、だからどうしたと言うんじゃ」
ズタズタになった腕が再生していく。ドラゴンは魔力さえあれば、何度でも傷を再生できる。他のデミゴッドたちと比べても、彼女の再生は異常なレべルで高速だ。たとえ自傷行為でも、片腕程度では気にもしない。
「儂が五年前ほどでなくとも、ぬしと戦うには十分じゃろう」
「そいつはどうだろうな? 少なくとも──」
視線はイルネスの背後へ流れる。
「お前のお友達は、中々に厳しそうだけどな」
挑発的な笑みを浮かべられても、イルネスは振り返ろうとしない。一瞬の隙を突かれれば確実に敗北するからだ。たとえ背後に迫った仲間の危機であっても、覚悟があって来た以上、戦うべき相手はクレイ・アルニムのみに絞った。
「ふん、ベルムとガルムはデミゴッドに至れるだけの器を持つドラゴンロードじゃ。ぬしが連れてきたのが夢魔のデミゴッドといえども、そう簡単に屠れると思うなよ。儂らは魔物の中でも最上位なのじゃからのう!」
クレイが剣を振るう。激しく、繊細に、あらゆるものを切り裂く、英雄が扱う退魔の剣。それをイルネスは自らの竜化した腕や足で、何度も防ぎながら、反撃を狙った。その悉くが、一歩届かず、逆に切り傷が増えていく。
「はは、威勢だけはいいな。でも疲れが見えてきたな」
「……くそったれめ。ぬしは本当にいけ好かぬ奴じゃのう」
ぜぇぜぇと肩で息をするほどの疲弊。いくらデミゴッドであったとしても、全盛期と比べればあまりに弱すぎるとは、自身でも自覚している。一方、クレイは、かつてヒルデガルドと共に二人とはいえ全盛期のイルネスと戦えるほどの強さを持つのだ。今や下位に落ちぶれたと言ってもいい彼女では、とても相手にならなかった。
「見ろよ、後ろを。俺が用意した軍勢は、お前の連れてきたドラゴンロードだけじゃあ止めきれなさそうだぞ?」
初めて振り返った。ベルムとガルムの二匹は、ディオナが使う鋭い鞭で全身が傷だらけ、再生もままならない状態だ。身体には疎ましくもクリスタルスライムが張り付いて浸食を始め、コボルトロードたちが背中に乗って翼を切り落とそうと戦斧を担いで登っているのを見て、彼女は「ゴミ共が、儂の子らに触れるな!」と怒号をあげる。
直後、背後から胸を一突きされて動きが止まり、吐血した。
「背中を見せるなんて馬鹿な奴だな。あんなの放っておけばいいのに、やっぱり見捨てきれなかったのか? あのイルネス・ヴァーミリオンが?」
小馬鹿にされて、イルネスはぎりぎりと歯を鳴らす。
「うるさいのう……ぬしは……」
剣が引き抜かれ、血がぼたぼたと流れるのを気にも留めず、イルネスは再び、仲間のもとへ向かおうと進む。
「儂は博愛主義者ではない。じゃがのう、もう、誰も裏切らぬと決めたんじゃ。そのためなら──たとえ身を滅ぼしてでも、仲間を守れるほうが良い」
そう言って彼女はクレイに目もくれずに駆けだす。遠くに走る背中を見つめて、やれやれとクレイは肩を竦めた。
「拍子抜けだな。ま、あの手負いならディオナだけでも──」
高みの見物を決め込もうと剣を鞘に納めた瞬間、彼は目を見張った。進軍する魔物たちが、突如として飛来した巨大ないくつかの火球によって吹き飛ばされた。それから聞こえてきたのは、闘志に溢れた者たちの叫びだ。
彼らの先頭には、ひとりの魔導師が馬を走らせながら杖を掲げていた。
「……イーリス・ローゼンフェルト、ヒルデガルドの弟子か」
クレイはぎろりと睨みつけ、再び剣の柄に手を掛けた。
「どれ、お手並み拝見といこう」