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#一次創作
眠狂四郎
590
麗太
593
Cafe Latteベース隊長
48
第226話 戻った石造建物
【異世界・王都イルダ/分析室・朝】
ノノは、三つの地図を同時に開いていた。
一つは、現実世界のオルタリンクタワー。
一つは、異世界側のオルタ・スパイア。
そしてもう一つは、現実側から切り離され、異世界側へ戻った石造建物と、その地下施設。
画面の上で、三つの場所はまったく違う形をしている。
ガラスの高層ビル。
細く高い石の塔。
古い石造建物と地下の白い施設。
けれど、下層の反応だけを見ると、似ていた。
入口だった場所が、入口として読めない。
通路が、通路として繋がらない。
扉の形はあるのに、通る意味がない。
ノノは歯を食いしばった。
「やっぱり、同じことが起きてる」
部屋の端には、セラが立っていた。
いつも通り、静かな顔。
けれど、さっきから彼女の指先が小さく震えている。
ノノはそれに気づいていた。
原因は分かっている。
オルガ・セフィロ。
ヴァルド・レイグ。
その二つの名前を聞いた時から、セラの様子が変わった。
「セラ」
ノノが声をかける。
セラは、少し遅れて顔を上げた。
「はい」
「さっきの二人のこと、知ってるんだよね」
セラはすぐには答えなかった。
白い衣装の袖を、指先で強く握る。
いつものセラらしくない動きだった。
「……オルガ・セフィロ」
「そして、ヴァルド・レイグ」
セラは、その名前を確かめるように口にした。
その声は、かすかに震えていた。
「やはり、この二人……」
「やはり?」
ノノが聞き返す。
だが、セラは首を横に振った。
「今は、まだ言えません」
「ただ、この二人の名前が出たなら、入口が消えるのも当然かもしれません」
ノノは眉を寄せる。
「当然って、どういう意味?」
セラは画面の中のオルタ・スパイアを見た。
「見る者が、道を見つける」
「閉じる者が、その道を消す」
「この二つが揃えば、ただ扉を塞ぐだけでは終わりません」
ノノは息を止めた。
分析官。
結界術士。
オルガが道を見つけ、ヴァルドが道を消す。
その二人が組んでいたなら。
「……最悪」
ノノは小さく呟いた。
◆ ◆ ◆
【異世界・旧石造建物跡/地上部・朝】
石造建物は、異世界側へ戻っていた。
現実世界の旧学園跡地から切り離され、
学園帰還の線から外された後、建物は王都の管理下に置かれている。
周囲には王都軍の兵士たちが立ち、術師たちが何重にも結界を張っていた。
建物の外観は古い。
崩れかけた石壁。
黒ずんだ窓枠。
地下へ続いていたはずの階段。
だが、その場所に立つ者たちは、誰も油断していなかった。
ここには、白い研究施設があった。
白いコアがあった。
成人遺体二体が保存されていたカプセルがあった。
それらはすでに現実側へ回収され、管理下に置かれている。
しかし、建物そのものはまだ残っている。
そして、残った場所には、必ず痕跡がある。
ダミエは、王都軍の探索班とともに建物の入口に立っていた。
大きすぎる制服の裾が、朝の風でわずかに揺れる。
フードの奥の目は、じっと石の扉を見ていた。
隣には、ノノの部下である女性分析官がいる。
名前は、ミレイ。
若いが、境界地図の読み取りではノノに次いで早い。
ミレイは水晶板を抱え、震える指で建物の反応を確認していた。
「地上部、反応は低いです」
「でも、地下側に欠けがあります」
ダミエが短く聞く。
「欠け?」
「はい」
ミレイは水晶板を拡大する。
「地下へ降りる階段が、地図上にありません」
「でも、建物の構造としては、そこにあるはずです」
王都軍の隊長が眉をひそめた。
「実際に見に行く」
兵士たちが慎重に建物内へ入る。
石の床。
古い柱。
ひび割れた壁。
以前、地下へ続く階段があった場所へ進む。
だが、そこに階段はなかった。
あるのは、ただの石壁だった。
ミレイが息を呑む。
「……消えてる」
王都軍の隊長が壁を叩く。
硬い音。
ただの石の音。
隠し扉でもない。
幻でもない。
最初から階段などなかったような壁。
ダミエは壁の前にしゃがみ込んだ。
石の表面へ、指先を近づける。
触れない。
触れれば、こちらの認識を利用されるかもしれない。
「ここ、通れた」
ダミエは短く言った。
ミレイが頷く。
「記録上もそうです」
「現実側の回収班は、ここから地下へ降りています」
