コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ドーン伯爵家で一泊後、一日かけて―――
私・メル・アルテリーゼ・ラッチの4名は、
ようやく町へと帰った。
「20日ぶりくらいだっけ。
すっかり寒くなったなあ」
まず町の北門の前で馬車を降り―――
手持ちの荷物を運ぶ。
外灯の魔導具や調味料・調理器具……
そしてパックさんへの研究道具は先行して送って
おいたので、あるのは個人用の着替え、あとは
孤児院へのお土産くらいだ。
「どーする、シン?」
「まずは冒険者ギルドかの?」
妻2人が指示を求める。
まあ確かに、3人いっぺんに行動する
必要は無いし……
「んー、メルはお土産持って孤児院へ行って
くれないか?
アルテリーゼは……
ラッチも疲れているだろうし、先に家に戻って
休ませてやってくれ。
あと荷物の整理を頼む。
多分、王都からいろいろ届いているだろうから。
私は冒険者ギルドへ顔を出してくるよ」
「りょー」
「わかった。また後でな」
そこで彼女たちと別れ、そのまま私は言葉通り
冒険者ギルドへと向かった。
「おう、戻ったか。シン」
支部長室に入ると、部屋の主であるジャンさんが
出迎え―――
「お帰りなさいッス!」
「お帰りなさい、シンさん。
依頼はどうなりました?
そういえば、メルさんとアルテリーゼさんは……」
次いでレイド君、ミリアさんと話しかけてきて、
「メルはお土産を渡しに孤児院へ、アルテリーゼは
ラッチが疲れていたようなので……
先に家へ戻らせました。
あと王都でいろいろ買ったので、その整理も。
依頼の方は―――」
そこで私は彼らとテーブルを囲み、王都での
出来事を説明した。
「王家はまあいいとして……
侯爵家とドーン伯爵家については、災難だったな」
やはり依頼以外での出来事に、ギルド長は微妙な
表情になり、
「それでも解決しちまったんですから、
すごいッスよね」
「それでいて、ちゃんと後始末というか、
手は打ってきてますし」
貴族相手にトラブルを起こすとどうなるか、
ロック男爵で経験しているしなあ。
「ま、大人の対応が出来ているってこった。
レイドもこのぐらいわかってなけりゃ困るぞ。
ここのギルド長を継ぐんだからな」
「へーい」
気の抜けた返事をするレイド君の頭を、ミリアさんが
バシッと叩く。
「返事は『ハイ』でしょ!
言っているそばからもう……!」
こういうやり取りを聞くと、町に帰ってきたのだと
実感し、安堵する。
「そういや、孤児院に土産を持っていったとか
言ってたな。
何を買ってきてくれたんだ?」
「オモチャとか、お人形とかですね。
あ、そうだ。お土産といえば―――
こちらに外灯の魔導具って送られてきて
ませんか?」
そこで若い男女が話に入ってきて、
「あ! あれッスね!
スゲー高そうな」
「実際に高価だと思われますけど……
150個、確かに受け取ってあります」
ギルドの人たちへのお土産も兼ねていたので―――
送り先は支部にしていたのだ。
「アレ、王家からの頂き物なんですよ。
今回の報酬で何がいいかと聞かれたので。
取り敢えず1個ずつ、ジャンさん、レイド君、
ミリアさんにお土産という事で」
それを聞いた3人は目を丸くして、
「そりゃまあ、ありがたくもらうけどよ」
「確か魔導具ってスゲー値段だったような……」
「どんなに安い物でもひと財産くらいって……
ま、まあいっぱいあるし?
