テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「――ちょっと、アンタね……」
どちらが先に幸せになるべきか――。
その、ひとしきりの問答が落ち着くと――、菖蒲と法雨は、続いて、しばしばかり互いに融け合うひと時を過ごした。
そんな彼らの火照ったその身とは逆に、空になったティーカップたちはすっかりと冷え込んでいる。
その中、同じく冷え込んだ声色で文句を紡いだ法雨に、菖蒲はふにゃりと笑った。
「えへへ……」
― Drop.009『 The MOON〈Ⅲ〉』―
汗ばんだ肌を感じ合いながらソファでまどろむ中、嗜められたにも関わらず満足そうに笑う菖蒲を、法雨はぺしりと叩き、大きな溜め息をついた。
「――まったく……“えへへ”じゃないわよ……。――何度も言ってるけど、アタシはアンタと違ってマゾじゃないんだから、寸止めなんてヤメてちょうだい……」
「へへへ~……可愛くてつい~……。――でも悦かったでしょ~?」
「――悦くないから言ってんのよ」
「――え~? ほんと~?」
「ほんとよ。――もう二度としないで」
「――しょうがないなぁ……。――………………。――あぁ、でもそうだね。うん。――まぁ、もう“二度とできない”かもしれないし、――心配しなくても大丈夫だよ」
「――え?」
「――………………。――ねぇ、法雨……。――その、“雷さん”ってさ……、――カッコよかったんでしょ?」
ゆるりと尾を揺らすと、菖蒲はぽつりと零すようにして言った。
法雨は、その問いの意図が分からず、それに眉根を寄せると、疑問の意を返す。
「――え、“雷さん”? ――ちょっと、何よ……。――なんで突然、雷さんの話になるのよ……」
そんな法雨に、菖蒲は微かに顔を綻ばせて紡ぐ。
「――いやぁ~……、俺としてはぁ~、――やっぱ、その二人の出逢いにも運命的な予感をじんわ~り感じててさぁ~」
「はぁ? ――ちょっとヤダ。――変なコト言わないでちょうだいよ。やぁね」
「えぇ~? なんで~? ――俺はイイと思うんだけどなぁ」
「イヤよ。――それに、前にも言ったでしょ? ――もうオオカミは御免なの。――雷さんが例え“善いオオカミ”だったとしても、オオカミと恋愛なんて、それこそ、二度としたくないわ」
不意に妙な事を言われ、法雨は図らずも己の鼓動が乱れるのを感じる。
(――まったく。――何を言い出すかと思えばこの子は……。――オオカミと恋愛なんて、例え、あの雷さん相手だったとしても、どうせろくなことにならないんだから……。――勘弁してほしいわ……)
もちろん、雷が、――酷く優しく、酷く誠実なオオカミである事は、法雨も痛いほど理解している。
だが――、だからこそ、法雨は、そんな彼の深い優しさにこれ以上触れたくなかった。
(――それに、一度でもあの優しさに浸かってしまったら……、また、あの“くだらない憧れ”まで、抱き始めちゃうかもしれないもの……)
そして、そんな事を思いながら、法雨はふと、雷と交わした“とあるやりとり”を思い出し、静かに笑むようにして言った。
「――あぁ、それとね、――そんなのきっと、あっちから願い下げだわ」
「え? なんで?」
その予想外の言葉に、菖蒲が顔を上げ、首を傾げると、法雨はソファに身を預け、やんわりと瞳を閉じて続ける。
「――話したでしょ。――アタシ、あの人に向かって、かなり失礼な態度もとったし、酷く失礼な事も言ったの。――だから、そもそもあの人も、アタシに惹かれたりなんてしないわよ」
「――う~ん。それはどうかなぁ……。――俺はそんな事ないと思うなぁ~」
「――まったく。――アタシはまだしも、アンタは会った事もないんだから、さっきの話のせいで、アンタの願望がそう思わせてるだけよ。――だから、この話はもうおしまい。――早く忘れなさい」
「――う~ん……」
法雨の言葉に、未だ納得がいかないらしい菖蒲は、唸りながらまた法雨の胸元に頭を預ける。
そんな菖蒲に苦笑しながら、彼の柔らかな髪を撫でると、法雨はまた、雷の事を思い出し、そして、反省の念を抱いた。
(――はぁ……。――まぁ、運命はともかく……、――どちらにせよ、あの時の事は、いつかちゃんと謝らなきゃ……。――まったく。――アタシもまだまだお子ちゃまね……)
そして、そんな決意と落胆を胸にした法雨は、再び菖蒲のぬくもりに浸ると、ゆっくりと瞳を閉じた。
Next → Drop.010『 The EMPEROR:U〈Ⅰ〉』