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────戦場に現れたイーリス・ローゼンフェルトが使ったのは炎の大魔法だ。大多数の魔物を瞬時に蹴散らし、馬から飛び降りると、風の魔法で一気に敵陣のど真ん中へ突っ込んでいく。魔物たちの一瞬の驚がくを見逃さず、杖を振るって周囲を冷気で満たして凍らせ、地面から突き出した氷柱を駆けあがった。
彼女が降りた先は、二体のドラゴンロードを傷だらけで血を吐きながら戦うイルネスのもとだ。
「……ふっ、成長したのう」
「君のおかげだよ。さあ、これを」
ローブの中から取り出した三本の試験管。魔力を回復させるポーションは、彼女の特製で、二ヶ月の間に完成させた特級品だ。
「君たちドラゴンは魔力だけで傷を癒せるんだろ。少し遅れたけど、ギルドの加勢も連れてきた。ほぼ全冒険者が、この戦いに加わってくれる」
飛び掛かってくる魔物たちを殴り飛ばし、イルネスは「まだヒルデガルドは見つかっておらんのか」と尋ねる。もう彼女の所在が分からなくなってから、ずっと探し続けていたが、痕跡はどこにも見つからず、魔力を追うこともできなかった。
「ごめん。でも、死んではいないと思う。ううん、生きてる。絶対に、何があっても師匠は駆けつけてくれる。だから……ボクたちで持ち堪えるんだ。たとえ勝てない戦いだとしても、ここで怯むのはボクたちらしくない」
ドラゴンロードの背中から飛び降りたイルネスが「そうじゃのう」と返して、試験管を二匹のドラゴンロード、ベルムとガルムの口に放り込む。彼らは残った力を振り絞ってかみ砕き、そのポーションを口の中に沁みこませた。
『おお、まったくその通りだ、人間の娘よ! この救われた命、ベルムは決して忘れはせん! 再び、この肉体が滅びるまで力を貸してやろう!』
『ぐはは! さっきよりも力が漲るぞ、素晴らしい技術だ!』
二匹が巨体を持ち上げ、空を飛びあがって、魔物の軍勢に再び飛び込んでいく。冒険者たちと協力しあい、時にはその背中に乗せて敵の攻撃を避けさせたり、太い尾と硬い鱗で守ることもあった。
「面白い世の中じゃのう。人間と魔物が手を取り合う……そんな光景を見るなど、|今日《こんにち》まで想像だにせなんだわ。ぬしらは偉大じゃな」
「君たちもね。さあ、ボクらもどんどん敵を減らして──」
空から剣が振ってくるのを、イルネスが彼女を抱きあげて躱す。
「やれやれ、せっかく仕留められたのに」
一瞬の突風。敵味方の波をすり抜け、地面に突き刺さった剣をクレイが引き抜いて片手に構えた。その敵意は、イーリスに強く向けられる。
「ヒルデガルドも大層なのを拾ったもんだ。この肌にピリつく感じ……本当によく似てる。使う魔法まで同じと来たら、もう、我慢できないよな。──殺す以外考えられない。お前は邪魔だ、この場所にいる誰よりも!」
彼の動きに、一瞬遅れる。イーリスが杖で最小限の魔力の壁を張って弾き返そうとするも、やや構築が間に合わずに、一発目を防いだ直後に姿勢を崩す。それを補うように、イルネスが割って入って、二撃目を《部分竜化《ドラグニカル》》した腕で防ぐ。
「ぬかせ、小僧。儂の目の黒いうちは、何がなんでもイーリス・ローゼンフェルトだけは仕留めさせぬ! 大賢者に誓ってのう!」
「どいつもこいつも……。だが、そう簡単にいくかな?」
空から差した影。クレイを避けて降った蛇のように長くうねる鞭をイーリスが結界を張って耐えた。
「くっ、そうか。もう一人厄介なのがいたね……!」
「ウム。ここからが本番になるのう」
彼の傍に現れた夢魔のデミゴッド。ディオナが、澄ました顔で立った。
「申し訳ありません、アルニム様。ドラゴンロードを仕留めようと思ったのですが、こちらの状況を見て……不要でしたか?」
「いいや、助かるよ。さっさと片付けたかったところだからな」
思わず後退ってしまいそうな威圧感。負けるものかとイーリスは踏ん張った。クレイ・アルニムは既にイルネス・ヴァーミリオンという魔王をたった一人で相手にできる強さを持っている。それに加えてデミゴッドだ。恐ろしくないわけがない。それでも自分は大賢者の弟子として、二ヶ月、血を吐くような特訓に耐えてきた。
いまさらここで臆してられるかと杖を構える彼女の肩をイルネスがぽん、と優しく叩いてから、がっちり掴んで──。
「逃げろ。ぬしはここで死んではならぬ」
「は? いきなり何言って……!」
「邪魔じゃと言うとる。下がれ、儂が時間を稼ぐ」
イーリスがぐんっ、と勢いをつけて投げられる。首都の門前まで飛ばされ、ちょうどそこへやってきたカトリナたち魔導師の集団にぶつかった。
「うわっ、なによ!? イーリスじゃない!」
受け止められたのを見て、大きな声でイルネスが叫んだ。
「その娘を連れて首都へ入れ! 決して死なせるな!」
「何言ってるんだよ、イルネス! ボクも戦う!」
動揺しているうちに戦線復帰しようとする彼女の前に、空から巨体が降りてきて道を塞ぐ。ガルムが、その赤い瞳に彼女を映して、翼を広げた。
『姉御の命令だ、ここを通すわけにはいかない。この戦争で最も死んではならないのは、お前なんだよ、イーリス・ローゼンフェルト』