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ごきげんよう、何気に存続の危機に直面しているシャーリィ=アーキハクトです。簡潔に今の状況を説明しますね。
黄昏南部陣地では激闘が続いていた。砲兵隊は轟音と共に砲撃を継続し、爆煙が挙がるごとに歓声が響き渡るが、それでも魔物の群れは一切怯むこと無く突進を続け、双方の距離は遂に一キロを切ってしまう。
「このペースですと、百体も減らせていませんか」
「そうなりそうです。お姉さま、準備に取りかかります。距離百で発動しますから」
「お願いします、レイミ」
双眼鏡で観察するシャーリィはレイミの提案を受け入れ、姉の了承を受けたレイミは最前線へと走り出す。
「お嬢も最前線に行くのか?」
「白兵戦となる前に、出来るだけ数を減らしていきたいと思います。それに、今なら強い力を発揮できそうな気がしますから」
ベルモンドの問いかけにシャーリィは勇者の剣に触れながら答える。
勇者の剣の修復が終了したので、本来持っていた試作の魔法剣はドルマンに預けていた。ドルマンはこれを更に改良、シャーリィ以外でも使えるような代物にすべく研究を行う予定である。
「勇者の剣か。やっぱりドルマンの旦那が作った奴と違うか?」
「説明が難しいのですが、確固たる意思を感じます。勇者様が私に力を貸してくれている間は役立つと思いますよ」
本音を言えばマスターに見せて試してみたかったのですが、今回はぶっつけ本番になりそうです。事前準備が出来ない状況で本番を迎えるのは少しだけ不安が残りますね。
「あの魔物相手に俺の槍が持つかな。滅茶苦茶不安なんだが」
ルイの心配も分かります。ルイの槍もドルマンさん手製の品で、『大樹』の影響下にある素材を用いて製作されています。
流石に鉱石は存在しませんが、『大樹』の影響下に入った木材や石材はドルマンさん曰く恐ろしいほどの強度を持ちながら加工もし易いのだとか。
っと、そんな話は後回しです。
「武器ならば予備がたくさんあります。前線にもありますから、随時入れ換えながら戦えば良いのでは?ルイ」
「そんな暇があればな。間違いなく乱戦になるぜ?シャーリィ」
むっ。
「あの数だ。被害を覚悟しなきゃな?お嬢」
確かに、被害は防げないでしょう。ロメオ君達医療班も待機していますが、限界もあります。完全回復薬は試作中だし、頭を潰されたり食べられたらどうにも。
「距離八百です!」
観測員の言葉を聞いて、私は思考をやめてベル、ルイと一緒に最前線の塹壕へと飛び込みました。
そこにはシスター、マクベスさん、エレノアさん、エーリカ、レイミも居ました。
「勢揃いですね」
「一致団結して危機を乗り切る。燃えますね、シャーリィお嬢様!」
エーリカもヤル気満々の様子で何よりです。
「お姉さま、始めます」
「お願いします、レイミ」
レイミは塹壕から出て、正面を見据えます。心配なので私も隣に居ます。
ベルとルイがついてきましたが。
「……」
レイミは目を閉じて右手を群れの方向へ向けました。次の瞬間、膨大な魔力の流れを感じました。レイミを見ると、綺麗な紅い髪が鮮やかな青色に変わっています。魔力の影響なのだとか。これはこれで捨てがたい。
「妹さん、髪の色が……」
「ルイ、静かに」
「あっ、悪い」
ルイは初めてでしたね。黙ってみていてください。自慢の妹の力を。
「……|白銀世界《ニヴルヘイム》」
レイミが言葉を発した瞬間、辺り一面の大地が凍りに覆われました。いや、何度見てもすごい。
「うぉっ!?マジかよ!?」
「へぇ、こりゃすごいな」
「「「うおおおーーっ!!」」」
後ろからも歓声が上がります。そしてすぐに効果が現れました。
ギャアアアッッ!!!!!
凍りとは無縁な地域で生きてきた魔物達は凍結した大地に足を取られて次々と転倒したりスピードを緩めました。もちろんそれが狙いなのですが。
「今だ!目を狙え!撃ち方初めぇっ!!!」
マクベスさん号令の下、機関銃と各員の小銃が轟音と共に一斉に火を吹きました。距離は二百から三百メートル。
ドルマンさんが保証した百メートル以内ではありませんが、比較的柔らかい場所を狙って射撃を行うことにしました。足止めの効果もあり、少しでも出血を強いる作戦です。
「おっと」
私はふらついたレイミを支えます。身長差から抱き抱えるのは難しいのですが。
「レイミ、ご苦労様です」
これだけ広範囲を凍らせたのです。膨大な魔力を消費したのは間違いなく、事実髪の色も元に戻り顔にも疲労の色が見えます。
「お姉さまのご期待に添えたならば幸いです。少しだけ疲れました」
轟音が凄いので、顔を寄せて言葉を交わしました。うん、疲れていますね。
「今は休んでいてください。さあ、戻りますよ」
「おう」
ベルとルイに手伝って貰いながら私達は塹壕へ戻りました。
皆必死に射撃を継続しており、弾薬箱を担いだ自警団の皆さんが塹壕内を忙しそうに行き来しています。
「撃ちな!他の奴らに負けるんじゃないよ!たまは気にしなくて良い!シャーリィちゃんが用意してくれてる!」
エレノアさんの檄を受けて海賊衆も早業で連射していますね。弾薬は充分にありますから、遠慮無く撃ち尽くして欲しいところ。
「……シャーリィ、戻りましたか」
シスターは珍しく撃っていませんね。
「……戦果はあまり期待しない方が良いでしょう。効果は確実にありますが、群れを止めることは出来ません」
塹壕から覗いてみると、滑って横転したり絶命した魔物の上を踏みつけながら後続の魔物が突き進んでくるのが見えます。
あれならば凍った大地を踏まずに済みますし、それを成せるだけの数と巨体を持ち合わせていますからね。
耳を塞ぎたくなる轟音の中ですが、雨あられと降り注ぐ砲弾や銃弾は確実に魔物を仕留めていますが、数が数なので減ったようには見えないのです。
「怯むな!撃ち続けろ!効果はあるのだ!残弾を気にする必要はないぞ!」
やはり距離があるからか、目などの柔らかい場所以外は固い鱗や皮膚が銃弾を弾いていますね。
それを確認したマクベスさんは士気を落とさないように檄を飛ばし続けていますね。
「シャーリィ!魔法を撃たないのか!?」
「この距離では無理です」
勇者の剣を含め、『魔石』を介さないと魔法を使えない私は放出系の魔法が苦手です。精々三十メートルが限界。白兵戦の寸前に披露しますよ。少しでも数を減らすためにね。
「ああ!破られたぞ!」
「怯むな!想定内だ!」
遂に先頭の集団が百五十メートルの位置に設置した最初の鉄条網へとたどり着き、そして難なく踏み潰していきます。やはり魔物相手に鉄条網は意味がない!
「皆!準備して!接近戦に備えて!」
それを見たエーリカが走り回りながら指示を飛ばしています。いよいよ白兵戦の時間ですね。
シャーリィは新たなる力である勇者の剣を強く握りながら、砲弾や銃弾を掻い潜りながら迫り来る魔物の群れを見て覚悟を決めるのだった。