「全く全く、ひどいなの!」
「どうしたの?」
「あのエルフの態度が気に入らないなの! イスティさまを一番近くで見てきたのはわらわなのに、勝手に探しに行くなんて!!」
アックたちがサンフィアと再会を果たした頃、城に残ったフィーサ、アヴィオルは退屈を持て余していた。ルティが勝手にいなくなったことにも腹を立てているフィーサだったが、全く聞く耳を持たずアックのところに行くと言って聞かないサンフィアにも、相当に機嫌を損ねている。
城の中に置いてけぼりにされたというのもあり、またしてもといった悔しさがフィーサの中で込み上がっているらしい。
フィーサの予定では、まずは精霊竜アヴィオルに乗り、それから城から出て先回りをしてしまおうと考えていた。しかし、ルティ、サンフィアが勝手にいなくなったことでそれが出来なくなってしまった。
かなり頭にきたとはいえ、動くに動けないしどうにも出来ない。そうなるとここに留まる以外になく、もどかしさばかりが募る一方である。
「もーー!! 勝手に動いて頭にくるなの!」
「あのエルフはともかく、ルティちゃんは許してあげて欲しいなぁと……」
精霊竜アヴィオルとしてはフィーサが言うことはあまり気にならないようだ。心配なのは主人であるルティにいつ会えるのか。精霊竜にとって気になるのはそれだけだった。
……とはいえ、フィーサの主人であるアックの行方も分かっていない以上勝手に動くことが出来ないのも理解しているようだ。
「小娘がいなくなったのは地下の倉庫だったなの?」
「多分そうかなぁ? エルフの人も地下に下りたきり戻って来ないし……」
「こうなったら様子だけでも見てやるなの」
「うんうん」
廃城の大広間に留まり続けたところで状況は何も変わらない。気にしても仕方が無いと思いだしたフィーサは、アヴィオルを連れて地下の倉庫に向かうことに。
「ちっ、遺跡の上に大層な城があると思ったら廃れた城かよ! つまんねえな」
「これもオレたち教導魔導隊の役目だろ。つべこべ言わずに探せ」
「……女のくせに可愛げがねえ奴だ。遠隔魔法が使えるからっていい気になるなよ、エグリー」
「どうせ大したものは残ってないんだ。文句を言ってる暇があったら……! 魔力反応だ。警戒しとけ!」
地下に下りたフィーサは人化を解いてアヴィオルに持たせていた。何らかの気配を感じたということもあり、体格のいい竜人を歩かせる方がいいと考えていたからである。
「ちっ、廃城に居着いた魔物みてえだな。おい、エグリー! やっていいか?」
「好きにしなよ。どうせ魔法剣の試し斬りがしたいだけなんだろ?」
「そりゃそうだろ! ザームの半端な連中の前で出来ねえだろうが!」
「見たところ人タイプの魔物のようだ。さっさとやれ! ここでの”楽しみ”はそれだけだ」
魔力を感じたのはフィーサも同じだった。まずは相手の出方を待ちながら、いつでも反撃出来るように力を蓄え始めた。
「……どうせくるのは魔法攻撃なの。アヴィオルはわらわをぶん回すだけでいいなの」
「うん、そうするね」
アヴィオルはフィーサの指示に従い、神剣を構えた状態でその場に立ち尽くしている。その時が訪れるまで待つことにした。
「どうせ雑魚だろーが! 喰らいやがれ《フロスト・スラッシュ》!!」
奥の方から声が聞こえてきたと同時に、男は軽く跳躍をしたかと思えば手にしていた剣を振り下ろした。剣先から放たれたのは氷の塊で、床一面を凍らせながら標的に対し一直線に向かわせている。
その直後のこと。命中した氷がすぐに霧散し、氷塊の中に標的を封じ始めた。
「それがお前の得意技か?」
「剣の柄で地面を叩き割る動きだからな! これであらゆる魔物をも封じることが可能ってわけだ」
「能書きはいい。魔物にとどめを刺してこい! それでここの用は終わりだ」
「つれねえ女だな。――ったくよぉ。そこで待ってろよ、すぐにやってくんだからよ!」