「木崎透、日下部奏一、相馬班」
「白いコアと成人遺体カプセル二基を、地下から運び出した記録があります」
王都軍の隊長が言う。
「なら、誰かが塞いだのか」
ミレイは首を振った。
「塞いだ、ではありません」
「これ……入口だった意味が消されています」
その言葉に、ダミエの目が細くなる。
「オルタリンクと同じ」
「はい」
ミレイの声が硬くなる。
「現実側の南東搬入口と同じ反応です」
「オルタ・スパイアの入口とも、似ています」
ダミエは立ち上がった。
「じゃあ、つながってる」
「おそらく」
その時、石壁の表面に、細い白い線が一瞬だけ走った。
文字のようで、文字ではない。
術式のようで、術式でもない。
ミレイが水晶板を向ける。
「今の、記録します!」
だが、線はすぐに消えた。
残ったのは、ただの石壁。
ダミエは低く呟いた。
「……隠したいんじゃない」
「忘れさせたいんだ」
◆ ◆ ◆
【現実世界・オルタリンクタワー/南東サービス導線跡・朝】
城ヶ峰たちは、コンクリートの壁の前にいた。
前回ここにあったはずの搬入口は、完全に消えている。
木崎は何度も写真を撮っていた。
通常撮影。
赤外線。
レンズ角度を変えた観測撮影。
だが、写るのはただの壁だけだった。
「気味が悪いな」
木崎が言う。
「前にここを通った俺がいる」
「映像もある」
「記録もある」
「なのに、今の建物だけが“そんな場所はない”って顔をしてやがる」
日下部は端末を操作する。
「壁の厚みは、構造図と一致しません」
「でも、現在のスキャンでは完全な壁として出ています」
「つまり?」
「建物そのものが、今の状態に合わせて再計算されている」
日下部は答えた。
「物理的な改装ではありません」
「記録と構造の方が書き換えられています」
佐伯の通信音声が入る。
『石造建物側も同じです』
『地下階段が消えました』
村瀬も続ける。
『オルタ・スパイア側も、入口の形だけ残って通れない』
『三か所とも同時に“通る意味”が消されています』
城ヶ峰は黙って聞いていた。
そして、短く言う。
「ヴァルド・レイグか」
日下部が頷く。
「結界術士としての能力なら、説明はつきます」
「ただ、ここまで広範囲の意味消去をやるには、現実側のログも読めないといけない」
木崎が言う。
「そこでオルガ・セフィロってわけか」
日下部は端末の画面を見る。
「分析官」
「道の記録を読み、入口の履歴を探し、どこを消せば通れなくなるかを判断する」
城ヶ峰が続ける。
「消すのはヴァルド」
「読むのはオルガ」
木崎は壁を睨んだ。
「で、作ったのは白峰律か」
誰もすぐには答えなかった。
だが、否定する者もいない。
三人の幹部。
現実側の技術。
異世界側の分析。
異世界側の結界。
三つが揃えば、クロスワールドゲートはただのアプリではなくなる。
世界の入口そのものを書き換える装置になる。
◆ ◆ ◆
【異世界・オルタ・スパイア入口前・朝】
アデルは、石の扉の前に立っていた。
扉はある。
古い魔術紋もある。
塔へ入るための入口として、形は残っている。
だが、その奥に通路はない。
ヴェルニが剣の柄で扉を軽く叩いた。
「硬いな」
「叩いて開く類のものではない」
アデルが言う。
ヴェルニは肩をすくめる。
「だろうな。言ってみただけだ」
王国術師が扉に手をかざす。
「入口反応、なし」
「ただし、扉表面に残留術式があります」
「読めるか」
アデルが聞く。
術師は首を振った。
「王国式ではありません」
「ですが、結界の構造は古い王都式に近いです」
「かなり高度です」
ヴェルニが低く言う。
「ヴァルド・レイグか」
アデルは扉を見つめた。
「可能性は高い」
その時、ノノの声が通信で入る。
『アデル、今、石造建物側も同じ反応が出た』
『地下階段が消えてる』
『現実側のオルタリンクも、こっちのスパイアも、石造建物も』
『全部同じ種類の消失』
アデルは表情を変えない。
だが、左手首の副鍵に、指先が自然と触れていた。
腕輪は、静かに冷えている。
けれど、完全に沈黙しているわけではない。
「三か所を同時に消したのか」
『ううん』
ノノが答える。
『たぶん、三か所を同時に“入口ではないもの”に変えた』
ヴェルニが顔をしかめる。
「ややこしいな」
「つまり、門を閉じるより悪い」
アデルは言った。
「門だったことを否定している」
通信の向こうで、セラの声が聞こえた。
『はい』
