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「ねえ……なんでだと思う……?」
いままで聞いたことがないくらい頼りない声音で仁人が尋ねる。眼力はまだ鋭さを残していても、いかんせん涙目のせいで威力はほとんどなくて、酒は飲んでいないはずなのに、すこし目が据わってしまっている。
「なんでって言われてもなあ……」
隣に腰掛ける太智は遠くを見ながら言葉を探している。
「やっぱり、俺じゃだめだったのかな……?」
下まぶたで必死に抑え込んでいた涙の表面が揺らいだと思ったら、あっけなくほろりと流れてしまった。自分が泣かせたわけじゃないけれど、なんとなくばつが悪い。長年グループのリーダーとして、年長組として、きっと自分には分からないような重責を背負わされている仁人は普段こそ孤高で誰にも頼らず、強く気高く振る舞って見せているけれど。こうして年相応に悩む姿を見せられてはこちらも弱ってしまう。
ただでさえ、涙なんて滅多に見せないこの男のことだ。普段他人に心の弱みを見せず、相談事もしてこないからこそ、みな彼の涙には弱いはず。
けして本人には言わないが、太智にとっても仁人は大好きな存在なので、ときどき彼の相手の見ているところでちょっかいをかけてしまう。(あくまで二人のSNSのいちゃつきには微塵も興味ないが。)
勇斗がメンバー相手でさえ牽制するみたいに睨んでくるのがおかしくて、つい肩を抱いたり頬をつついたりしては、あのつんとすました顔に焦りとか苛立ちといった感情が浮かぶのがたいそう面白いのだ。
なんでもできて、欲しいものはたゆまぬ努力と天賦の才とやらで大抵手にしてきたあの男は、ことこのメンバー兼ほぼ家族兼一生の親友兼最愛の恋人の仁人に対してはなかなかどうして上手くいかない。あんなにも常日頃好きを伝えていると言うのに、本人はなんでかそれに気付かず他の男の隣でぺしょぺしょ弱いところを曝け出している。
自分ばかりが好きみたいで、心が狭くて嫉妬深くて、なんかやだ。仁人も勇斗も互いに、相手のいないところでそんなことをよく口にしている。一旦話し合えよと太智は思うが、聞けば何度も話し合った末に、それでも相手の重さを信じられていないらしい。ひたすらに面倒な二人だと思う。
「仁人から誘ってみればええんちゃうの?」
「……無理、恥ずい、てか別に、したいわけじゃないし」
「したくないなら誘われんくてもええやん」
「……違うの! もう、分かるじゃん。分かれよ……」
「分からんよそんなん」
酒は一滴も飲んでいないくせに、目を赤くして鼻をすすりながらウーロン茶をちびちび飲む仁人は、随分と酔っているみたいに見える。
「だって、だってあんなにさあ……」
「あ、詳細は伏せてな、聞きたないから」
同期様の本日の相談内容は恋人である勇斗からの「二度目のエッチのお誘いがない」ことについて。
こちらとしては最悪の議題だけど、「こんなこと太智にしか相談できない」と言われてしまえば、同期のよしみでほぼ双子の片割れと言っても差し支えないくらいには憎からず思ってる相手の相談くらい乗ったるか、という気分にさせられる。ここの飯代おごりだし。
この二人は十年近くにもなる両片思いのもだもだ劇場を繰り広げた末、数ヶ月前にようやくお付き合いがはじまった。初体験は二人の様子からほんのひと月前くらいだったと思うから、結ばれてからすぐに手を出さなかったあたり、クソがつくほど真面目な勇斗は今のところ仁人の前では意外とかなり紳士的なのだろうか。あとはシンプルに、忙しくてなかなか時間が取れてないのもある。とはいえ、要するにものすごく慎重なんだろう。
流石に詳細は聞きたくはないが、初めてはそれなりに上手くいったらしい。だって二人とも肌ツヤがやたらと良かったし。ただ仁人に関してはそれにプラスして腰を痛めていたのが生々しくはあったけれど。
なのにそれからぱったり、たまに一緒の部屋に帰り、ひとつのベッドで寝ているのに一切手を出されないらしい。
