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ゆらりゆらり、ふわりふわりと、体が軽くてとても心地いい。目を開けると、海面から差し込んだ光が頬をなでていった。水中…?ここは?天国か?
体をよじると、足が地についた。下は白い砂浜で、柔らかく体を支えている。
さくりさくりという音が心地いい。すぐ隣を小さい生き物たちが通りすぎていく。水の中にいるはずなのに息苦しさはなく、身体は不思議なほど軽かった。周囲は深い青に満たされ、どこまでも静かで、どこまでも冷たい。
結構太陽の光で明るいから、きっとそれほど深くない。息はできてる。音も消こえる。
ここは、どこなんだ?
遠くで、光が揺れている。青白く、脈打つように明滅している。まるで、こちらへ、と手招きするように。
まるで夢の中にいるようにぼんやりとしながら、一歩、砂の上を踏みしめた。波にさらわれて足跡がゆっくりと消えていく。歩くたび、静寂が深まるようだった。
光の方へ進むにつれ、海底の景色は少しずつ変わっていった。崩れた石柱が転がり、古い建物の残骸が砂に埋もれている。それらはどれも、かつて人が住んでいた痕跡のように見えた。
白い砂浜と崩れ残った残骸にふと大きな影が差し、見上げると目の前に巨大な門がそびえていた。石造りのアーチは半ば崩れ、表面には見たことのない紋様が刻まれている。その紋様が、淡い光を放っていた。
―これは…都市、なのか。
門の向こうには、青白い光に包まれた広い空間が広がっていた。柱が林立し、崩れた神殿が静かに眠っている。かつてはあったのであろう若い女性の彫刻の欠けた左手と顔が何か物悲しく、そして静かだった。
そっと門に手を触れたその瞬間、門の紋様がふっと明るくなり、静かな音を立てて開いていく。その光景に思わず息が止まった。
小さいときに一度本で読んだことがある気がする。確か…西洋関係の本だったっけ。
プラトンの対話篇に出てくる伝説上の都市。かつてはポセイドンという神の末裔たちの王朝だったが、人間が混じって堕落していき、神によって海の底に沈められた島、
―アトランティスだ。
門をくぐると、深海の光がふわりと揺れ、視界がゆっくりと開けていった。都市は広大で、どこまでも青白い光に包まれている。
天井にあたるはずの海面は見えず、代わりに、淡い光の粒が空中を漂っていた。 それらはまるで、このアトランティスが吐き出す息のようにゆっくりと脈打ちながら漂い、消えていく。自分が歩いたあとも、砂がふわりと舞い、光の粒が足元に寄り添うように揺れていた。
左右には、崩れかけた柱が立っていた。柱はかつて白かったのだろうが、今は青い光を吸い込み、深海の色に染まってしまっている。ところどころ欠けた部分からは、光の粒がこぼれ落ち、砂の上に散っていた。
遠くには、巨大な神殿が見えた。屋根は半ば崩れ、その隙間から青白い光が漏れ出している。
何か、いる。
姿も見えないし、声どころか何の音も聞こえないが、確かに何かの視線を感じた。
でも、それは何か懐かしくて温かかった。
ただ、静寂のみが世界を包む。波の音も、風の音も、自分の足音さえ、どこか遠くで響いているように感じる。
そういえば昔はよく父の本を取り出して、このアトランティスのページをよく眺めていた。昔から聖書に出てくるような、神様が創ったとされる美しい世界が好きだった。華やかで、完璧で、しかし神の勝手で運命が決まってしまうような、儚さがあって、。…それと、やっぱり死後に行く世界があったらいいと思うから。何も残らず、ふっと消えていくように死にたくない。そんなの怖すぎる。この理不尽な世界に、救いがなさすぎる。
宗教の本質は神への盲目的な献身じゃない。信じることで日々の不安を緩めてやって、何とか生きていけるようにしていくことだと思う。アトランティスでも人間は愚かだったから沈められちゃうけど、それでも人を愛したいし、希望があると信じていたい、…いたかった、か。
温かい静寂のせいか、今日はよく頭が回る。…少しだけ、佇んでしまったんだよね。みんなが持ってるような、夢や愛や自身とかいう傘が、僕にはなかったから。びしょびしょになって、歩かなきゃと思うけど、みんなの背中はもう遠くて。それで、逃げっちゃったなあ。結局、逃げちゃった。
ふと、視界の端に光を捉えて、振り向いた。青白い光が柱の間から漏れ、その向こうに天井の崩れた隙間から差し込む光が、中心に淡い円を描いている。
その中心に人影のようなものが見え、恐る恐る近づいていった。
近づいていくほどにそれは人間の形をはっきりと現していき、長い髪が水に溶けていくように、輝きながら揺れている。その人はこちらに気が付いていないようで、背を向けて座っている。
細い肩が静かに上下し、まるで祈るように、光の柱を見つめていた。ここだけ、時間がゆっくりと流れているようだった。光の粒が髪に触れ、尾を引きながら消えていく。
その時、透明で輝くような音が海に響いた。その人の、音だった。それは水を、石板を、アトランティスを通して柔らかく響き、やがて世界を揺らしているようだった。その音は、涙が出るほどに温かく、胸の奥が強く締めつけられた。
何の曲かは知らないのになぜか懐かしくて、いつまでもこの音で鼓膜を揺らしていたかった。
ふと、演奏が止まってしまいその人がわずかに顔を上げた。気配に気づいたのだろうか。ゆっくりと振り返る。
光が揺れ、横顔が浮かび上がった。
淡く照らされたその顔は、息が止まってしまうほどに美しかった。透き通った白い肌が深海の青を反射して淡く光り、まつ毛の影が頬に落ちていた。薄い唇はほんのり光を帯びているように見える。
そして、その深海よりも深い青を灯した瞳が僕の姿を捉えた。
「ぅえ!?ひと?、全然気づかなかった!ごめんねぇ」
垂れた目の目尻に笑った、優しい皴ができ、ふわりとその人は笑った。急に、その人が人間になったような気分だった。
「ごめんね、案内もしなくって。僕は涼架。あなたは?」
「…元貴。」
「元貴ね。じゃあ一緒にいこっか!僕がここの案内人だからね!」
話切るの難し~😅長編になりそうな予感…