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テラーノベル(Teller Novel)
獣人医療

獣人医療

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第4話

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200

2024年03月17日

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エバンは途方もない失望を覚えていた。胸に穴が空いたような、そんな感覚が襲ってくるのだ。自分が悪かったのか、何故そこまで染まったのかを自分に問う。訊いてもわからないことを、数時間も。

一方、クルルは隣でそれを見ていた。悔しいでしょう、貴方のせいではないのです……と、言ってやりたかったがどうにも口が動かない。憂鬱で鉛のような朝は、ずっしりと頭の上に伸し掛かっていた。

「本日、病院に行くと聞きましたが」

暫くして、食パンを貪りながら訊く。クルルとしては嬉しい報告だったものの、喜べる状況ではなかった。エバンは相槌を打って、手許にあった手紙を見せる。場所はここから近いことが分かった。

「今は五時ですよ。一旦、気分を入れ替えて行ってみたらどうですか」

皿を手洗い場まで持っていくとき、捨て台詞のごとく吐き捨てた。ただ坐って言葉を飲み込んでいたエバンは、確かにと納得せざるを得なかった。

病院まで行くと、医師たちは既に居た。広々とした白い院内は、まるで角砂糖のようにも見えた。その中で、医師たちは忙しく動いている。それを眺めつつもエバンは医局まで向かって、挨拶を簡単に済ませた。

「君、執刀経験ある?」

電子カルテチェックをしている間に白虎がグイッと身を寄せた。片手にはメモ帳らしきものを持ち、エバンの様子をメモしているらしかった。

「はい。何度か経験していますが」

それが何か? と首を捻ると、白虎はニヤニヤしながら頷く。他の医師たちもその光景を気の毒そうな目で見ていた。

「せっかくの新入りをイジるなんて、駄目じゃない」

中でもひときわ目立っていた鳥。ヘビクイワシの女は溜息を漏らした。長い睫毛は伏せられ、足は長く美しい。エバンは目許美人かと納得した。

「いいだろ、噂だと大学時代からすげぇらしいし」

ケチ、とばかりに頬を膨らませる。エバンは彼らが誰なのかさえ分からず困惑していた。

「ああ、言い忘れてたね。ボクはヴァンデルソン。消化器外科だよ」

表情を緩めて言うヴァンデルソンに続き、ヘビクイワシも口を開いた。

「私はグラシアよ。心臓血管外科なの」

口調は自慢げであった。聞く話によると、グラシアの家系は外科医が多いらしく地位としても高かったらしい。だからか、気高い女に見えた。


それからチェックや説明をすべて終えて手術助手をすることとなった。前立ち、という立場だ。

初日からかと驚いたものの、ここではそれが普通らしく何食わぬ顔で手術室へ足を踏み込んだ。

手術室は白い光と水色の布に包まれている。出された手術器具はキラリと輝いているように見えた。

患者が入ってきて、麻酔科医がすぐに麻酔をかける。それまでの作業はほんの一瞬に思えた。

やがて、執刀医が静かに言い放つ。

「これより神経膠腫摘出術を行います」

開頭術用ハンドツールというドリルをオペ看護師に貰い、頭蓋骨に穴をあける。エバンはそれに水をかけて骨の粉が脳にかからないようにした。やがて硬膜を切り取り、脳が丸見えになるとドクドクと脈打っている。赤く、鮮やかであった。

「クーパー下さい」

看護師がさっとクーパー剪刀を出す。これで神経膠腫を切ったり剥離に使うのだ。エバンはそれをサポートしながら自身でも頭にイメージを浮かべていた。最短で正確にできる方法を。

執刀医は左手に鑷子を持ち一人で淡々としていた。そして、膿盆に神経膠腫を乗せて終わらせる。

「後は任せた」

エバンにそう告げるとその場から退出した。エバンはただ頷いて、硬膜を繋ぎ合わせて頭蓋骨を戻す。チタンという固定するための金属を扱うのは初めてじゃなかったが、こんなので固定できるのかと不思議だった。


無事に皮膚を縫合し終えて、手術室から出るともう一人患者が運ばれている。目にした途端に、はっと息を呑んだ。マウスの既に臓器は飛び出て、唯一胸を上下させているだけが救いだった。丁度近くに居たグラシアに言う。

「何故……あそこで留まっているのですか。早く手術しないと彼女は死にますよ」

冷静さを取り乱して、もはや汗をかいていた。グラシアはケロッとした表情で通り過ぎる。

「小動物優先の病院なんてない。弱肉強食だから。手術は狼さんから」

冷たく言われて、心の奥で呟いた。『俺からしたら狼だって小動物だ』と。そしてすぐに行動した。そこらを徘徊している暇そうな看護師を捕まえては手術器械を持ってこさせた。グラシアはすぐに止めようとしたが無視して進める。

