「日暮は、この学校を退学した」
………は………?
今、なんて………?
ガタッ。
斜め後ろの昇の席から、立ち上がった音がした。
「なにそれ………。山ちゃん、どういうこと………?」
「座れ、橘。言葉の通りだ」
山下先生がなにを言っているのか、頭が追いつかない。
「意味わかんなっ………。転校したってこと………?」
「いや、本人から退学だと聞いてる。転校するかどうかは分からない」
「………理由は………?」
「それは………俺も知らない。頑なに教えてくれなかった」
聖………、どういうこと………?
なんで突然………。
◇
◇
◇
◇
◇
「あぁもうっ!駄目、繋がらない」
「やっぱり清宮も?」
「うん。昇は?既読ついた?」
「いや、なんなら昨日送ったLINEも未読のまま。最後に既読ついてんのクリスマスの時」
電話は繋がらないし、LINEは未読スルー、学校は退学。
聖………。
なんで………、俺らとの繋がりを切ろうとしてるみたいな………。
「真夏は冬休みの間遊んだりしてないの?家近いんでしょ?」
「いや、最寄り駅が一緒なだけで家は知らないし、部活だったから」
「くっそ………。誰か日暮に終業式以降に会ったやついねぇのかよ………」
「家は知らないけど、冬休みは二、三回だけなら見かけたよ。学校で」
「学校………?」
「うん。図書館で勉強しに来てるって言ってたけど」
それ以外は、なにも知らない。
声をかけた時も、いつも通りだった。
いつも通り、『真夏』って笑って。
「そもそも聖は、なんで退学したの………?」
「日暮が退学した理由、誰かわかるやついる?」
聖が退学する理由なんて、見当たらない。
というかそもそも………
「そもそも俺ら、聖のことあんまり知らないよな………」
いつも微笑んでいて、時々くしゃっと子供みたいな笑顔で笑う。
真面目に勉強して、先生からの評判もいい優等生。
写真を撮るのが好き。
………それだけ。
それ以外、聖の好きな音楽も、料理も、映画も、本も、動物も。
趣味でさえ、何も知らない。
いつも俺たちに合わせてくれていたから。
いつも『真夏が興味あるのみようよ』『私はどれでもいいよ』って、そう言ってたから。
毎日のように一緒にいたのに、聖のこと、全然知らない。
「俺ら、聖のこと…なんも知らないよな」
昇も、清宮も、俺も。
聖のことを何も知らない。
だから誰も、聖がいなくなる理由も。
俺らに何も言わなかった理由も。
誰も分からなかったー。
◇
◇
◇
◇
聖がいなくなって、一週間が経った。
最初は聖を心配したり、面白がって話のネタにする奴もいた。
でも今はもう、誰も聖のことを気にしていない。
最初から聖がいなかったみたいに、日常に戻っている。
でも俺は、聖がいなくなった喪失感が大きすぎて…。
心にぽっかり、穴が空いたような気分だった。
「聖…」
一度、聖の家に行こうとした。
いつも聖と別れる場所から、探り探りで手がかりも何もない状態で。
当然たどり着けるわけもなく、家に帰るのが遅くなって母親に怒られた。
連絡しようにも、一向に繋がらない連絡先。
聖を繋ぐものが何もなくて、どうすることもできなくて。
会いたい気持ちは日に日に増すのに、会えない事実を日に日に実感していった。
「真夏。今日、映画行かね?今話題のやつ」
「いい気分転換にもなるかもだしさ!行こ!」
すっかり元気をなくした俺を、昇と清宮は心配してくれている。
昇と清宮だって、友達が突然いなくなって辛いはずなのに。
昇が聖と関わりのあったやつに、心当たりがないか聞いて回ってること。
