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翌日。会社を休み、空港の人ごみの中で洋樹を探す。
昨日、『明日空港で会いたい』とLINEしようかと思ったが、プロポーズを断ったあの日から、会社で目を合わすことさえしなくなった為、理由をつけて断られたり、飛行機の時間を変更されたりなんかしたらショックが大きいなと思い、当日探し出す作戦に出た。……が、人が多すぎてなかなか洋樹を発見出来ない。
「洋樹‼ 洋樹‼」
洋樹の名前を呼びながら、四方八方を見渡していると、
「迷子を捜してるお母さんみたいになってるぞ、日花里」
後ろから誰かに腕を掴まれた。
「洋樹‼」
振り返ると、しょっぱい顔をした洋樹が呆れた目をしながら私を見下ろしていた。
「……何しに来たんだよ。日花里の顔、見るのが辛くて送別会さえ断ったっていうのに……。鬼かよ、お前は」
「洋樹に会いに来た。話したいことがあるの」
洋樹の顔を見上げる。ちゃんと洋樹の顔を見るのは久々で、何となく感じる懐かしさが切ない。
「話って何?」
困っているのか、迷惑なのか。洋樹は眉間に皺を寄せながらも私の話に耳を貸してくれるらしい。
「課長が昨日、洋樹が乗る便を教えてくれて、今日来た。私、昨日課長に振られた」
「課長に振られたから、俺のところに戻って来たってこと?」
私の言葉に不快感を露にした洋樹は、更に眉と眉の間の距離を狭め、より深い皺を作った。
「違うよ。洋樹に『いい気味』って指差しながら笑って欲しかったんだ」
「……は?」
私の話が『意味分からん』と言った様子の洋樹が、今度は斜めに首を傾げた。
「私、洋樹が大好きだった。大切だった。だから、浮気をされても別れなかった。別れられなかったの。浮気が許せないなら、あの時に別れておけば良かったのに、私は洋樹を雁字搦めにして、いつも過去の浮気をチクチク責めてた。洋樹に頑張るだけ頑張らさせておいて、やっぱり許せないからってプロポーズ断って……。洋樹に『最低だ』って言われて、その通りだって思った。もっと早く洋樹を手放していれば、洋樹には今頃私なんかよりもっともっと、何倍も素敵な彼女が出来ていたかもしれない。なのに、本当にごめん。ごめんなさい。洋樹の大事な時間を無駄にしてしまった。本当にごめんなさい」
腰を折り曲げ、勢い良く頭を下げた。
「それを言いに来たの?」
洋樹が「顔上げて、日花里」と私の頭を撫でた。
「だって、あんな別れ方嫌だった。今までのことを謝りたかった。今まで一緒にいてくれてありがとうって伝えたかった。どうしても」
髪に触れる洋樹のあったかい感触が涙を誘う。でも、泣かない。泣きたくない。だって、洋樹との3年間は凄く楽しかったらから。しんみり終わりたくない。
「日花里にとって、俺といた時間は無駄だった?」
洋樹が俯いたままの私の顔を覗き込んだ。
「凄く幸せだったよ」
首を大きく左右に振って洋樹の質問を否定。
「良かった。俺もだよ。こんな結果になっちゃったけど、後悔なんか1㎜もない。『あの時別れておけば』なんて考えたこともない。俺、日花里には感謝しかないよ。浮気をした俺と今まで一緒にいてくれてありがとう。俺も最高に幸せだった。今も日花里に未練タラタラなくらいに幸せだった。後悔してるのは、浮気をしたことだけ。なんで浮気なんかしちゃったかなぁ」
洋樹が苦々しく笑った。
「……ホントだよ」
拳で洋樹の胸を小突くと、「ははは」と洋樹が溜息混じりに笑った。
「日花里ってさぁ、学生の時に先生に見つからない様に夜の校舎に潜り込んだり、親に隠れて酒飲んだりしたことなかった? 浮気した時の感覚が、それに近かった気がするんだよね。現状に不満はないのに、いつもと違うことがしたくなる。ちょっとした悪さでスリルを味わいたい。みたいなさ」
洋樹の言っている事は理解出来なくもない。が、
「浮気をされた方ってね、親や先生の目の届かない所で陰湿なイジメに遭っている様な感じなんだよ。辛いんだよ。キツイんだよ」
軽い気持ちでやった事だとしても、受ける側のダメージが軽いとは限らないんだ。
「うん。ゴメン。今なら分かる。自分を好きでいてくれていたはずの人間の気持ちが逸れるって、まじで苦しいね」
「うん。私もゴメン。ちゃんと洋樹だけを見てなかった。ゴメン」
別れてやっとお互いを分かり合えた私たち。
最後までタイミング悪いな。と思うのに、『私たちらしいな』とちょっとだけ笑えた。
「……そろそろ時間だ」
洋樹が左手に巻かれた腕時計に視線を落とし、時間を確認した。
「……そっか」
洋樹と本当にお別れする時間になった。
もう洋樹とは会わない。会えない。
とてつもない寂しさと悲しみが襲い掛かる。
でも私に『淋しい』『悲しい』などと口にする資格はない。
「洋樹、元気でね。向こうでも頑張ってね」
奥歯を噛みしめ、笑顔で洋樹に手を振る。
「日花里も。じゃあね」
手を振り返した洋樹が、私に背を向けた。
1歩ずつ私から離れていく洋樹の後姿を、ただ見つめる。