『それが、ヴァルド・レイグのやり方です』
その声は静かだった。
けれど、わずかに震えていた。
アデルはその震えを聞き逃さなかった。
「セラ」
『……はい』
「お前は、何か知っているな」
短い沈黙。
それから、セラは答えた。
『今は、まだ』
『ですが、二人の名前が出たなら、急いだ方がいいです』
ノノが続ける。
『reが動いてる』
『サキのスマホで、三つの消えた入口の間に細い線が出てる』
『でも、これは道じゃない』
『たぶん、消された順番の跡』
アデルは剣を抜かなかった。
代わりに、左手首の副鍵へ指を添える。
「順番か」
『うん』
『入口そのものは消されてる』
『でも、消した痕跡まで完全には消えてない』
『オルタリンク、オルタ・スパイア、石造建物』
『三つを同時に閉じたんじゃなくて、一定の順番で“入口ではないもの”に変えてる』
ヴェルニが顔をしかめる。
「つまり、開ける場所を探すんじゃなくて、消した手順を読むってことか」
『そう』
ノノの声が早くなる。
『今ここで無理に扉を壊すと、残ってる痕跡まで潰れるかもしれない』
『だから、アデル、そこは攻撃しないで』
『扉の表面、床、周囲の結界線を記録して』
『ヴァルドの術式なら、必ず閉じ目がある』
アデルは短く頷いた。
「分かった」
「開けるのではなく、閉じ方を読む」
ヴェルニは拳を下ろし、苦い顔で息を吐いた。
「殴らない調査か。俺向きじゃねえな」
「なら、見張れ」
アデルは扉から目を離さずに言った。
「何か出た時だけ動け」
「はいはい。そういうのは得意だよ」
アデルは、扉の表面に浮かんだ細い文字を見つめた。
そこには、通路はない。
だが、通路を消した跡は残っている。
入口を探す段階は終わった。
次は、誰が、どの順番で、どこから入口を消したのか。
その手順を暴く段階だった。
◆ ◆ ◆
【現実世界・帰還した学園/仮設通信室・朝】
サキのスマホ画面に、三つの点が浮かんでいた。
オルタリンクタワー。
オルタ・スパイア。
石造建物。
その三つを結ぶように、細い白い線が走っている。
reは、その線の上で小さく揺れていた。
ハレルは画面を見つめる。
「reが、消えた入口を覚えてるのか」
サキは首を横に振る。
「分からない」
「でも、ここにまだ何かあるって言ってる気がする」
リオが身を乗り出す。
「その線を使えば、ユナのところへ行けるのか」
ノノの声がすぐに返る。
『まだ無理』
『これは転移路じゃない』
『消された入口の残り跡』
『でも、Cの門やクロスワールドゲートの再起動とは関係してる可能性がある』
「C……」
ハレルは呟く。
その瞬間だった。
リオのスマホが、短く震えた。
続いて、ハレルのスマホ。
最後に、サキのスマホ。
三人が同時に画面を見る。
クロスワールドゲートのアイコンが、一瞬だけ黒く光った。
まだ開いていない。
まだ、起動していない。
けれど、昨日まで表示されていた「接続できません」の下に、新しい文字が浮かんでいた。
『更新を確認中。』
サキの顔が青くなる。
「勝手に……?」
ハレルは、スマホを握りしめた。
リオは、画面から目を離せない。
その文字は数秒後に消えた。
だが、三人とも見てしまった。
閉じたはずの門が、裏側で動き始めている。
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深層】
Cは、三つの入口の残り跡を見ていた。
消された入口。
忘れさせられた階段。
通れなくされた扉。
そのすべての上を、reの細い光がなぞっている。
Cは静かに言った。
「まだ、覚えていますね」
ジャバの声がする。
「潰せばいいだろ」
「いいえ」
Cは答える。
「記憶は、潰すより使う方がよい」
画面の一つに、ハレルたちのスマホが映る。
クロスワールドゲート。
更新を確認中。
Cは、閉じた門へ針を刺した。
「では、次は開きたい者へ」
コメント
1件
読み終えたわ……第226話、めちゃくちゃ重くて静かで、でも確実に動いてる感じがゾクゾクした! 三つの入口が同時に「入口だったことを否定される」って発想、怖すぎる。ヴァルド・レイグとオルガ・セフィロ、この二人の組み合わせがもう最悪なのが伝わってくるし、セラが初めて見せる動揺が切なかったわ……。 reが消えた順番の痕跡をなぞってる描写がすごく美しかった。サキたちのスマホに「更新を確認中」って出たラスト、背筋冷えた🔥 続きが気になりすぎる!