テラーノベル
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「ふう……。」
ため息をつきながら一人の少女が喧騒の中を行く。ぴしっとした制服、もわもわとした白い髪、小さな背丈と大きな銃。
空崎ヒナだ。
ヒナはとても疲れていた。なぜなら昨日は丸一日不良生徒の相手をしていてろくに眠れていないからだ。しかし、そんなもの今のヒナには何の苦でもなかった。なぜなら…
「今日はシャーレの当番だし、何か買おう……。」
…というわけである。早速ヒナは朝から空いているお店を探そうとするが、出鼻を挫かれてしまう。
「ひゃっははは!これで私の銃をデコってやるぜ!」
向こうで何やら不良生徒が騒いでいる。手には星のオーナメントを持っており、近くではバッグを持った生徒がおどおどしている。きっと不良生徒が自分勝手に他人のものを盗んで困らせているのだろう。
「まったく、こんな時間から……。」
ヒナはふうと短く息を吐き、どしっと銃を構え、発砲する。綺麗なヘッドショット。不良生徒はそのままばたっと倒れた。
「はい。これ、あなたの?」
「あ、ありがとうございます…!」
ヒナはその星のオーナメントを見てあることを思い出す。
(……そういえば、明日クリスマスだ……。)
雪が降ってきた。初雪だ。ヒナは空を見上げた。他の人たちも思い思いの表情を浮かべながら空を見上げる。雪が朝日を反射してより一層白く輝いていた。
「今度、絶対にお礼します!それでは!」
無事オーナメントを取り戻せた生徒は足早にその場を去った。きっと急用があるのだろう。ヒナはその背中が見えなくなるまで後ろから見守っていた。いつの間にか不良生徒の身柄がどこかへ消えてしまっていたが、勘のいい人なら誰の仕業かわかるはずだ。ヒナは目的を達成すべく、再び歩き出す。
(せっかくだし、クリスマスっぽいものを探してみようかな。)
ヒナがふと、あるお店の前で立ち止まる。それは何の変哲もない衣料品店だった。ヒナはそこで何か買うことにした。他に空いているお店がなかったというのも一つの理由だが、他のお店とは違うオーラのようなものを感じたのが一番の理由だ。
(さて……。)
ヒナは商品の一つ一つに目を通して行く。帽子、マフラー、手袋、靴下…色々あったが、結局服を買うことにした。
(これ、どうだろう……。)
ヒナが選んだのはセーターだった。針葉樹のような深緑色の生地に白の毛糸でふくろうの模様が縫われている。もふもふしていていかにも暖かそうだ。ヒナはお会計を済ませるためにレジへと商品を持って行く。
「プレゼントですか?」
「はい。」
「包みますか?」
「はい。」
「彼氏さんに?」
「!?」
「あら、違いますか?」
「い、いや…これは…その…。」
「そんなに恥ずかしがる必要はないですよ。彼氏さんへのプレゼント、素敵じゃないですか。」
「…お、お世話になってる人への贈り物で…か、彼氏とかでは……。」
「あらそうでしたか…残念。でも、大切な人へのプレゼントならしっかりと包まないとですねえ。」
「……ありがとうございます。」
「はい、どうぞ。自分の気持ちに正直に。頑張って。」
(告白すると思われてる……。)
丁寧に包装されたプレゼントを受け取り、ヒナはお店を後にする。
(さっきはいきなり変なことを言われて動揺してしまった…私が先生と付き合ってるなんてそんなの……。)
(……。)
ヒナは先生との生活を少し想像する。その光景はマッチの炎のようにゆらりゆらりゆらめいて、雪が溶けるようにじんわり心に染み渡っていく。
(……やめよう。)
しかし、ヒナは知っている。そんなもの夢物語に過ぎないということに。ヒナ以外にも先生に想いを寄せている人はたくさんいる。先生は優しいが、その優しさは常に皆にとって平等で、誰かに偏って注がれることは決してない。たとえこのプレゼントと共に自分の気持ちを伝えたとしても、優しく受け止めてくれるだけで、先生が応えてくれることは決してない…ヒナはそう考えていた。
(……それでも、日頃の感謝は伝えたい。)
そして、この想いが届かないとしても、日頃から助けられてばかりなのだから、その分の恩は返さないといけない…ヒナはそうとも考えていた。いつの間にか雪は止み、乾いた青空がどこまでも広がっていた。
いつの間にかシャーレの建物の前に着いていた。
この中に先生がいる。
至極当たり前のことだが、その事実を改めて認識した途端、ヒナは緊張感に苛まれる。
(大丈夫、大丈夫……。)
ヒナはプレゼントをぎゅっと抱き寄せ、建物の中へと入る。
(なんでこんなに緊張してるんだろう……やっぱり、これのせい?)