ありがとうございますですっ!」
そして残り147個の使い道について切り出す。
「あとは、孤児院に10個ほど……
この町の各門に1個ずつ、ギルド支部や公衆浴場、
公衆トイレにも……」
こうしてギルド長と他2名と相談しながら―――
外灯の分担数を決めていった。
「ギルド支部と公衆浴場とトイレには各5個ほどか」
「町の主な道や広場にも設置するとして……
東西南北の地区に、各10個ずつが妥当じゃ
ないッスか?」
「後は―――
今開拓中の東西の川向こうの地区に10個ずつ……
それでもまだ50個以上余ってますね……」
今のところ、
・3人に1個ずつで3個
・孤児院に10個
・各門1×4=4個
・ギルド&公衆浴場&トイレで5×3=15個
・町の東西南北各所に10×4=40個
・東西開拓地区10×2=20個
で合計92個……残り58個か。
「飲食店や宿屋には渡さないんスか?」
レイド君の質問に私は首を左右に振り、
「火魔法での明かりを商売にしている人も
いるでしょうし、なるべく公共で使う場に
限定しておきたいんです」
「なるほど……
となると後は、ギルドの詰め所やシンさんの
作った施設とか、ですかね」
ミリアさんの提案で、詰め所・鳥の飼育部屋・水路に
5個ずつとしても、残り43個……
「一応、私の新居に5個、あとパックさんへも
5個ほど渡しておきましょう。
残り33個の使い道は後々考えておきます」
東の村やカルベルクさんへ贈るのも手だけど……
それはおいおい、という事で。
「ところで、あの……
私がいない間にずいぶんと寒くなりましたが、
今、町での料理とかどうなってます?」
私がいなくても、漁や猟はカート君・バン君・
リーリエさんの3人が出来るようにしておいたが、
時期が時期だ。
私の問いに、ギルド長はソファに腰をかけ直して、
「さすがに魚はもう獲れなくなった。
貝と卵は供給に問題なく食えている」
貝はすでに養殖に成功していたし―――
野鳥と、あの2つ首の『プルラン』だっけ。
どうやら寒くなっても鳥たちの産卵ペースは落ちて
いないようだ。
「あれ? 鳥というかお肉は?」
今度はレイド君とミリアさんが片手を上げて、
「シャンタルさんが時々、思いついたように
獲ってきてくれるッス」
「まあ、獲ってくるのはボーアとか魔獣とか
ですけど」
そういえばもう一人ドラゴン―――
シャンタルさんがいたんだっけ。
「時々なんで、毎度食えていた鳥ほどの量じゃ
ねえけどよ。
それでも冬の間に肉が食えるのは貴重なんだ。
貝や卵が食えるだけでも、例年に比べりゃ
天と地ほどの差だぜ」
フォローするようにギルド長が話してくれ、
若い男女もウンウンとうなずく。
しかし、魚の方はもっと早く手を打てていればな……
とは思わずにいられない。
やはり冬の存在を忘れていたのは痛かった。
氷室もあったのに、作るという事に考えが
及ばず―――
「……ン?
そういえば、氷魔法を使える人が、すでに
この町に来ていると聞いたんですが」
私の言葉に、『忘れてた!』と言わんばかりに
3人が反応する。
「そうだった!
例のロック男爵(隠居済)が探してくれた
氷魔法の使い手―――
多分、まだ下の階にいると思うが」
「あれ?
ギルド支部にいるって事は……」
私の疑問に答えるように、レイド君とミリアさんが
会話を引き継ぎ、
「冒険者ッスよ。ブロンズクラスの―――」
「すぐに呼んできます、お待ちください」
言葉と一緒に彼女は退室し、パタパタと走る音が
遠ざかる。
「でも、いいんでしょうか?
料理とか保存のために……
つまりは常時雇い出来ると思って呼んだのですが。
ブロンズクラスとはいえ、冒険者を一つの拠点に
とどめてしまう事になるんですけど」
するとジャンさんは顔の前で片手を左右に振って、
「あー、気にすんな。
そもそも、攻撃に使えない程度の『氷魔法』の
使い手ってのは―――
あちこちに行って仕事もらわないと、
やっていけないくらいなんだよ」
「そうッスよ。
シンさんがどう使うかは知らないッスけど―――
冒険者登録しているのも、各地への移動手続きが
楽になるからッス。
ずっと雇うつもりなら問題無いッスよ、きっと」
そういえば、ドーン伯爵様やロック男爵も同じような
事を言ってたっけ。
とにかく、会って事情を話さなければ―――
そこへ、ノックの音が室内に響いた。
「シンさん、連れて来ましたよ」
「……し、失礼しますっ」
ミリアさんの後ろに隠れるようにして来たのは、
冒険者というには大人しそうな―――
ミドルロングの茶髪をした、20代半ばの女性。
童顔のように丸みを帯びた顔だが、化粧の薄い
その顔は、苦労人を思わせる。
「氷魔法が使えるという事で……
先代のロック男爵の紹介で参りましたっ。
あの、ただ本当に使えるだけです。
攻撃とかそういうのは一切―――」
説明というか言い訳から入る彼女に、いったん
落ち着いてもらうために話に割って入る。
「ここの冒険者ギルド所属、シンです。
ロック男爵に頼んだのは私ですので、
そう緊張なさらずに。
来て頂き、ありがとうございます」
立ち上がって一礼すると、彼女もぺこぺこと
頭を下げる。
「ブ、ブロンズクラスのファリスです!