「お前から誘えへんなら、聞いたらええやん。勇斗ぉ、なんで手ぇ出してくれないの?って」
「ちょ、それきつい、俺そんなんじゃないし……」
──そうか? こんな感じやろいつも。
太智はそうツッコミたかったがやめた。なぜなら仁人が弱々しく否定したあとに首を振ったその拍子に、長い睫毛の先にたまった涙が散るのを、つられてこちらまでせつなくなってしまったからだ。太智が何も言えないでいると、仁人はぽつぽつと言葉をつむぎだす。
「俺だってなにもしてないわけじゃない……その、ちゅーとか、それ以上を、……ねだってるつもりで、」
「……つもり? 何も言わんと?」
「言えない。だって、あいつにもうその気がないのに、ねだられても迷惑、だろ」
仁人の声がだんだん震えてきて、わずかに嗚咽が混じってくる。
「だからなんでそう決めつけるん? 勇斗が言ったわけじゃないやろ、もうその気になれんって」
「う、で、でも……」
詰められても煮え切らない返事をする仁人に、すこし意地悪な質問をしてやる。
「……あ、なんやもしかして、実は最後までできやんかったとか?」
からかうつもりで言ったのに、「いや、それはないけど」と思いの外恥じらいも見せずに返答があった。
「じゅ、準備とかふたりでめっちゃ頑張ったし……三回くらいまでは覚えてるし」
「ぶっふぉっ!」
「ちょっ、きったね!」
羞恥にだんだんとしどろもどろになる仁人の台詞に盛大に噴きだす。いやだって、そんな。
「めっちゃやってるやん……」
「や、その、……気持ちよくなってくれた、みたいに見えた、んだけど」
「そら、三回もしたらそうやろ……」
「じゃあさ、満足してたんなら、またしたいってなんない? そうじゃないってことは、やっぱり違ったんだよ。手切れ金がわりにあの時だけ一気に抱いてさ、身体の関係はもうおーしまいってことだろ」
詳細は聞きたくないと言ったのに、結局生々しい話を聞いてしまった。耳を今から塞いでももう間に合わない。今後こいつらを見る目が変わってしまう。今まで以上にこいつらのやりとりは見やんとこ、と太智は心に決めた。こんなクソダル相談会も今日限りでキッパリ断る。
「は〜〜〜〜……まあ、理屈は通らんでもないけどなあ……」
クソデカため息をついたあと、太智はよく評価してもらえるキャラメルボイスを強火で焦がしたようなしゃがれ声で続けてやる。
──どう考えても、ハジメテのくせに三回かそれ以上がっついた挙句翌日に持病とは言い訳できんレベルで腰痛めてる仁人見て反省してるに決まっとるやろ。
そう言い切るよりもさきに、仁人はまたぶわ、と瞳に涙の膜を作りはじめた。
「じゃあもうおれのせいじゃん……!」
仁人はついにほろほろとウーロン茶に涙を落とす。こんなに涙もろいこいつは初めて見た。
「なに、じゃあ腰治るまでしないってこと?」
「いや知らん知らん、本人に聞けやそんなん」
もうこれ以上の解決法はない。俺はテーブルの隅に置いていたスマホを取り上げた。
「やだよ、そんなこと聞いたらそんなにえっちしたいのって思われるじゃんか」
「そんなにしたいんちゃうん? ずうっとお前したいしたいって駄々こねてるだけやん」
「だから違うってば! ……俺のことなんか気遣わないで、ひとこと抱かせろよって言ってくれりゃいいって言ってんの……!」
ようやく音にした言葉。これが一番の本音で一縷の望みだと聞かなくてもわかった。
メンバーの恋路に立ち入るなんて二度とごめんだ。でもどうやら、いくとこまで行って勝手によろしくやってくれやと思ってたオリメン仲間のぶきっちょ二人は、なんだかんだ俺がいないとダメらしい。
ラインに添付して一言添えて送ってやったら、いつもは既読にすらならないくせに、即レスかよ。
まったく十何年も、ほんっと世話が焼けるんやから。
あと十五分で来いよ、それ以上は待たれへん。勇斗にそう送った返事はもう、既読にならなかっ「ねえ……なんでだと思う……?」
