俺が一歩前に踏み出した瞬間、オオカミたちに囲まれてしまった。
はぁ……俺はこのままオオカミたちのエサにされてしまうのかな……。
俺が少し弱気になった時、声が聞こえた。
「おい、そいつから離れろ」
その声に反応して、オオカミたちは俺から離れた。
マナミ(茶髪ショートの獣人)の固有魔法がうまく発動したおかげで俺は目的の場所まで転移することができたが……少し場所が悪かったようだ。
なぜなら、先ほどまで水晶に映し出されていた『ゾンビ』が三メートルあるかないかのところから俺を見ているからである。
俺はゴクリ、と生唾を飲んでしまうほど緊張していた。
というか、さっきからずっと俺の方を見てるけど、いったい何が目的なんだ?
いや、それよりも俺から話しかけたほうがいいんじゃないか?
俺は、その子を刺激しないように、恐る恐る話しかけてみることにした。
「あのー、少し伺ってもよろしいでしょうか?」
俺はその子に話しかけてしまった。
これで向こうが腹を立ててしまったら俺は確実に終わる。
まあ、何もやらずに終わるよりかはマシだが……。
さあ煮るなり焼くなり好きにしろ! 俺が覚悟を決めた時、また声が聞こえた。
「ああ、いいぞ。なんでも訊け」
その子は足を組み、頬杖をついた状態でそう言った。(彼女は『キングチェア』に座っています)
よかった! とりあえず会話はできるみたいだな。俺は、ほっと胸を撫で下ろした。
だが、ここで気を抜いてはいけない。
さて……まず何から訊こうかな?
数秒後、おっ! これでいいんじゃないか! というものが思い浮かんだため、再び話しかけてみることにした。
「で、では、さっそく……。そ、その……このまちを破壊したのは……いったい誰なのですか?」
そいつはその体勢のまま、こう言った。
「そんなのあたし以外にいるわけないだろ?」
「……そう、ですか。では、次の質問です。あなたはいったい何者なのですか?」
その子の眉が少し上に動いた。
その後、そいつは不気味な笑みを浮かべながら、こう言った。
「それを教えてやってもいいけどよ……。あたしの正体を知って腰を抜かすなよ?」
「ど、努力します……」
俺は一瞬、怯んだが彼女の話を聞くことにした。
「……あたしは見ての通り『ゾンビ』さ。まあ、正確にはゾンビ型モンスターチルドレンナンバー 一……だけどな。そんでもって、こいつらは絶滅した『ニホンオオカミ』の怨念から誕生した『ダークウルフ』だ。人間をたいそう恨んでいるらしいから、せいぜい食われねえようにしろよ?」
「は、はい、気をつけます……」
でも『ニホンオオカミ』って、今も生きている可能性があるんじゃ……まあ、個体数が激減したのは本当だし、今も生きているという証拠はないから、絶滅しててもおかしくないよな……。
「あー、そうそう、一つ言い忘れていたことがあるから聞いてくれ」
「な、なんですか?」
「あたしは別名『憤怒の姫君』と呼ばれているから、妙なことはするなよ?」
…………えーっと、俺の耳にはこの子がミノリと同じく大罪の力を持っていると聞こえたのだが、気のせいだろうか?
俺は夢だと思い、両頬を思い切り、つねってみた。
……うん、痛い。俺の神経は正常に機能しているようだ。
夢であってほしかったと心底思ったがそうはいかない。
目の前にいるこの『ゾンビ』がミノリと同じ大罪の力を持っているという事実は覆らないからだ。
汗が左頬を伝い、重力の影響で下へ、下へと向かう。____そして、一滴の雫が地面にゆっくりと落ち、土に吸収されてしまった。
それと同時に今まで座っていたはずの『ゾンビ』が一瞬で目の前に移動した。
その時、俺はとっさに『ゾンビ』という存在について脳内で自分なりに情報をまとめていた。
『ゾンビ』。それは主に死んだはずの人間が再び活動を開始し、出会った者に襲いかかるという『歩く死体』。
『バ○オハザード』や『甲○城のカ○ネリ』、『が○こうぐらし!』などに出てくる『ゾンビ』は人を襲うと同時に襲った人間も『ゾンビ』にしてしまう厄介な存在である。
大抵は生物実験などの失敗で『ゾンビウイルス』が地上に漏れ、感染したものが次々に人を襲っていき、最悪の場合……地球が『ゾンビ』たちの星となる。
『ゾンビ』たちは一度死んでいるため、脳のリミッターが外れている。
痛覚があるのかは不明だが、声帯は生きているため、呻き声ぐらいなら出せる。
必ずと言っていいほど音に反応する。心臓よりも頭が弱点の場合が多い。(心臓が弱点の場合もある)
これらの情報から分かったことは一つ、それは……俺がこいつに噛まれたら、そこで全てが終わりだということだ。
