テラーノベル
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内装工事が始まる前夜。私は屋敷の図面を広げ、「チーム」に向けて最終的なコンセプトを共有していた。
「いい? この事業の肝は、単なる宿泊場所の提供じゃないわ。……『体験』を売ることよ」
私が図面に線を引くと、四人の視線が一点に集まった。
「部屋はすべて一律にはしない。それぞれの場所に、明確な『価値』を持たせるわ」
私はペンで、南側の角にある三階の部屋を囲んだ。
「南側のこの三部屋は、この館で一番の眺望を誇る『特別室(ロイヤル・スイート)』にするわ。窓から地平線まで続くチューリップ畑を独り占めできる場所よ」
「……眺望の良さを価格に反映させるってことだね」
レオンが言った。
私は頷き、図面の反対側にペンを走らせた。
「対して北側は、花畑が見えない代わりに『安らぎ』を売る部屋にする。最高級の寝具とアロマを揃え、“ゆっくりくつろぐため”に来る場所”にする。全部の部屋に“泊まる理由”を持たせるのよ」
「次に、大事なのは“動線”よ」
私は図面の上を指でなぞりながら、フレッドとアレクを見据えた。
「お客様が通る場所と、使用人が動く場所は、完全に分けてちょうだい」
「ここは、皆が“夢”を見に来る場所よ。裏側の生活感を見せた瞬間、魔法は解けるわ」
アレクが頷いた。
「……裏通路を整備するってことだな」
「ええ。それと、厨房から客席までは最短距離にして」
今度はフローラを見る。
「温かい料理が冷めるのは損失よ」
「席の配置も見直しますっ! 花畑が一番綺麗に見える角度も計算しますっ!」
彼女は力強く頷いた。
「お願いね」
私は最後にレオンへ視線を向けた。
「特別室は“一日三組限定”にするわ」
レオンが眉を上げる。
「ちょっと、少なすぎない?」
「いいえ」
私はきっぱりと言い切った。
「希少性は、それだけで価値になるわ。宣伝、お願いね」
***
廊下を歩きながら、私は次々と指示を飛ばした。
「壁紙は全部張り替えて。でも木材は必ず残して」
内装工事の職人たちが顔を上げる。
「“古さ”は欠点じゃないわ。アンティークとして価値になるのよ」
私はフレッドのほうを振り向いた。
「家具は磨いて再配置して。“ここにしかない空気感”を作るのよ」
フレッドは帳簿をめくりながら、答えた。
「……すべて予算内に収まっております」
「さすがね、フレッド」
私は窓の外へ目を向けた。
整備された道。完成しつつある料理。広がり始めた噂。
(……舞台は揃ったわね)
小さく息をつく。
(あとは――)
私は小さく呟いた。
「“最初のお客様”だけ」
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