聖がいなくなった日から、清宮の目頭が赤いこと。
それを知っているのに。気づいているのに。
それでも俺は、自分の中で聖がどんな存在だったかを自覚していって。
優しい二人に、元気に振る舞う余裕なんてなかった。
放課後。
前に聖と来た公園に来た。
一度だけ、聖が気になることを言っていたことを思い出した。
『思い出を形に残せるから』
『なにそれ。いつかいなくなるみたいな言い方』
『どうだろうね』
そんな会話をしたことを思い出した。
あの時は冗談だと思っていたけど。
あれは確か、冬休み前の放課後だったから。
あの時には既に、聖は退学することが決まっていたんだろう。
「思い出を、形に残せる…」
今思えば、不思議なことがいくつかあった。
聖が撮るのは、言ってしまえばつまらないものばかりだった。
笑顔でピースをしてるわけでも、変顔をしてるわけでも、カメラ目線なわけでもない。
昇がふざけて、清宮が呆れて見て、俺がその二人を見てる姿。
俺の弁当のおかずを、昇が勝手に取って食べる姿。
朝から部活の助っ人をして、疲れて机に突っ伏す清宮の姿。
ありふれた日常の一部を切り取るような写真を、聖はいつも撮っていた。
綺麗でも、可愛いわけでも、かっこいいわけでもない。
その写真を見て、何か特別なことを思い出すわけでもない。
いつも通りの俺ら。
思い出を撮るにしては、物足りない写真ばっかりだった。
しいていうなら、それを見れば、いつもの俺らがわかる写真だったー。
何気なく、スマホの写真フォルダを開く。
空の写真がほとんどの中に、少しだけある昇、清宮、聖の写真。
「あ…」
最近撮った写真の中に、ここで撮った聖の写真があった。
振り向いた拍子に撮られた仕返しで、聖が空を見つめる様子を隠し撮りした写真。
でもその後スマホを向けてることがバレて、『隠せてないし』って笑われた写真。
その後名前を呼んで、スマホを向けると聖も同じようにスマホを向けてきた写真。
俺が好きな、聖の笑顔の写真だったー。
思いが込み上げてきて、堪えていた涙が一粒落ちた。
知っていることは少なくても、好きなところはいくらでもあった。
不意打ちで写真を撮った後、いつもしてやったりと言わんばかりの顔をするところ。
褒められると恥ずかしくなって照れてしまうから、笑って誤魔化すところ。
俺の好きなものを知ろうとしてくれるところ。
困っている人を見かけると、考えるよりも先に体が動いてしまうところ。
人の相談に乗るくせに、自分の相談を人にするのが苦手なところ。
驚かせてもあんまり反応しないくせに、変なところで驚くところ。
どんな人の話でも、全く知らない話でも、楽しそうに聞くところ。
こっちまでつられるような優しい笑顔で、いつも話しかけてくれるところ。
『聖』って声をかけたら、いつも『ん?』って首を傾げるところ。
考え出すといくらでも好きなところが浮かんでくる。
聖の好きなものも、苦手なものも。
聖のことを全然知らなくても。
聖と過ごす日常の中に、好きなところがいくらでもあった。
日常の中で、聖に惹かれる瞬間が何度もあって。
いつからか分からないけど、聖が俺の中で誰よりも惹かれる特別な存在だった。
自分でも気づかないうちに、聖に初めての恋をしてる自分がいた。
そのことに、今更になって気づいた。
聖がいなくなってしまった今更になって。
伝えようにも伝える手段が何もない今更になって。
聖がいなくなる前に気づいていたら、聖の中で俺はどんな存在になっていたんだろうか。
そもそも聖の中で、俺はどんな存在だったんだろうか。
親友?友達?クラスメイト?赤の他人?