魔法剣による攻撃が命中し、魔物にとどめを刺す為に男が近づこうとしている。氷塊の中に封じたこともあり、魔物は虫の息状態であると確信したのだろう。
「……いくよ~! 《アブレーション》!!」
「な、何なの何なの!? 氷が一瞬で消えてしまったなの!」
「氷塊なんてちっとも怖くないんだから! ――というわけで、全部吸収してね!」
「し、仕方ないなの」
男の動きよりも先に、フィーサを手にしたアヴィオルは自分の炎で氷を溶かし、その炎をフィーサに吸収させて男の背後に回っていた。
アヴィオルが離れた地下倉庫入り口付近では一時的に炎の壁が展開している。強力な灼熱魔法を放出したことで、限られた範囲だけ恐ろしい空間が出来た。
魔力感知に優れた者や油断の無い者であれば、近づく前に気付く。そのことを想定して男が姿を見せるのを待っていると、余裕ぶった男が近づいて来るのが見える。
「――ったく、氷塊で封じたってのに何にもいねえじゃねえか! 威力が強すぎて粉々になっちまったかぁ?」
姿を現わしたのは、魔導ローブに似つかわしくない片手剣をぶん回しながら辺りを見回す男だ。
「何だかすぐにいなくなりそうな男なの……」
「じゃあ、後ろから熱風だけ出そうよ。そしたら炎の壁で消えちゃうよ」
「拍子抜けするくらい弱々しい奴っぽいなの」
すっかりと油断しているその姿に、アヴィオルたちは不意打ち攻撃をやめる。勢いそのままに炎の壁へ押し出すことを決めた。
「――スゥゥゥ……ブゥゥァァァァァァァ!!」
「やはり竜なの」
思いきり息を吸い込んだアヴィオルは、口から熱風を放出。それに気付いた男は、他の仲間に向かって叫んでいた。
「な、何だぁ!? 背中に何か熱い風が……おい!! エグリー! オレの後ろに敵がいやがるから、片付けておいてくれ!!」
「そんな気配は無い! 自分で何とかしろ。出来なければ置いて行く!」
「おいっ、そりゃあねえだろ!! あぁ、くそっ……! 部屋の奥に進むしかねえのかよ」
倉庫の部屋にはあえて気配を隠さずとも隠れる物が散乱している。アヴィオルたちは物の陰に隠れながら男の最期を見ることなく、本当の敵に近付くことにした。
「……バカな奴め、オレの手を煩わせるとはな」
堂々と姿を見せたアヴィオルに対し、魔導士らしき女が不機嫌そうに呟いている。アヴィオルの竜人としての姿に驚くことも無く、正面に立っているだけのようだ。
「人間のあなたは何の用でここに来たの?」
「――竜人ごときに答える必要がどこにある? ……手にしているその剣、地下にいた男の物と似ているな」
「地下……! やっぱり地下に行けるんだ」
「行かせるとでも思ったか? 貴様らはここで消えてもらう!」
女魔導士はすぐさま両手を天井に向け、すでに展開していた氷柱をアヴィオルたちに降り注ぐ。
「うわわっ! フィーサさん、どうしよ!?」
「こんなもの、燃やして溶かしてしまえばいいなの!!」
「じゃ、じゃあ、振り回しちゃうよ~!!」
「こんな状態で放出したら駄目なのっっ! あぁぁっ!?」
「わぁぁー!! 天井が崩れるぅぅーー!」
灼熱の炎をフィーサから解放した勢いと天井からの氷柱を相殺したアヴィオルたち。しかし力を抑えずに出したことで、倉庫の天井ごと崩してしまった。
「……ふん、愚かな」
この動きは予想しなかったのか、女魔導士は何もしないまま倉庫を後にした。女魔導士がその場を去ると同時に魔法効果が消えたらしく、地下遺跡の入口は完全に閉ざされてしまったようだ。
「あうぅ~……地下に行けなくなったよぉ~」
「しょうがないなの。どうせ誰も来ないなの」
「ええぇ? ルティちゃんは~?」
「……待つしかないなの」
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