ヒナはプレゼントをまじまじと見る。包装は店員さんから渡された時と全く姿を変えていない。
……もし、先生に嫌がられたら?
嫌な妄想がヒナの脳内に浮かぶ。
(いや、そんなこと、あるわけない……。)
先生の優しさにヒナは何度も何度も救われてきた。先生が生徒からの贈り物を嫌がって突き返すわけがない。そんなことヒナもよくわかっているはずだ。
(きっと、あの人はいつも通り、私が考えている以上に喜んでくれるはず。)
ヒナはそう思うことにした。…しかし、ヒナは聞いてしまったのだ。
「……………!」
「……?」
(この声……アコ?)
「先生!結局明日はどうするんですか?」
“うーん。アコに任せるよ。”
「もー!先生!しっかり考えてください!明日はせっかくのクリスマスなんですから…。」
“ごめんごめん。じゃあ、一緒に考えようか。”
“分かってると思うけど、このことは…”
「はい!二人だけの秘密です!」
「…ふふ。楽しみになってきました。」
(………。)
ヒナは唖然としていた。シャーレの職員室にはいつもと変わらず先生がいた…しかし、なぜかアコがいる。一体なぜ?ヒナの心の中で何かが蠢く。
この会話。クリスマス?二人だけの秘密?
先生は私じゃなくてアコを選んだ?いや、そんなはずはない。さらに蠢く。先生はどんな生徒にでも平等であって、一人の生徒をこんな特別扱いするはずが…いや、いくら先生でも男としての一面はある…?私が思い込んでしまっていただけ?空が重く、暗く曇り始める。なぜ?わからない。どうして?わからない。
どうして?
どうして?
どうして?
「……どうして。」
ヒナは思わずその場から逃げ出してしまった。プレゼントを抱え、無我夢中。ヒナの頭の中では悲観、執着、疑問、怒りが渦巻いてぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。今朝よりも冷たく、粗い雪が降っていたが、ヒナはとうとう最後までそれに気がつくことはなかった。
あれからどれほど経っただろうか。ヒナはご飯も食べず、自分の部屋のベッドでずっと横になっていた。閉めたカーテンの隙間から陽の光が差し込んでいる。たぶん、丸一日ずっと寝てしまっていたのだろう。シャーレの当番を、アコがいたとはいえすっぽ抜かしてしまった。先生は今頃どうしているのだろうか。このプレゼントも結局渡せていない。
(バカだ……。)
元々これは日々の感謝の気持ちを伝えようとして用意したものなのに。本心を伝えるために用意したものではないのに。
自分の気持ちもひょっとしたら届くかもしれない……。
そんなことあるわけないのに。分かっていたはずなのに。まだ心の奥底までは信じきっていなかったようだ。日を跨いでもまだぐちゃぐちゃな脳内。そんな状態のヒナからこぼれ落ちる言葉は…
「……私だって、頑張った……。」
「私も、先生と一緒にクリスマスを過ごしたかった……。」
…自分勝手な欲望だった。
「……会いたいよ…先生…。」
“大丈夫、ここにいるよ。”
「………。」
「………!?!?!?」
「え!?…せ、先生!?ど、どうやって…!?鍵、確かかけてたはず…。」
“ヒナが心配だったから来ただけだよ。”
「いや、だからどうやって……。」
“どうやって入ったっけな。覚えてないなあ…。”
ヒナは現在の状況を飲み込めずにいた。そこでヒナは、ある最終手段をとる。
「………まあ、いっか。」
…それは、考えるのをやめることだった。
「……ありがとう、先生。」
“どういたしまして。”
「……本当に、ありがとう……。」
“…あれ?ヒナ、泣いてる?”