いままで聞いたことがないくらい頼りない声音で仁人が尋ねる。眼力はまだ鋭さを残していても、いかんせん涙目のせいで威力はほとんどなくて、酒は飲んでいないはずなのに、すこし目が据わってしまっている。
「なんでって言われてもなあ……」
隣に腰掛ける太智は遠くを見ながら言葉を探している。
「やっぱり、俺じゃだめだったのかな……?」
下まぶたで必死に抑え込んでいた涙の表面が揺らいだと思ったら、あっけなくほろりと流れてしまった。自分が泣かせたわけじゃないけれど、なんとなくばつが悪い。長年グループのリーダーとして、年長組として、きっと自分には分からないような重責を背負わされている仁人は普段こそ孤高で誰にも頼らず、強く気高く振る舞って見せているけれど。こうして年相応に悩む姿を見せられてはこちらも弱ってしまう。
ただでさえ、涙なんて滅多に見せないこの男のことだ。普段他人に心の弱みを見せず、相談事もしてこないからこそ、みな彼の涙には弱いはずだ。
本人には言わないが、太智にとっても仁人は大好きな存在なので、ときどき彼の相手の見ているところでちょっかいをかけてしまう。(二人のSNSのいちゃつきには微塵も興味ないが。)
メンバー相手でさえ牽制するみたいに睨んでくるのがおかしくて、つい肩を抱いたり頬をつついたりしては、あのつんとすました顔に焦りとか苛立ちといった感情が浮かぶのがたいそう面白いのだ。
なんでもできて、欲しいものは多分な努力と天賦の才とやらで大抵手にしてきたあの男は、ことこのメンバー兼ほぼ家族兼一生の親友兼最愛の恋人の仁人に対してはなかなかどうして上手くいかない。あんなにも常日頃好きを伝えていると言うのに、本人はなんでかそれに気付かず他の男の隣でぺしょぺしょ弱いところを曝け出している。
自分ばかりが好きみたいで、心が狭くて嫉妬深くて、なんかやだ。仁人も勇斗も互いに、相手のいないところでそんなことをよく口にしている。一旦話し合えよと太智は思うが、聞けば何度も話し合った末に、それでも相手のことを信じられていないらしい。ひたすらに面倒な二人だと思う。
「仁人から誘ってみればええんちゃうの?」
「……無理、恥ずい、てか別に、したいわけじゃないし」
「したくないなら誘われんくてもええやん」
「……違うの! もう、分かるじゃん。分かれよ……」
「分からんよそんなん」
酒は一滴も飲んでいないくせに、目を赤くして鼻をすすりながらウーロン茶をちびちび飲む仁人は、随分と酔っているみたいに見える。
「だって、だってあんなにさあ……」
「あ、詳細は伏せてな、聞きたないから」
同期様の本日の相談内容は恋人である勇斗からの「二度目のエッチのお誘いがない」ことについて。
こちらとしては最悪の議題だけど、「こんなこと太智にしか相談できない」と言われてしまえば、同期のよしみでほぼ双子の片割れと言っても差し支えないくらいには憎からず思ってる相手の相談くらい乗ったるか、という気分にさせられる。この飯代おごりだし。
この二人は十年近くにもなる両片思いのもだもだ劇場を繰り広げた末、数ヶ月前にようやくお付き合いがはじまった。初体験は二人の様子からほんのひと月前くらいだったと思うから、結ばれてからすぐに手を出さなかったあたり、クソがつくほど真面目な勇斗は今のところ仁人の前では意外とかなり紳士的なのだろうか。あとはシンプルに、忙しくてなかなか時間が取れてないのもある。とはいえ、要するにものすごく慎重なんだろう。
流石に詳細は聞きたくはないが、初めてはそれなりに上手くいったらしい。だって二人とも肌ツヤがやたらと良かったし。ただ仁人に関してはそれにプラスして腰を痛めていたのが生々しくはあったけれど。
なのにそれからぱったり、たまに一緒の部屋に帰り、ひとつのベッドで寝ているのに一切手を出されないらしい。
「お前から誘えへんなら、聞いたらええやん。勇斗ぉ、なんで手ぇ出してくれないの?って」
「ちょ、それきつい、俺そんなんじゃないし……」
──そうか?こんな感じやろいつも。