そうしている間にも、彼女は俺の目を凝視していた。
人間がそんなに珍しいのかな? まあ、こんな結界を見破って侵入してくるやつだ。
人よりも血を見ることの方が多いのだろう。さて、そろそろ逃げるか。
このままでは埒が明かないと判断した俺が、一歩後ろに下がろうとした……その時。
「動くな! 今すぐ殺されたいのか!!」
「す、すみませんでした!!」
あっさり見破られてしまった。
俺があの時、逃げていたら、この子は間違いなく俺を殺していただろう。
いやあ、危なかった。軽率な行動は控えよう。
彼女は俺の体を調べるかのように、ゆっくり一周すると、俺の両頬を両手でペチペチと叩いた。
……こうして見ると、この子は普通の女の子となんら変わりはない。
ピンク色の髪は腰の少し下まで伸びていし、その子が動くたびにフワッとなるのを見ていると、とても『ゾンビ』の髪とは思えない、なにか心を動かされるものを感じる。
目は宝石のルビーのように紅い……というか、そんな目でジロジロ見られている俺の身にもなってほしいものだ。(目がとてもきれいで直視できない)
俺が考え事をしているのをいいことにその子は隙だらけの俺の体を「えい!」と言いながら押し倒した。
「い、いきなり何するんですか!」
その子は俺の心臓の音を聞きながら、こう言った。
「いや、人間にまともに触れる機会なんて今までなかったから、こうして温もりってのが、どんなものなのかを感じてるだけだ」
「そ、そうですか。てっきり俺を『ゾンビ』にするものかと思っていました」
すると、その子はこちらの顔を見ながら、クスクスと笑い始めた。
「あ、あのー、俺……何かおかしなこと言いましたか?」
「いや、大したことじゃねえよ。ただ、お前みたいな田舎者がまだこの世界にいたんだなって思ったら、ついな」
「え? それはいったいどういうことですか?」
「ん? お前、ホントに何も知らないのか? まあ、いい機会だから、あたしがこの世界の『ゾンビ』について教えてやるよ」
「そ、そうですか。え、えーっと、その……よろしくお願いします」
「ああ、いいぞ。あっ、でも今すぐ敬語をやめないとぶっ殺す」
「わ、分かったよ。分かったから、俺を殺そうとしないでくれ」
「あたしにその気があるなら、お前はとっくに死んでるよ。よーし、それじゃあ、始めるぞ」
こうして破壊の限りを尽くされた『はじまりのまち』で、この世界の『ゾンビ』についてのありとあらゆる情報をその子から聞き出すことに成功したのであった。(情報量がハンパなかったので、大事なことだけ伝えることにする)
「そもそも、この世界のゾンビってのは噛まれたやつもゾンビになるわけじゃねえ。簡単に言うと噛まれたやつは『不老不死』になる」
「へえー、そうなんだー」
「なんなら、今ここでお前の身体で試してやろうか?」
「ごめんなさい、勘弁してください」
「いちいち謝るなよ……。そんじゃあ、話を続けるぞ。『不老不死』になれるのに、なぜ人間たちは逃げるのか……。それは噛まれた瞬間から、そいつはあたしたち『ゾンビ型』が生きている限り、あたしらの弟子になるからだ」
「……はぁ?」
俺は思わずそんな声を出してしまったが、それはしょうがない。
ゾンビ型に噛まれたら『弟子』になる代わりに『不老不死』になれる……だと?
おかしいな……全人類の願いが『弟子』になるだけで叶うというのに、どうしてこの世界の人たちはそれをしようとしないんだ?
この時の俺は、そう思っていた。
「けど、それは同時にそいつじゃなくなることになる」
「え? それってどういう……」
その時、その子は何かを警戒するかのような顔つきになった。
「お前は、そこの物陰にしばらく隠れてろ。話はそれからだ」
「ん? あ、ああ、分かった」
俺はその子に言われるがまま、物陰に隠れた。いったい何がどうなってるんだ? 俺はそんなことを考えながら、物陰からこっそりその子の様子を観察し始めた。
その子は腕を組みながら、仁王立ちをすると。
「出て来いよ! ハンターども!!」
大声で、まち全体に聞こえるように叫んだ。
すると、先ほどまで人の気配がなかった場所から次々と『シャドーマン』が現れた。
ざっと見たところ『二十人』はいる。どうしていきなり……いや、狙っていたのか? その子が油断する、その一瞬を……。
だが、俺という想定外の存在のせいで、その作戦が失敗した……ということか?
それにしても数が多い。こいつら一人を相手に何人がかりで戦うつもりなんだ?
でもまあ、今回は相手が悪かったな。だって、その子はミノリと同じく大罪の力をその身に宿した『憤怒の姫君』なのだから……。