よろしくお願いしますっ!
あの、本当にアタシ、物を凍らせる程度の事しか
出来ませんよ?
それに今は冬なので、その~……
あまりお役に立てる事は」
「まあそう固くならないで座れ。
呼んだのは寒くなってきてからだし、そんな事は
承知の上だ」
ギルド長に促され、ファリスはレイド君・
ミリアさんの対面―――
私から見ると左横の席に座った。
「さっそくですけど、能力を把握しておこうかと
思いまして。
水や物を凍らせる分には問題無いんですね?
氷室も出来ますか?」
「あ、ハイ。
凍らせて欲しい物を持ってきてもらえれば……
氷室も、予め地下を掘って頂ければそこに」
ふむふむ、と私はうなずき―――
他の3人も『まあそれくらいだよね』というような
表情になる。
「どれだけ物を凍らせる事が出来るのか、
それを知っておきたいのですが―――
例えば、ひとビンに入っている水が限界とか、
量的な制約はありますか?」
「アタシの近く、もしくは直接手に持てる物で
あれば、たいていは凍らせられます」
「時間はどれくらいかかります?」
「片手で持てる程度の物であれば数秒、
両手いっぱいに抱えるような物であれば、
10秒くらいです」
それを聞くと、私はジャンさんの方へ振り返り、
「というわけで、ファリスさんを料理や氷室、
その他の用途で定期的に『依頼』したいの
ですが……
私の方からは、月契約で金貨8枚ほどで
雇いたいと思っています」
それを聞いたファリスさんは『へ?』と
声にならない声を出すが、
「氷室は町のためにもなるしな。
それに、料理に使うって事なら……
わかった。
俺の方から町長代理に、金貨を月に
8枚払わせるよう言っておく」
ファリスさんはそれを聞いて、私とギルド長の
顔を交互に見る。
さらにそれをレイド君とミリアさんが微笑みながら
眺め―――
「えーと、では……
私からの依頼は恐らくその都度、という事に
なりますが、有る無しに関わらず月に金貨8枚
支払います」
「こっちは町からだが、お前さんを町の常時雇いと
してもらう。
支給は月に金貨8枚だ」
唖然と空を見つめるファリスさんに、ミリアさんが
手慣れた手付きで書類を差し出し、
「ギルド支部での契約書はこちらになります。
特に異論が無ければサインを……
町の方は、後で正式に書面が送られてくると
思います」
これだけ契約書の用意がスムーズなのは
理由があった。
かれこれ、この町で私が仕事を手伝って
もらったのは、メル、リーベンさんに
始まり―――
ブーメラン部隊にギル君&ルーチェさん、
カート君・バン君・リーリエさんの3人組、
ダンダーさん、ブロックさん、さらに鳥の飼育部屋で
雇う人たちと増えに増え続け……
いちいち日払いでお金を払うのは面倒なので、
月契約で定額を支払う、という事で落ち着いていた。
一人当たり月に金貨4~16枚で、合計180枚弱の
支出になるが、ドーン伯爵様を通じた商売で収入は
月に金貨500枚以上。
つまり純利益は月に金貨300枚以上になる。
お金は一括でギルドに管理してもらい、冒険者に
関する収支は全て代理でやってもらっていた。
(もちろん手数料は払っている)
「えええええ……」
と、うなりながらも、震える手で彼女はサインをして
契約を済ませる。
そしてお互いに控えを取り、一通はギルドが
保管するため、ミリアさんが受け取った。
「しかし、呼び出しておいてすいません。
王都へ行っていたものですから。
ここでの生活は大丈夫でしたか?」
「アタシは3日ほど前に来たばかりですので……
ていうか、支部に普通に泊まれるし、食事は
美味しいしお風呂もあるしで」
横でレイド君とミリアさんが『あー……』という
感じで彼女を見つめる。
「貴女には―――
その食生活をさらに豊かにするために
協力してもらいますよ。
では、ちょっと付き合って頂けますか?」
「え? あ、ハイ」
そこでギルド長・レイド君・ミリアさんに
あいさつすると―――
私はファリスさんを連れて宿屋『クラン』へと
向かった。
「ん? シン、帰ってきてたのかい。
おや? そのお客さんは……」
久しぶりにクレアージュさんと顔を合わせる。
しかし、どうもファリスさんとは初対面では
ないようで―――
「ファリスさん、ここに来た事が?」
「は、ハイ!
