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皆からの餞別を纏めた箱を抱えたままヒンケルの部屋に入ったリオンは、感慨深げに見つめて来る上司に気持ち悪いと憎まれ口を叩くが、返事が無い事に訝り、箱を床に下ろして丸いすに腰掛ける。

「どーしたんですか、ボス」

「……お前が本当にいなくなると思うとなぁ」

「何だそれ」

 静かになって良いでしょうがと笑うリオンに今まで本当は怒っていたが実は密かに楽しんでいたと告げられ目が見開かれ、なんだそれと繰り返す。

「……ドクの専属の警備員になると聞いたが、本当にそれで生きていくのか?」

 リオンが刑事を辞めるという現実を最も受け入れたくないと思っているのが実はヒンケルだったが、その片鱗を覗かせるとリオンが無言で肩を竦める。

「当分は。まあずっと無職ってのもあの生真面目なオーヴェが許してくれるとは思いません」

 だからいつかもしかすると別の職業に就くかも知れないが、今はウーヴェの傍にいたいのだと真剣な顔で伝えるとヒンケルの口から溜息が零れ落ちる。

「仕方が無いな」

「すいません。でもボスの気持ち本当に嬉しいです」

 ありがとうございますと殊勝に頭を下げるとヒンケルが一度デスクの上で拳を握るが、その手を開いてリオンに向けて差し出したため、小さな笑みを口元に浮かべたリオンがその手をしっかりと握り返す。

「……そのチョコ、食べ過ぎるなよ」

「俺よりも食べ過ぎ注意はボスでしょ。奥さんが注意してくれないんだから気をつけないと糖尿病になりますよ」

 そんなことになってしまえばきっとコニーを筆頭とした部下達も新しくやってくる俺とジルの代わりの部下も悲しむでしょうと、誰よりも自分自身が悲しんでいる顔で告げて深呼吸をしたリオンは、餞別の箱を足の上に載せた後、近くに来た時には顔を出しますと俯き加減に呟き頭を一つ振って立ち上がる。

「今までありがとうございました、警部」

 荷物を椅子に下ろし、見習い刑事になってヒンケルの部下に配属された時以来の真面目な顔で一礼するリオンにヒンケルも立ち上がって頷くが、その時デスクの電話が鳴り響く。

「電話ですよ」

「あ、ああ……今日コニーと一緒にドクの見舞いに行く」

「ダンケ。オーヴェに伝えておきます」

 早く電話に出ろと苦笑し受話器を取ったヒンケルに一礼して荷物を持って部屋を出たリオンは、他の同僚達が見つめて来る視線に気付いて太い笑みを浮かべる。

「みんな、仕事頑張れよー」

 俺はこれからあこがれの気楽な気楽な自宅警備員だー、人生楽しむぞヒャッホーと謎の自作ソングを歌った後、脱力して何も言えなくなった同僚達に手を上げ、じゃあと刑事部屋を出ていく。

 荷物を持って階段を下り正面玄関から建物を見上げたリオンは、ここでの日々、様々な出来事があったと感慨深い思いに包まれるが、明日からは愛するウーヴェの警備員だと気分を切り替えるように呟くと、運んでいる荷物の重さを感じさせない顔でウーヴェが入院する病院へ向かう為に駅に向かうのだった。



 大きめの段ボール箱にこれまた大きな花束を乗せたリオンが病院を訪れた時、ウーヴェはテディベアと一緒に持って来てもらっていたクロスワードに取り組んでいるところだった。

「ハロ、オーヴェ!」

「……お疲れ様、お帰り、リーオ」

 自宅の廊下やリビングで交わしていた言葉をここでも告げて労いのキスを互いの頬にした二人だったが、リオンがベッドに腰を下ろしてウーヴェの足の負担にならない位置に箱を置くと、がさがさと箱を開いて中身を取り出す。