助手さえも要らず、一人で淡々と臓器を繋いだ。肝臓に異常はない。膵臓……腎臓……。確認していくと、負傷している部分は片方のみの腎臓で済んでいた。しかし、これは大問題である。腹腔内に大量出血してドクドクと今にも血が流れていた。エバンは止血剤を投与して、片方の腎臓を摘出する。もう使えないと判断ができたため、そうせざるを得なかった。

「脳神経外科が何してる」

背後から声が聞こえ、振り返らないままで居るとこんな言葉が飛んできた。

「俺が助手してやるからさっさと来い」と。

手術部に移動して、手袋を付け替える。先程の声の主は鷹だった。しかも、医療系雑誌でよく見る顔。泌尿器科か何かだったなと思い出して納得した。

「あんな派手にやられて動かないわけないだろ」

血液を吸入して見えやすくした。エバンは礼を言うと、血管を繋げて負傷部分がないかと確認する。同時に、モニターを眺めて頷いた。

「心電図も正常だ。生理食塩水……」

「はい」

まるで芸術のようだった。飛び出ていた臓器を元の位置に戻し、つなぎ合わせる。出血もなくなり、呼吸も正常となっていた。最後に皮膚を縫合すると、手洗い場まで足を運ぶ。後は後ほど来たであろう第二助手と外回り看護師に任せた。

手術室から出る頃には、外は暗闇に包まれていた。エバンは医院長から呼び出されお叱りの言葉を食らったが、手術の出来栄えで褒められて返された。心底、何故怒られたのかと怒りを燃やしつつ、ふぅと深い溜め息をつく。

エバンは職場の先輩に「お疲れ様です」と挨拶して病院から出た。革の靴を履いて、紐を結んでいるとき正面にある塔の時計を見る。

「もう八時か」

疲れた声で呟いて、翼を羽ばたかせる。街は暖色の光を漏らし、決して暗くなかった。


「おかえりなさい」

家へ帰ると、クルルがお茶漬けを作って待っていた。机の向かいに坐っていて、まだ口をつけていない。エバンは黒いコートを脱ぐと、椅子にかけて腰掛けた。

「ありがとう、お前が作ったのか」

スプーンを手に取り、一度動きを止める。返事を持つように見つめた。

「はい、街に出かけていたら料理本を見つけまして……これが簡単だったから、つい」

頭を掻きながら眉をひそめて笑う。跳ねた髪を一つに結んでいることに気がついた。エバンはへえと感心しながらお茶漬けをすする。なんとも、温かくて美味しかった。

「今日はどうでしたか」

クルルはお茶漬けを少しずつ食べながら顔を上げる。エバンはふと、思い返して訊いた。

「今日は患者が沢山来た。小動物も居ただろうに、優先順位は大型動物ばかり。もっと付け加えたら、肉食動物がとても多い。マウスは救えたがな」

カチャリとスプーンを置く。今考えてみれば腹立たしいことだった。あのときは冷静に物事を考えて処理していたが、腸が煮えくり返るように怒りが湧く。

「弱肉強食社会ですもんね〜」

クルルは軽く受け流した。心のなかでは、低級獣人風情がと軽蔑したが先生までもを馬鹿にしたくないと口を閉じた。

その場は暫く静寂に包まれ、皿を片付けるときにコール音が響いた。

「はい……エバンですが……はい、え〜……実験? なんのことですか。……知らせを受けた覚えはありません……。お引き取りください」

冷淡にして電話を下げると、クルルが駆け寄る。

「何のお話ですか」

前に立ちふさがり訊いてみると、エバンは俯いたまま翼をギュッと閉じた。

「よく分からない実験に呼ばれそうになっただけだ」

表情はあまり変化していないが、目の奥は曇天であった。クルルは納得せずにいたが、その話題を出したら迷惑だと思い、こらえる。

エバンは自身の手を眺めながら考えた。同種を傷つけるような実験をするなんて、まるで共食いであろうと。しかし、その言葉はすぐに前言撤回した。彼らは、全く異なる獣であると。


路地裏で煙草を吸いながら、サーフィーは溜息をついた。黒いパーカーに手袋をつけて、仕事終わりの雰囲気を感じさせる。自分のしたことを振り返り失笑したが、同時に涙も溢れた。