ギルドで、一番美味しい店はここだと
教えられまして……」
それを聞いて、女将さんの顔は満面の笑顔になり、
「嬉しい事を言ってくれるねえ。
でも、ここの料理はほとんどシンが考えた物だよ。
そのシンが連れてきたって事は―――」
「カンがいいですね。
ファリスさんは氷魔法を使えるんです。
それで、新しい料理……
というかデザートのようなものですが、ちょっと
作りたいと思いまして」
そしてそのまま厨房へと連れ込まれるように
案内され、私は素材と器具を準備する。
「えっと、シンさん?
アタシは何をすれば……」
「ちょっと待ってください。
もう少しで……」
適当な果実をすりつぶし、それを水と混ぜ―――
器具の中で一番小さなお椀型の容器に入れる。
そこに木の棒を手で支えて立てながら、
「これ、このまま凍らせる事は出来ますか?」
「ハイ。大丈夫です」
彼女が器に触れると―――
霧があふれるように冷気が容器にまとわり、
あっという間に中身が凍った。
そして中身を棒ごと取り出すと、
ファリスさんに渡す。
「え? コレ……食べても?」
「まあガリガリと食べられるものでは
ないでしょうが、冷たさを味わう物なので」
一口サイズなので、まるごと食べても大丈夫だが、
彼女はそれをまじまじと見つめる。
そして意を決したように口に放り込む。
すると……
「……冷たい!
それに甘酸っぱいです!」
感想を聞くと、すぐに次の分を容器に入れ、
今度はクレアージュさん用に作ってもらう。
「甘いねえ、コレ。
子供たちにあげたら喜ぶんじゃないか?」
その後、自分も作ってもらって食べてみたが、
さすがに固い。
一口だから気合いを入れれば噛み砕けない事も
無いが、子供がのどに詰まらせたらと心配になる。
何より、1個1個彼女に作ってもらうのは非効率だ。
「ん~……
ファリスさん、氷だけ作ってもらう事って
出来ます?」
「それは簡単ですけど……
水さえあれば」
今度は女将さんの方へ振り向き、
「ここに今、手伝いに来ているブロンズクラスの
人っています?」
「ハンバーグ用に来ているのがいるよ。
ちょうどシャンタルさんがボーアを何匹か
持ってきてくれたんでね」
そこで彼らを呼び出し―――
ファリスさんに氷を作ってもらい、身体強化を
使えるブロンズクラスたちに、片っ端から
氷を砕いてもらう。
その作業の間に果実をすりつぶして果汁にし、
ある程度水と混ぜて薄め、さらに複数の果物を
小さく角切りにしたものを投入、これを原料とする。
魚を入れるような大きな木の桶に、砕いた氷を
入れて―――
そこに先ほど作った原料を入れた容器を、氷の隙間に
埋めていく。
「あとは……塩かな」
「塩?」
子供の頃の科学の実験で―――
アイスキャンデーを作る授業をした記憶がある。
塩を氷にかけると早く溶け……
水になる時に周囲の熱を奪い、さらに塩は水に
溶けると食塩水になり―――
凍らないまま温度をさらに下げていく。
今度は木の棒を入れず、ジワリと
凍っていくのを待つ。
シャーベット状になれば成功だが……
頃合いを見て器を取り、スプーンですくう。
シャリ、という音と共に先端が刺さり、それを
口に入れると―――
「……! あっま~い!」
「氷がこれほど美味しくなるとは……
さすが我が夫!」
「ピュ~イッ!!」
いつの間にか、妻2人と子供が参戦していた。
「……あれ? 2人ともどうしてここへ」
おずおずとたずねると、同時にこちらへ向いて、
「だぁってえ、いつまで経っても
帰って来ないんだもん」
「ギルド支部へ迎えに行ったところ―――
ここだと教えられてのう」
そういえば、『クラン』に来て結構経ったかも……
何かやり始めると他の事や時間を忘れてしまうのは、
悪いクセだ。
「そうして来てみれば旦那様は……
新妻2人を差し置いて―――」
「他の若い女性といちゃついておったとは……」
「ひ、人聞きの悪い事を言わないでください!
