優恵楼(ゆけろう)は松明で辺りを照らしながら慎重に歩く。
たまにキーキーと恐らくコウモリの鳴き声が響いている。
シャワシャワシャワという水の流れる音が近づく。ペチョ。
「おっと」
足をあげる。左側の壁に穴が空いていて
そこから水が細い滝のように流れているらしく、その水が優恵楼の足元まで来ていた。
優恵楼はその水を避けながら左側の壁沿いに歩いていく。たまに松明を天に向けてみるが
「暗ぁ〜」
天井に松明の光は届かない。
横幅、優恵楼が手をついている左側の壁から右側の壁まで恐らく12メートルほど
そしてこれから歩く距離は…不明。
ところどころにマグマ、溶岩が流れており、その周囲はぼんやりと明るい。
ただそのぼんやりとした明かりを、マラソン選手が「次の電柱まで…」とするように次々に越えていった。
「長すぎないか、なぁ?」
何本ものマグマ、溶岩を越えた。
「次で一旦休憩にしよう」
次のマグマ、溶岩辺りで一旦休憩することに決めた優恵楼。
高く、小さいマグマ、溶岩のぼんやりした明かりが
高さはさらに高く、しかし大きさは大きくなり、ついに目の前まできた。
「あぁ〜…休憩ぇ〜」
マグマ、溶岩から少し離れた床に座る。
今まで来た道を振り返ると松明がほとんど等間隔に設置されており、その周辺の壁をぼんやりと照らしていた。
「いや、長いって」
今度は反対側を見てみる。マグマ、溶岩で微かに明るい部分は見えるが
その他の場所は真っ暗。まだまだ先は長いようだった。
「あぁ〜…。お主とお奥にもご飯あげないといけないし…食料だって…」
アイテム欄を確認する。パンが2つにフルーツジュースが3本。フルーツが少し。
「あ、まあ、これだけあればしのげるか。…でもお主とお奥のご飯だよなぁ〜…。てか今何時だ?」
金鉱石が見つからず、いまだに時計を作れていない。画面を見ながらプレイする側だったときなんて
「時計なんて何に使うんだよ。いらんだろ」
と言っていたが
「なるほどな。開発者さんはこーゆーときをちゃんと考えて作ってたのね。
いらないとか言ってすいませんでした」
たぶん開発者さんはそんな実際にこのゲーム内に入り込んで生活するためなど
想定していないだろうが、素直に謝った。
「上が開いてれば空模様で時間確認できたのに」
と上を向く。天井は真っ暗。
高い位置から流れ落ちるマグマ、溶岩が微かに周囲を照らしているが、その明かりは天井までは届いていない。
そのマグマ、溶岩の微かな明かりで照らされている中に木材ブロックの横線と木目が見て取れた。
「おっ?」
思わず立ち上がる。松明をかざしてみるが恐らく高さは10メートルほど。
松明の微かな明かりが届きはしない。
「廃坑か?」
廃坑。それは大昔に使われた、主に石炭を掘るための坑道の朽ちた跡。
石炭、もしくは鉱石類を採掘し、トロッコに積んで地上に送る。
そのため線路が敷かれている。ワールド メイド ブロックスの世界でも同じ。
途切れ途切れの線路や宝箱、チェストなんかも置いてあって、中にはお宝なんかも…。
「…」
見上げてしばし考える。
ここにいてもなにも起きない。案としては壁沿いに階段状に上がっていって地上に出る。
もしくはこのまま裂け目を壁沿いに歩いていく。歩いていった先になにかあるとも限らない。
そしたら上に行く、さらに目的(廃坑)があるほうが
「いいに決まってる!」
コウモリもそれに賛同するようにキーと鳴く。
「よしっ」
ということで壁沿いに階段状に掘っていくことに決めた。一応落ちたり落とされたり
逆側の壁からスケルトンの弓矢で撃ち抜かれたりするのが怖いので
1ブロック挟んで壁の中を階段状に掘っていった。縦にブロックを積めばたかが10ブロック。
しかし階段状に掘るため、1ブロック上がるために3ブロックも掘らないといけない。軽く重労働である。
トッ、トッ、トッ。ボコン。石がアイテム化して小さくなったらそこに木材ブロックの横線と木目が見えた。
「やっと出た…」
階段状に掘って木材ブロックの上乗る。
「ふぅ…」
今までの石のみで囲まれた裂け目とはまた違う。湿気を吸い込んだ、少しカビ臭い、くもったような空気。
どことなく不気味な感じがする。すぐに裂け目にかかった橋状の部分に出た。