「……俺のコート」

「そう。ここにあるのは全部オーヴェのだからって」

 誘拐された時に着ていたコートにマフラー、財布や眼鏡もあるが、何よりも携帯電話もちゃんとあると笑って袋から取りだしたリオンにウーヴェの顔色が一瞬で悪くなる。

「……中身、見たくねぇだろ? 一緒に消そうぜ」

 この携帯で監禁されている時の写真をベルトランに送りつけられたことからまだそれらの写真やメールが保存されているはずだが、友人や仕事関係の連絡先を消してしまうと不都合があるだろうからそれ以外のものは消してしまおうとウーヴェの肩を抱きながら告げると、連絡先はどうにでもなる、見たくないから携帯ごと壊して欲しいとリオンの胸に顔を押しつけて震える声で告げるウーヴェにうんと頷く。

「それもそうだな」

「……うん……悪い……」

「お前は悪くねぇよ、オーヴェ」

 箱を床に下ろして携帯をウーヴェの目の前に置いたリオンは何か無いかなーと歌うように呟きながら周囲を見回すが、ウーヴェが見守る前で笑みを浮かべると袋に入ったままの携帯を持ち上げて少し強めの力で床に叩きつける。

「────!!」

 その物音に一瞬ウーヴェの肩が竦むが、壊れ方が不十分だと判断したリオンが再度携帯を床に叩きつけて物理的に壊していく。

 携帯が袋の中で無惨に壊された頃、ようやくウーヴェが震える溜息を吐いてリオンのシャツの裾を掴んだ為、リオンがその髪に口を寄せつつもう大丈夫かと囁きかける。

「……大丈夫、だ」

「うん」

 ああ、あと、これも見つけたとほぼスクラップになってしまった携帯をリオンが箱の中に無造作に投げ込んだ後、代わりに二つの小袋を取りだしてウーヴェの目を見開かせる。

「ほら、お前専用の天国の鍵と……指輪」

 チェーンは捨てられてしまったようだったが鍵だけは見つけてくれた、リングも一緒に発見したそうだとコニーの言葉を伝えると、ウーヴェの目に安堵の色が浮かぶが、先程の携帯のようにそれを見ることで事件を思い出してしまうのではないかという危惧も浮かんでしまう。

「オーヴェ、お前が決めろよ」

「え?」

「鍵やリングを見て事件を思い出すのなら捨ててしまえば良い。そうじゃないのなら持っていれば良い」

 その判断は持ち主であるお前がするべきだと頷くリオンに唇を噛んだウーヴェは、指輪も鍵も捨ててしまうには思い入れが強すぎるが身につけているには辛すぎると素直な思いを伝え、再度髪にキスをされる。

「……暖炉の上の宝箱に入れておくか?」

 リオンの申し出にウーヴェの頭が上下しそうして欲しいと言葉でも伝えるとその袋を再度箱に戻したリオンが、シャツは切られているからもう捨ててしまったこと、靴も捨てたが眼鏡は大丈夫だったと箱を覗き込みながら呟き、眼鏡を取り出してウーヴェの顔にそっと掛けてやる。

「うん、やっぱりオーヴェはこうでないとな」

 無精ひげを生やしている時や事件の直後のあの様子もお前だが、やはりお前にはこの眼鏡が相応しいと笑って鼻先にキスをしたリオンにウーヴェの目が見開かれる。

「リーオ……っ」

「……あぁ、オーヴェだ」

 どんなお前もお前だけどこの眼鏡を掛けている時は本当にお前らしいと頬を撫でてそっとキスをしたリオンは、ウーヴェの手が首の後ろで交差した事に気付いてシーツに押しつけるように顔を更に寄せる。

「……ダンケ、リオン。ありが、とう……」

「うん」

「……それと、長年刑事として良く頑張ったな」

 お疲れ様との労いの言葉に今度はリオンが唇を噛み締めるが、うん、ありがとうとだけ返してそそくさとウーヴェの横に潜り込んで身を寄せる。

「だから前にも言ったが、またカールに怒られるぞ」

「今日ぐらい良いって」

 狭い病院のベッドで身を寄せ合って小さな笑みを零し合う二人だったが、後はウーヴェの足の何回かある手術を終えてリハビリを終えるだけだなと笑うと、ヒンケルとコニーが仕事終わりに見舞いに来てくれるまで看護師やカスパルが来ても笑顔で小言を躱し、シーツの中で二度と離すことはないと伝えるようにずっと手を繋いでいるのだった。



Über das glückliche Leben.

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