彼女はロック男爵が呼んでくれた、氷魔法の
使い手です!」
焦る私を前に2人はからかうように笑う。
「ごめんごめん、シン。
その人がファリスさんだよね?
ギルド支部に寄った時、話は聞いたからさ。
そーだ、お土産なんだけど、孤児院の子たち、
すごく喜んでいたよ」
「我はシャンタルにも会ってきた。
パック殿も、シンに会いたがっておったぞ?
研究器具のお礼がしたいと」
なかなか帰って早々忙しいな……
そんな事を考えていると、
「あんたたち、今日のところはお風呂にでも
入ってきたらどう?
新作の……しゃーべっとっていうのかい?
後でコレ届けてあげるからさ」
その提案にメルとアルテリーゼ、ラッチの顔が
パァッと明るくなり、
「そうだね!
長旅の疲れと汚れを落としてきますか」
「風呂上りにコレは楽しみじゃのう♪
期待しておるぞ」
こうして私たち一家は―――
久しぶりに町の公衆浴場へ行く事になった。
「はぁ……王都ではいろいろあったんですね」
「まあ何とかなりましたし……
でもやっぱり町が一番ですよ」
宿屋『クラン』を出たところで、ちょうど
パック・シャンタル夫妻と出くわし―――
そのまま一緒にお風呂に行く事になった。
「そういえば新居の事は聞いていますか?」
不意のパックさんからの質問に、
私は首を左右に振る。
「今、東西を新規に開拓していますが―――
そのどちらかも選択肢に入れてくれ、と
ギルド長から言われてますけど」
「そうなんですか?
何でも、私とシンさんの新居は、西の開拓地区に
作るとの話を耳にしたので―――」
それはギルド支部でも聞いてなかったな。
単に話し忘れたのかも知れないし、別にどちらが
新居になっても構わないけど。
「そういえば、パックさんも新居を?」
「ええ。私も結婚しましたし、さすがに」
パックさんの話によると、彼はこの町の
出身ではなく、近隣を転々とするので、
薬の保管庫兼宿泊所のような施設を用意して
もらっていたのだが―――
結婚を機にこの町に本格的に住み、ここを
本拠地と決めて活動する方針だという。
「それに、シンさんから頂いた研究器具で
実験研究を加速させていこうと思って―――
それには今の保管庫は手狭で手狭で。
シャンタルと一緒に集中出来る研究施設が
あればもっともっと研究がうへへへへへ」
医者というよりはマッドサイエンティストタイプ
だよなあこの人、としみじみ実感する。
研究バカというか何というか……
「でもまあ、新居を持とうと思った理由は
研究だけじゃ無いので。
お風呂とかもちゃんと作ろうと―――
そっちがメインだったりします」
「?? お風呂を?」
こうして、新婚の夫同士で話は進み―――
一方で女湯の方はというと……
「そうですか。
わたくしはパック君と趣味が同じような
ものなので、あまり苦労すると感じた事は
ありませんが。
お二人は結構大変そうで……」
シャンタルがメル・アルテリーゼを前に、近況を
小声で話し合う。
「あれ? パックさんの呼び方変えたんですか?
