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「芥川くん」
背中に呼びかけると、黒い外套が風にふわりと揺れた。
「僕になにか用でしょうか?」
振り返った彼の声は、いつもと変わらず冷ややかだった。けれど、あたしがその冷たさに驚かなくなったのは、きっと彼が意外と優しいことを知ってしまったからだと思う。
「ちょっと、ついて行ってもええ? 人虎に興味あるっていうか……まあ、別の目的もあるんやけど」
そう笑って誤魔化す。本当のところは、「彼」が関わっているかもしれないから。
——太宰治。
同じ歳で、かつて同じ闇にいた。彼の消えた背中を、ずっと追いかけていた。
「……構いません。任務の妨げにさえならなければ」
「ありがと。じゃあ、後で合流するわ」
軽く手を振ってあたしは背を向ける。そのまま、探偵社方面に向かって歩き出した。
樋口ちゃんから任務内容を聞いておきたかったのと、あと……もうひとつ、寄り道の理由があった。
ーーーーーーーーー
路地裏の人気のない路地に入ると、予想通りそこにいた。
「中也くん」
「よぉ。相変わらず、余計なことに首突っ込んでんだな」
ポケットに手を突っ込み、ふわりと帽子を押さえる。彼のその仕草は、いつも少しだけ昔を思い出させる。
「ちょっと散歩がてら、な。探偵社の子ら、どんな顔しとるか見てみたかってん」
「散歩がてらに太宰の顔見に行く女がどこにいるんだよ」
「……あんたはほんまに勘が鋭いな」
「付き合いが長ぇだけだろ」
「……ほんで、中也くんは任務ちゃうの?」
「嗚呼。今日は見張りと情報収集」
口では面倒くさそうに言ってるけど、中也は誰よりも任務に忠実だ。
「アンタはどうすんだ。太宰に会って、何か言いたいことでもあるのか?」
その問いに、あたしは少しだけ視線をそらした。
「別に……」
中也くんは一拍黙って、それから短く笑った。
「言えよ。太宰のこと、まだ気にしてるって」
「……うるさいわ」
「素直じゃねぇな。けど、昔のアンタが戻ってきたみたいで、俺は嫌いじゃねぇぜ」
ちょっと照れ臭くて、少しだけ笑ってしまった。
「じゃあ、任務、気ぃつけてな」
「お前もな。変に目立つなよ、あの芥川と一緒に動くなら、特にな」
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合流地点に着いたとき、芥川と敦が睨み合っていた。