「うん……ちょっと、しばらく、胸、貸して……。」
いろいろおかしいことだらけだが、いつも通りの先生が今この場にいてくれるのがとても嬉しくて、ヒナはとてつもない安堵感に包まれていた。
ひとしきり泣き、気分も落ち着き、ようやくヒナはこの状況について目を向ける。
「どうして私のところに来たの?」
“今日はヒナが当番でしょ?ヒナはいつも早く来てくれるのに、今日はいつまで経っても来なかったから心配して、ここまで来たんだ。”
「……え?私の当番は昨日じゃないの?」
“昨日はアコが当番。”
「………。」
ここでヒナは自分の過ちに気づく。仕事による疲れでスケジュールを見誤ってしまったようだ。初歩的すぎるミス。ヒナは恥ずかしくなった。
「……ご、ごめん。日にち、間違えちゃった……。」
“珍しいね。疲れが溜まっているのかな?”
「……そうかも。でも、これは疲れとかそういう問題じゃなくて、ただの私のミスで……。」
“やっぱり、用意してきて正解だったよ。”
先生は今まで手に提げていたレジ袋から大きな四角い箱を取り出した。
「せ、先生、それは……?」
“いつも頑張ってるヒナのために、パーティを開こうかなってね。”
その箱には、見覚えのあるロゴが印刷されていた。
「……ピザ?」
“そう。ピザ、食べれる?”
「う、うん。食べれる……。」
“それじゃ、乾杯。”
「……ねえ、先生。」
“ん?”
「あの…これ、本当にいいのかな?」
“どうしたの?どこか具合悪い?”
「あ、いや、そうじゃなくて……。」
「……アコを置いて、私だけが先生とのパーティを楽しんでいいのかなって……。」
“……うん?”
「先生は今日、アコと一緒にクリスマスを過ごすつもりだったんでしょ?」
「私が勝手な理由で来なかったから、先生に心配かけちゃって、予定狂わせちゃって……本当に、ごめん。」
先生は最初、なんのことやらといった顔つきだったが、途中から何かを察した顔つきへと変わった。
“今日は元々、ヒナと一緒にいるために時間を空けていたんだ。”
「……え?」
“今日のことはアコが私に提案してくれてね。”
“「いつも頑張ってる委員長を少しでも元気づけたい」…って。私も、ヒナにはいつも助けられてばかりだし、恩を返すには良い機会だなと思って、二人で話し合っていたんだ。”
「………そうだったんだ。」
どうやら全て、ヒナの考えすぎだったようだ。ヒナは勝手に自分の中で色々決めつけてしまっていたことに罪悪感を抱く。
「……ごめん。勝手に変な勘違いしちゃってた。」
“私こそ。サプライズのつもりだったんだけど…ごめんね。変な勘違いさせちゃって。”
「せ、先生は悪くない。私が悪いよ…私が全部…。」
“ヒナ。”
「…!」
“大丈夫。私はヒナのこと、嫌いになったりしないよ。”
「せ、先生……。」
「……あ、ありがとう。」
先生はにこっと笑う。また、助けられてしまった。心の蠢きが晴れる。そのおかげでヒナは大事なことを思い出す。
「……あ、そうだ。」
「ちょっと待ってて、先生。」
ヒナはベッドに立てかけられていたプレゼントを手に取る。包装は昨日から全く姿を変えていない。
「……その、これ、よかったら。」
“え?私に?”