洋樹と結婚することは出来なかった。でも、こうして洋樹の背中を見送りたかったわけでもなかった。
別れても別れなくても後悔しかなかった私の選択を恨み、「もう我慢できないや」と涙を零してしまおうとした時、
「日花里‼」
突然洋樹が足を止め、私の名前を呼んだ。
「俺、やっぱ最後に日花里に会えて良かったわ。俺、最後に日花里に言いたいことがあったから」
「……何?」
吹き出す寸前だった涙を流してしまわぬ様に、瞬きを我慢しながら洋樹に問いかける。
「俺、日花里のこと、愛してる」
まさかのタイミングの洋樹の愛の告白に、
「……え」
驚きすぎて目を見開く。
「最後にまさかの現在形。ビックリしたっしょ? だってまだ日花里のこと、愛してるんだもん。だけど、もう言う機会もないじゃん? だから、どうしても言っておきたかった」
切ない表情をしながらも、少し顔を赤らめて笑う洋樹。
「……最後の最後に。どっちが鬼だよ」
「あはは。ごめんごめん。今度こそ行くね。本当にこれでバイバイ。今まで本当にありがとう、日花里」
洋樹がまた歩き出した。
人混みに紛れ、洋樹を見失いそうになった時、
「こっちがありがとうだ‼ ばかー‼」
大声で叫び、人目も憚らずにその場で泣き崩れた。
愛する人には愛されず、愛してくれる人に愛を返せない。
どうしようもない悔しさと悲しさとやるせなさ。喪失感。虚無感。
【心にぽっかり穴が空く】とはこういうことなのか。
散々泣いてカラカラになった喉を潤すことさえする気になれない。
フラフラになりながら立ち上がり、とぼとぼと歩きながら空港を出る。
ボーっとした頭のまま電車に乗り、アパートに帰る。
アパートに辿り着くと、宅配ボックスに荷物が届いていることに気付いた。
宅配ボックスの中にはダンボールが2つ。
送り主は母だった。
中身はおそらく野菜。
いつも運んでくれていた洋樹はもういない。
ダンボールを見ただけでも涙が出てきてしまう。
手の甲で涙を拭い、ダンボールを持ち上げる。
「……重」
憔悴中の私には結構厳しい重量のダンボールを2つ、玄関に運び込む。
そこからは、ダンボールを持ち上げることもせずに、後ろから引きずる様に押しながらキッチンまで運んだ。
今の私には、重い荷物を元気に運べる気力はどこにもなかった。
何とかダンボールをキッチンまで移動させると、テープを剥がして中身を確認。
ダンボールの中身は、どっちも野菜。
終わりかけの夏に、今年最後の夏野菜をふんだんに詰め込んでくれたのだろう。
母の気持ちは嬉しい。いつも有り難いと思う。でも……。
「……何で2箱も送ってくるのよ。どうしろっていうのよ」
課長はもう、私の手料理を喜んではくれない。いつも『おいしい』と食べてくれていた洋樹もいない。
……あぁ、そうだ。私が多めに送って欲しいってお母さんに頼んだんだ。課長に手料理を食べて欲くて。
「……全部自分が悪いんじゃん」
思い出して自分に呆れると、もう笑うしかない。と、思っていたが、
「……もう、どうしてこんなにタイミングが悪いのよ」
やっぱり泣く。
今はもう、何もかもが切なく、悲しい。
寂しさと虚しさで食欲など掻き消され、大量の野菜を目の前にしても料理などする気になれない。
父と母が大事に育て、折角送ってくれた野菜。
心の中で両親に謝罪して、そっとダンボールの口を閉じた。
そしてバスルームに直行。
シャワーを浴びて、涙で中途半端に崩れた化粧諸共洗い流す。
お風呂から上がると、髪を乾かし、ベッドに潜り込む。
起きていたってどうせ泣くだけだ。
泣けば泣くほど目は腫れる。
明日は会社に行かなければならない。
腫れ上がった瞼で会社に行きたくない。
同僚たちに心配されて、色々聞かれたくないから。
だってまだ、私自身がこの悲しみを消化出来ない。
相談なんてものが出来るほど、私の心は冷静にはなれていない。
布団を被り、目を閉じた。
眠っている間だけでも、このどうにもならない切なさから解放されたかった。
コメント
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うわあ……第11話、めちゃくちゃ切なくて胸がぎゅーってなったよ……🥀 空港の別れのシーン、めっちゃリアルで泣きそうになった。最後に「愛してる」って言う洋樹も、それに対して「こっちがありがとうだ‼ ばかー‼」って叫ぶ日花里も、どっちも不器用で愛おしい……。お互いやっとわかり合えたのに、もう遅いっていうタイミングの悪さが、逆に“人間らしさ”って感じで刺さった。 野菜のダンボールが2つも届くところ、もう全部自分が悪いって思って泣く日花里、すごくわかるよ……。好きな人に食べてほしくて頼んだ野菜が、今はただ重いだけっていうの、切なすぎる😢 でも、あの3年間が無駄じゃなかったって言い合えたの、良かったな。ちゃんと終われたこと、ちゃんと伝えられたこと、それってすごく大事だと思う。 続きがすごく気になる…! また読みに来ますね🌙