しかし手すりや安全柵などなく、ギシギシという少し心許ない木材ブロック2ブロック分しか横幅がない。
「うん。まずは反対側を探索だ」
ということで松明を持ち、松明を設置しながら歩を進める。すぐ先に途切れた線路が見えた。
「完全に廃坑だ」
念の為、ツルハシで線路を回収して進んだ。線路の脇にチェストの入ったトロッコが現れた。
「お。きたきた」
両手を擦り、いざチェストを開ける。ギキィ。
「お、おぉ〜…おぉ」
入っていたのは名札、ラピスラズリ、ビートルートの種、線路だけだった。
「…うん。うん。ビートルートの種は助かるね」
ハズレじゃない。と自分に言い聞かせながらチェスト内のアイテムをすべて回収し
一応チェストとトロッコも回収した。歩き出すとすぐに十字に分かれている道に出た。どの道も先は真っ暗。
「怖すぎる」
まずは右に行ってみることにした。右はすぐに行き止まり。
その代わりまた線路とその脇にチェストの入ったトロッコがちょこんといた。
「次”も“いいの入っててくれよぉ〜」
ギキィ。開けてみる。中身は、名札、松明、線路、アクティベーターレール、パン、松明だった。
「…うんうんうん。松明ね。ありがたい。松明なんて何本あったっていいんだから。
パン…ね。食べれんのこれ?」
すべて回収する。パンも回収すると、持ってきていたパンに「スタック」という形で
一緒くたとなって見分けがつかなくなった。
回れ右して十字路に立ち帰る。右側は行き止まりだった。今度は左側に進んでみる。
左側はズンズンと進んでいけた。進んでいくと突き当たり、今度は丁字路になった。
「おぉ〜…。これはぁ〜…迷うぞ?」
一度整理する。
「十字路を左に来て、今T字路にいる。ここをー私はー」
左右を見て右側に指を揃え、ピンと立てた右腕を伸ばし
「右に行きます」
と宣言してから右に歩を進めた。
しばらく歩いたが特にこれといってなにもなく、右にしか曲がれない角に行き着いた。
「十字路から左に曲がって、T字路を右に曲がって、さらに私は右に曲がります」
と整理して宣言して右に曲がった。右に曲がって進んでいくとまた十字路に出た。
「あぁ〜…。えぇ?えぇ〜と」
と頭の中で整理して右を向く。すると右の奥のほうに松明の明かりが見て取れた。
「だよね!」
そう。十字路を左に曲がり、丁字路を右に曲がり、さらに右に曲がったら
最初の十字路を真っ直ぐ進んだどこかに出る。
「じゃあ、ちょっと戻ってみよう」
松明を設置するため、そしてチェストや線路の取り逃がしのないように十字路を少し戻り
松明を壁に設置しながら線路を回収した。チェストはなかったので最初の立ち位置から見て
十字路を左に曲がった先の突き当たりの丁字路を左に曲がってみることにした。
結局左に曲がったらすぐに行き当たった。
「よし。十字路の左右は攻略完了。さて、お次は奥だ」
と言って十字路の前に進む。すると蜘蛛の巣がちらほらと張られていることに気づく。
剣を使って蜘蛛の巣をアイテム化させる。
そうして進んでいくとシュー…シュルシュルシュル…。という、優恵楼(ゆけろう)を始め
ワールド メイド ブロックス(元ネタのゲームのプレイヤーの皆様も(小声))を
プレイしているプレイヤーにとっては聞き覚えのある鳴き声というのか
糸を作っている音というのか、巣を作っている音というのか、が聞こえる。
そう。ここまで言えばだいたい察する読者、もしくは視聴者の皆様が多いと思うが…蜘蛛である。
まだ優恵楼から姿は見えないものの
「…ゴクン…」
生唾を飲み込む。画面を見てゲームとしてプレイする側だったときは、蜘蛛なんて全然怖くなかった。
ダメージも少ないし、アホみたいに吹き飛ばされることもない
瞬間移動することもなければ、“爆発”することもない。まだ姿さえ見えていない。
先程から暗闇の中からシュー…シュルシュルシュル…。という
不気味な声なのか音なのかが聞こえているだけ。しかしこの世界で今まで生活してきた優恵楼にはわかる。
あんなデカい蜘蛛、攻撃されなくても、目の前に出てきただけで失神するわ。
ということが。ゆっくりと後退ろうとしたとき
暗闇から長く黒い爪のような、そしてその上から、皮肉にもツヤのある細かな毛で覆われた脚が
優恵楼の持っている松明の明かりが届く範囲の中にゆっくりと入ってきた。