「……うん。」
“嬉しい!まさかヒナからプレゼントをもらえるなんて!”
「そ、そんなに喜ぶことでもない…。」
“開けてもいい?”
ヒナはこくりと頷く。
先生はそっとプレゼントを受け取り、丁寧に包装を剥がしていく。
“セーター?”
「う、うん。いつも、先生には助けてもらってるから。良かったら、その…着てくれると、嬉しい。」
“ありがとう!か、家宝にする……!”
「家宝にするのもいいけど、ちゃんと使ってね…?」
“うん!…うん!”
先生はヒナからのプレゼントにとても喜んでいる。そんな様子を見て、ヒナは昨日の店員さんの言葉を思い出す。
「自分の気持ちに正直に。頑張って。」
ヒナは決心した。
「ねえ、先生……。」
“ん?”
「その……実はね。私…えっと……。」
「………その。」
「……せ、先生のことが……。」
「………好きなの。」
「今まで、ずっと。言わずに我慢してきたけど…やっぱり、この気持ちを伝えたくなっちゃった。」
しばらくの沈黙。暖房もつけていなかったものだから、部屋は冷え切っていた。先生が沈黙を破る。
“……私も、ヒナのことが好き。……でも。”
“……ダメなんだ。私とヒナは、先生と生徒。”
「…そんなの、関係ない。私は、先生じゃなきゃやだ。」
「先生と生徒が関係を持つことがそんなに嫌なら、私は…学校だってやめれる。」
“……。”
先生が窓の方へ目を向ける。
“…私はね、この学園都市が好きなんだ。”
“銃弾が飛び交って、爆発が起こるのも日常茶飯事で、外の世界の人たちはここのことをおっかないなんて言うけど……。”
“…ここにだって、青春はある。”
“いろんな学校があれば、その分尊い日常があるんだ。”
“一人一人いろんな考えでこの1秒1秒を過ごしている。”
“みんなとの思い出の場所を守るために奮闘する生徒…たくさんの人と出会い、友達になって、心身ともに成長していく生徒…どんな逆境に立たされても絶対に諦めず、進み続ける生徒……。”
“…そして、見返りを求めることもなく、誰にもできないことを颯爽とやってのける生徒…とかね。”
「……。」
“私は、みんなを応援したいんだ。少しでも。先生という立場を利用して。こんな私だから、力足らずなところもたくさんあるけど…。”
“…だから、ヒナには、そんな簡単に学校をやめるなんて、言ってほしくないな。”
「……。」
先生は、窓の向こうを見ていた。窓は曇っていて、外の景色は見えない。しかし、先生には、その外の景色が見えているかのように思えた。その様子を見てヒナは、先生は思っていたよりもずっとずっと遠い存在だったのだと気付いた。
「……そう。……わかった。」
“…ごめんね。しっかり、答えれなくて。”
「………。」
“…でも、来年もまた、私にそう言ってくれたら、その時は真剣に考えるよ。”
「…?」
“来年の今日はヒナは卒業しているだろうしね。ヒナが良いならっていう話だけど。”
「…!」
「……わかった。来年、また、この気持ちを先生に伝える。」
“うん。”
「……。」
“……ちょっと寒いね。暖房つけてもいいかな?”
「あ、うん。私がつけるよ。」
部屋は相変わらず寒かったが、ヒナの心の中はどうやら暖まったようだ。
“……それじゃ、ヒナの学生生活で最後のクリスマスに、改めて、乾杯。”
「…うん。乾杯。」
雪が降ってきた。昨日ぶりだ。ヒナは窓の外に目をやる。きっと他の人々も、それぞれ思い思いのクリスマスを過ごしながら、この景色を見ているのだろう。雪が家から溢れ出る光を反射してより一層白く輝いていた。
おしまい
コメント
2件
あーいいですいいです、曇らせからのハッピーエンドは美味しすぎますね