いつも俺と聖、昇と清宮の四人でいたけど、この関係の明確な答えを聞いたことはない。
気持ちに気づく前は友達だと思っていたけど。
聖が何も伝えてくれずいなくなってしまった今、友達だったのかすら分からない。
もしかしたら、聖にとって俺らはクラスメイト程度のものだったんだろうか。
ただのクラスメイトにいつもあんな風に優しく接してくれてたんだとしたら。
…ずるすぎる、本当に。
◇
◇
◇
◇
◇
◇
放課後、真夏を映画に誘ったけど、真夏はまた一人で何処かに行った。
最近何に誘っても全部断るし、何を話しててもうわの空。
聖がいなくなってから。
…当然か。
真夏は…聖のことが好きだったんだから。
本人は自覚してない感じだったけど、俺からすれば一目瞭然だった。
だからこそ、もう一回聖に会わせてあげたかった。
俺にとっても、聖は大切な友達だし、いなくなったことも悲しい。
でもそれ以上に、一つ疑問があった。
どうして聖は真夏にも何も言わずにいなくなったのか。
聖だって、真夏のこと…。
だから、何か理由があるんじゃないかと思って。
真夏にも言えなかった何かが。
そう思うと、何故か諦めたらいけない気がした。
何がなんでも聖がいなくなった理由を知るべきだと思った。
特に真夏、あいつは。
そう思っても手がかりはなく、みんな大したことは知らなかった。
礼儀正しくて優等生。
相談に乗ってくれる優しい子。
いつも笑顔の綺麗な子。
みんな同じようなイメージしかなくて、聖に繋がりそうな情報は得られなかった。
スマホを見ると、部活と補習以外の生徒はほとんど帰っている時間。
聖は帰宅部だったし、補習も特に出てなかったし。
残っても情報は得られそうにないな…。
仕方ない。明日また聞いてみよう。
「ん?」
下駄箱に着くと、俺らのクラスの下駄箱付近で、クラスメイトじゃない男子生徒が不審な動きをしているのが見えた。
下駄箱に手を伸ばしたと思えば引っ込めて、また伸ばしたら引っ込めての繰り返し。
「…何やってんだ、あいつ」
暫く様子を見ていると、諦めたのか立ち去ろうとするその生徒の手に、手紙らしきものが見えた。
手紙…?ラブレターか?
気になって、そいつが立っていた場所に行く。
「真夏…?」
さっきの生徒が立っていたのは、真夏の下駄箱の目の前。
真夏に手紙…?
おそらくラブレターでは無いだろう。
真夏と話してるところ見たことないし。
…じゃあ、なんの手紙?
今の真夏に渡す手紙…
「………っ!」
もしかしてと思い、思わず上履きのまま学校を飛び出す。
門を曲がると、目の前のバス停でさっきの生徒が手紙を持って俯いていた。
「うわっ!えっ、な、な、なんですか」
声もかけずいきなり腕を掴んでしまったから、俺に対して怯えた顔をしている。
でも、俺はそれどころじゃなかった。
「さっき、真夏の下駄箱の前で何してた?!」
「えっ、あ、いや、俺は」
「手紙入れようとしてたよな?なんの手紙?!」
「い、いや、変な手紙じゃなくてっ」
俺の勢いに戸惑った顔をして、言葉を詰まらせるその生徒を見て、我に返った。
「あ、ご、ごめん。怒ってるわけじゃなくて」
「そう、なんですか」
「うん。怒ってない。その、さっき真夏の下駄箱に手紙入れようとしてたの見えたから」
「あ、は、はい」
「なんの手紙…?」
「ひ、日暮さんのです」
「っ聖の…?」
日暮は聖の苗字。
聖から、真夏に宛てた手紙ってことか…?
「これです」
そう言って手紙を持っていた男子生徒、柳田は鞄から手紙を出した。
「…ちょっと待って。なんで聖の手紙を柳田が持ってんの」
でも、聖と仲が良かった記憶なんて、ましてや話してた記憶すらない。
「その…日暮さんが、これを捨ててるのを見たんです」
「捨ててる…?」
よく見ると、確かに手紙の角が折れた跡や、少しシワがついていた。
「…聖が捨てたのを、拾ったってこと?」
「…はい。その…捨てちゃいけないような気がして」
「どういうこと…?」
「その…泣いてたんです。日暮さんが」
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