「兄ちゃんから失望されたかもな……」

ゴミ箱に視線を移す。ネズミが二匹で食べ物を分け合っていた。ああ……自分は惨めだ。

そう思えば酷い頭痛に襲われた。煙草を地面に落とし、頭を抱える。壁によりかかり座り込んだ。

「どうした?」

十六歳にはなるであろう女の竜人に見下される。色は梅のような鱗に、角の青いしま模様は特徴の一つであった。サーフィーは目だけ笑って「大丈夫だよ」と言う。

「嘘だ」

耳を疑った。彼女が勇気を振り絞り言った言葉の一つであった。サーフィーはその言葉に尻尾を震わせ、また、気がつけば手も震えていた。

「なんでそう思ったの」

口調だけは異常に冷静でやっと頭を上げて顔を見せた。すると、憔悴した目許があらわとなった。

「全てに疲れた顔してるのは、今この道でお前だけだから」

サーフィーは腰を浮かして、立ち上がった。電柱に寄り掛かりながら周りを見ると、全員笑っている。自分だけに雨が降っているような気がして恐ろしくなった。

「誰なの、君」

その感情を飲み込んで冷静さを保つ。彼女は半眼に閉じた目でサーフィーを眺めながら、溜息を漏らした。

「言う筋合いないけどね。エキドナ・ガルシーだよ」

エキドナはポケットを探り、何かを取り出す。それは、棒付きのキャンディーだった。一度手を振って断ったが、口に入れられ仕方なく舐める。

ストロベリー味だった。

「君、意外に可愛い趣味してるじゃん」

キャンディーを舌で転がしながら、くすぐったそうに笑った。エキドナはそれを見ながらフンと鼻を鳴らす。

「私の趣味じゃない。たまたま持ってただけだ」

興味無さそうに目を逸らす。そして、ちらりと口許を見た。

「痛いよエキドナちゃん?!」

唇あたりに爪を立てる。エキドナは口許から垂れている血を見逃さなかったのだ。

「怪我人が! 口殴られたのか?」

胸ぐらを掴まれ、目の前に居るエキドナへ体が寄る。身長の大きな差が目立ったものの、サーフィーは一切力を入れてなかった為、その体格差でも体がふらついた。サーフィーは苦笑いして髪を耳にかける。

「反社なんだよ、俺」

自身を指差して曇り無く笑みをばら撒いた。

「似合わないなぁ……」

エキドナは面白いものを見たとばかりにニヤリとする。そしてサーフィーの腹を触った。

「刺されたろ」

赤黒くなった手を見せて睨んだ。サーフィーは困ったような顔をして頭を掻く。

「バレちゃった?」

「見たら分かるだろ」

問答無用にマントを脱がす。そして傷の浅さを確認して「よし」と言った。

「浅いし止血できてるな。四針縫えば大丈夫だろ」

専門的な目を向けて、賢明な判断を下す。エキドナからしてみれば傷口なんかを確認することは憧れだった。

「将来はお医者さんかな?」

面白半分にサーフィーが言うと、腹を強めに押された。すると、サーフィーはふっと息を呑んで顔を歪める。目だけは爛々としているように見えた。

「子供扱いするな。外科というより看護師になりたい」

「だからって押す必要ある?」

咳をして、エキドナに上目遣いを向ける。

「殴られたかったか?」

圧をかけられ、その場の空気に重みがかかった。サーフィーは悪いなと思い立ち上がると、小さく頭を下げて礼の言葉を置く。そのまま、何処かへ逃げようとしたところを、尻尾を捕まれ引き寄せられた。

「行くとこ無いだろ」

エキドナが呆れた、とでも言うかのように目で訴える。サーフィーは苦笑をこぼした。

「よく知ってるね」

「私の家まで連れて行ってやるから力抜け」

突然、ふわりとした感覚がして体が浮いた。下を見てみると、エキドナの頭がある。──どうやら、サーフィーはエキドナに背負われたらしい。

「凄い。力強いんだ……傷浅いから歩けるのに」

嫌だとは思わなかったらしく、黙って背負われた。サーフィーは周りからの眼差しが痛かったが、我慢して力を抜いた。

「そのまま歩いて出血が酷くなったら、私が見殺しにしたことになるからな」

ふんと鼻で笑うと、夏風のように強く真っ直ぐに走り出した。その速さといつもと違う街の光景はサーフィーの心に深く刻まれたことであろう。

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エキドナさんかっけぇよ…好きありがとう🙏((( グル先生…サーフィー…ッ…仲直りしろよッ? 喧嘩別れはイヤだからなッ??😭(喧嘩ではない())(喧嘩別れにトラウマがある鳥) クルルさんのお茶漬け食べてみたい() …ヘビクイワシが分からなくて調べたらベラボーに美人でグラシアさんが好きになりました😇✨(流石に惚れた)(鷲さんも好き…((

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