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「祈りを知らない世界で」
任務場所は高級ホテルの一室。
分厚い絨毯に足を踏み入れた瞬間、鉄の匂いが鼻を刺した。 遅れてきた二人を迎えたのは、静まり返った空気と、乾ききらない血の色。
「あっれれ、もう終わってるじゃん」
軽い声でそう言いながら、‘南雲’は躊躇いなく室内に入っていく。‘神々廻’が その後ろを追うように歩き出した瞬間、 ぬるりとした感触が靴底に絡みついた。視線を落とす。血だ。
『最悪や…』
小さく吐き捨てて、その赤を辿ると、“人だったソレ”の前で、背筋を伸ばしたまま手を合わせる‘女’がいた。 呼吸一つ乱さず、まるで日常の動作みたいに。
「へー、これ全部君がやったんだ」
‘女’は答えない。
ただ、祈り続けている。
『何してんねん、お前』
‘神々廻’の声は露骨に不快感を示していた。
『偽善やろ。 殺しといて、何祈っとんねん。…アホらし』
静かな声なのに、拒絶だけがはっきりと滲んでいた。
「…この行為に意味なんてないです…ただ、こうするべきだと思ったので…」
覚悟を決めた顔でも、割り切った顔でもない。 中途半端に“優しさ”だけを残したその態度に、ますます‘神々廻’の顔は歪んだ。
『気色悪……』
‘神々廻’は舌打ちして、その部屋を出た。「 まあまあ笑」と宥める‘南雲’に対して、『仕事やぞ。遊びちゃうねん』と言う声がしたが、‘女’が振り返ることはなかった。
数日後。
殺漣支部で自販機に指を伸ばす‘神々廻’と偶然出会した。‘女’を見ては、‘神々廻’は気まずそうに目を細めた。
『……どれや、』
ぶっきらぼうに顎で示す。
「えっ、…じゃあ、ブラックで…」
ガコンと缶が落ちると共に、‘女’の心も揺らいだ。『ん』と缶を差し出す‘神々廻’の目には、以前のような拒絶や不快感はなかった。
「ありがとうございます」そう控えめに缶を受け取ると、じわじわと指先が熱くなった。
‘神々廻’も同じものを喉に流し込むと、缶を握り、俯く‘女’に言葉を落とした。
『まだやっとんのか。』
‘女’の丸くなった瞳が‘神々廻’に問いかけた。
『もう動かんものに祈るとかいうの』
「辞める理由もないですから…」
『直せや』
‘神々廻’の即答に‘女’は少し口を尖らせた。
「直す必要があると思ってません」
‘神々廻’は一口飲んでから言う。
『俺らの仕事は、言うなれば掃除や。害虫駆除。あんなので救われると思うな』
「任務は任務。あれはあれです。」
「私が勝手にやってるだけです、神々廻さんに迷惑かけてるわけじゃないんですから、いいじゃないですか」
指を立て、上司に詰め寄る‘女’を見ては、‘神々廻’はチワワを連想した。「聞いてます?」と首を傾げる姿があまりにも真剣で、‘神々廻’の口角が緩んだ。ふっと鼻で笑うと、‘女’は驚いて固まった。
『調子ええな……まあ、嫌いやないけど』
「…え、」
一瞬だけ、目が合う。
前のような棘はない。
『ヘマしないなら、どうでもええわ』
‘神々廻’なりの許容。‘女’は小さく頷いた。
「あの、私…」
そう言いかけると、‘神々廻’が声を上げた。
『!?…服伸びる、やめろや』
‘女’が横を見ると、スーツの裾をぐいぐい引っ張る小柄な影が見えた。‘神々廻’の部下の‘大佛’だ。
「神々廻さん、とんかつ奢ってくれるって言った…」
『言ってへんわ。さっきうどん食ったやろ』
「食べてない。神々廻さん嘘つき…。」
『ああ?』
‘神々廻’と‘大佛’が揉めていると「ダメだよ神々廻〜嘘は!」と前から、にこやかに笑う‘南雲’が歩いてきた。
『誰が言っとんねん…』
「随分仲良くお喋りしてたね〜、僕も混ぜてよ」
そう言い、南雲は‘女’に近づき目線を合わせて微笑んだ。その視線は‘女’への興味、または品 定めにも見える。
驚いた‘女’が手から缶をストンと落とすと、‘神々廻’は‘南雲’を睨みつけ、次の瞬間には、‘南雲’の顔を掴んでいた。
『後輩にだる絡みすんのやめや』
「いてててて、もー酷いな神々廻。」
「君、ORDER誘われてた子だよね。
何事もなかったように、笑う。
「豹から聞いてたよ。名前は確か…」
「四季です」
「あ、そうそう四季ちゃんだ。噂は聞いてるよー」
一拍。
「てことで、四季ちゃん」
わざとらしく首を傾げて、
「僕と付き合ってみない?」
「……ぇ、はい?!」
冗談にも、本気にも聞こえる温度。
思考が止まり、間の抜けた声が漏れる。
視線を向けると、缶を握り潰しかけたままの‘神々廻’がいた。 そのまま何も言わない。 ただ、わずかに眉間に皺が寄っている。
「ちょっと考えちゃってる?いいよいいよ、ゆっくりで—」
『断るやろ』
「え、なんで神々廻が決めるのさ」
『決めてへん。常識の話や』
吐き捨てるように言いながら、視線だけが一瞬こちらに向く。試すような、確認するような目。
“そうやろ”とでも言いたげに。
‘四季’は一拍置いてから、小さく息を吸った。