太智はそうツッコミたかったがやめた。なぜなら仁人が弱々しく否定したあとに首を振ったその拍子に、長い睫毛の先にたまった涙が散るのを、つられてこちらまでせつなくなってしまったからだ。何も言えないでいると、仁人はぽつぽつと言葉をつむぎだす。
「俺だってなにもしてないわけじゃない……その、ちゅーとか、それ以上を、……ねだってるつもりで、」
「……つもり? 何も言わんと?」
「言えない。だって、あいつにもうその気がないのにねだられても迷惑だろ」
仁人の声がだんだん震えてきて、わずかに嗚咽が混じってくる。
「だからなんでそう決めつけるん? 勇斗が言ったわけじゃないやろ、もうその気になれんって」
「う、で、でも……」
詰められても煮え切らない返事をする仁人に、すこし意地悪な質問をしてやる。
「……あ、なんやもしかして、最後までできやんかったとか?」
からかうつもりで言ったのに、「いや、それはないけど」と思いの外恥じらいも見せずに返答があった。
「じゅ、準備とかめっちゃ頑張ったし……三回くらいまでは覚えてるし」
「ぶっふぉっ!」
「ちょっ、きったね!」
羞恥にだんだんとしどろもどろになる仁人の台詞に盛大に噴きだす。いやだって、そんな。
「めっちゃやってるやん……」
「や、その、……気持ちよくなってくれた、みたいに見えた、んだけど」
「そら、三回もしたらそうやろ……」
「じゃあさ、満足してたんなら、またしたいってなんない? そうじゃないってことは、やっぱり違ったんだよ。手切れ金がわりにあの時だけ一気に抱いてさ、身体の関係はもうおーしまいってことだろ」
詳細は聞きたくないと言ったのに、結局生々しい話を聞いてしまった。耳を今から塞いでももう間に合わない。今後こいつらを見る目が変わってしまう。今まで以上にこいつらのやりとりは見やんとこ、と太智は心に決めた。こんなクソダル相談会も今日限りでキッパリ断る。
「は〜〜〜〜……まあ、理屈は通らんでもないけどなあ……」
クソデカため息をついたあと、太智はよく評価してもらえるキャラメルボイスを強火で焦がしたようなしゃがれ声で続けてやる。
──どう考えても、ハジメテのくせに三回かそれ以上がっついた挙句翌日に持病とは言い訳できんレベルで腰痛めてる仁人見て反省してるに決まっとるやろ。
そう言い切るよりもさきに、仁人はまたぶわ、と瞳に涙の膜を作りはじめた。
「じゃあもうおれのせいじゃん……!」
仁人はついにほろほろとウーロン茶に涙を落とす。こんなに涙もろいこいつは初めて見た。
「なに、じゃあ腰完治するまでしないってこと?」
「いや知らん知らん、本人に聞けそんなん」
もうこれ以上の解決法はない。俺はテーブルの隅に置いていたスマホを取り上げた。録音アプリを立ち上げてRECボタンをタップ。
「やだよ、そんなこと聞いたらそんなにえっちしたいのって思われるじゃんか」
「そんなにしたいんちゃうん? ずうっとお前したいしたいって駄々こねてるだけやん」
「だから違うってば! ……俺のことなんか気遣わないで、ひとこと抱かせろよって言ってくれりゃいいって言ってんの……!」
ようやく音にした言葉。これが一番の本音で一縷の望みだと聞かなくてもわかった。
メンバーの恋路に立ち入るなんて二度とごめんだ。でもどうやら、いくとこまで行って勝手によろしくやってくれやと思ってたオリメン仲間のぶきっちょ二人は、なんだかんだ俺がいないとダメらしい。
ラインに添付して一言添えて送ってやったら、いつもは既読にすらならないくせに、即レスかよ。
まったく十何年も、ほんっと世話が焼けるんやから。
あと十五分で来いよ、それ以上は待たれへん。
勇斗にそう送った返事はもう、既読にならなかった。
コメント
1件
読み終えました……もう、仁人の「俺のせいじゃん」で涙腺やられたんですけど。普段孤高なリーダーがああやって弱音を吐けるのも、太智っていう聞き上手な同期がいるからこそで、その関係性が沁みました。「三回くらいまでは覚えてるし」からの太智の噴き出し、現場で見たかった(笑)。勇斗の即既読も含めて、三人の距離感が絶妙で、続きが気になって仕方ないです。