テラーノベル
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風が強く雨が降っていた。
街の音が、やけに遠く感じる。
紗奈は、誰もいない場所に立っていた。
足元を見つめると、心臓の音だけが大きく響く。
(もう、疲れた)
(僕がいなくなれば、皆はきっと幸せになる)
(もっと早くこうしていれば)
(迷惑ばかりかけて、助けてもらってばっかりで)
(僕はなにもできない…)
(ごめんね…陽葵)
飛び降りようとした瞬間、 後ろから、強く腕を掴まれた。
「……紗奈っ!!」
振り向く前に、体が引き寄せられる。
乱れた呼吸、震える手。
「……紗奈」
引き戻され、体が揺れる。
息が詰まり、言葉が先に溢れた。
「離して……」
振りほどこうとしても、陽葵の手は離れない。
「やめて紗奈!」
声が重なる。
「紗奈、死なないで…」
「でも、僕がいるだけで皆に迷惑なんだ!」
紗奈は震えながら叫んだ。
「僕がいると、みんな困る!」
「陽葵だって迷惑だったでしょ!」
「たくさん嘘ついて、急に倒れるし、迷惑しかかけてない」
「僕が生きてる意味なんて、最初からなかったんだ…」
その言葉に、陽葵の動きが止まった。
「もう嫌だよ…」「疲れた…」
低く、押し殺した声。
しばらく、2人の間に沈黙が落ちた。
「でもそれは、紗奈が生きちゃいけない意味にならないよ」
「……でも、」
「紗奈がこの世界にいないなら…俺は、…」
「俺は紗奈と生きていきたいよ…」
強く掴んでいた腕を離し、今度は両肩を掴まれる。
「紗奈は、生きてていいんだよ」
一呼吸置いて、陽葵は続けた。
「紗奈のいない世界なんて俺…生きていけないよ」
陽葵は今まで見せたことのない悲しい顔をしていた。
「でも、生きてても…何のために生きればいいの…。もう何もかも…」
「生きる理由がないなら俺のために生きて」
紗奈の喉が詰まる。
「だから——」
陽葵は、震える声で言った。
「生きる意味が分からないなら」
「俺のために、生きて」
風の音だけが残る。
「紗奈が生きてるだけで」
「俺は救われるから」
紗奈の力が、すっと抜けた。
足が動かなくなり、その場に崩れ落ちる。
「陽葵…僕、…僕は…」
陽葵は紗奈を抱きしめた。
心臓の音が伝わる。
一瞬の沈黙。
「だから、生きて」
「今は、俺のそばにいて」
紗奈の目から、止まっていたものが溢れた。
声を殺して、肩を震わせる。
「……また、迷惑かけるかもよ」
「沢山かけてよ」
陽葵は、さらに強く抱きしめた。
「俺は紗奈を助けたい」
「10回でも100回でも、いくらでも助けるよ」
長い沈黙のあと、紗奈は小さく頷いた。
「…陽葵、ごめんね…」
陽葵は微笑んだ。
「謝らなくていいよ」
「俺が、紗奈のそばにいたいだけだから」
「これからもよろしくね、紗奈」
「… うん!」
この時、久しぶりに心から笑えた気がした。
その日、紗奈は初めて
「生きなきゃ」じゃなく、「生きてもいい」と思えた。
もう、一人じゃないんだ。
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