シャンタルさん」
「王都に行く前までは、パック殿と呼んでいた
気がするのだが」
「ピュ?」
アルテリーゼはラッチが溺れないように片手で
抱きかかえ、その横で小さなタオルでメルが
顔を拭く。
「夫婦になったんだし、呼び捨てでいいと彼は
言ってくれているんですが、まだまだ何というか、
恥ずかしくて」
「妥協案ってところですか」
「まあ、もっと親密になれば慣れるであろう。
特にシャンタルは結婚は初めてだし」
新婚3人組、特に2人は同じドラゴン族なので
気兼ねなく話し合う。
「それはそうと―――
さっきの話の続きします?」
「旦那様がリードしてくれるからか、
いろいろと覚えてのう♪」
シンの嫁2人の話に、パックの嫁は顔を少し赤らめ、
「2人で、ですよね?
朝、そんな起こし方を?
わ、わたくしも試してみようかしら……
パック君、朝なかなか起きてくれない時あるし」
周囲には当然他の客も入浴していて―――
親と思われる者は子供の耳を塞いだり
連れ出したりし、妙齢の者は神経を集中させて
聞き入り……
年配の者は苦笑しつつ、と―――
世代ごとに反応の違いを見せていた。
「おおー、これが……
火照った体にはちょうどいいですね」
「氷魔法の使い手がこの町に来たんですか。
面白い食感です。
果物を凍らせただけなのに」
パック・シャンタル夫妻が例のシャーベットに
舌鼓を打ち、また他のお客さんにも振る舞われる。
『おいしー』『あまーい』と、子供たちの声も
聞こえ……
やはり甘味は小さな子たちにも評判がいいようだ。
こうして、浴場を出た私たちとパック夫妻は
外で別れ―――
それぞれの家路に着いた。
「そういえばパックさんから聞いたんですが、
私たちの新居、今開拓している西側に
なりそうですよ」
「そーなの?」
「あそこか。
別に離れているというわけではないし、
構わんが」
「ピュ?」
帰り道がてら、パックさんから聞いた情報を
家族に伝える。
「それと……
湯上りした時、何か女性客からの視線が
妙というか違和感を覚えたというか……」
「気のせいじゃない?」
「久しぶりに帰ってきたから、そんな気にも
なるのであろう」
「ピュピュ~」
こうして、ようやく町に戻ってきた私たちは、
一家揃って我が家へ帰宅したのだった。
―――翌日。
私とアルテリーゼ、そしてパックさんと
シャンタルさんは町の外へ出ていた。
正確には西門の外―――
そこドラゴンの妻2名には元の姿になってもらい、
メルがラッチを抱いてそれを見守る。
「ではメル殿。
ラッチの事を頼むぞ」
「りょー。そっちも気を付けてね」
私とパックさんは、それぞれ妻の背に乗って
しがみつく。
そしてドラゴン2体は―――
空へと舞い上がった。
「今日の狩りはシンさんがやるという事ですが……
例のトラップ系ではないんですよね?」
「はい。
まあその、私の実力というか、知ってもらいたい
事があるので―――」
今日の目的は2つ。
1つは、動物性たんぱく質の確保が狙いの『狩り』。
そしてもう1つは―――
私の正体・秘密をパック夫妻と共有する事だ。
ギルド長に聞いたところ、私とパックさんの新居を
西の開拓地区にするのは―――
町長代理と話し合った結果だという事
今回の開拓を機に、お金持ちや貴族の別荘用として
そこを専用区域にしたいらしく……
ドラゴンがいるというのは防衛面で最強であり、
また反面、けん制にも使えるから、という事らしい。
その代わり、新居はこちらの言い分をかなり融通
してくれるという事で―――
またそうなると、同じ場所に住む夫婦、しかも
妻がドラゴン同士、関係はかなり深くなる。
それならば早い内に秘密を共有した方がいい、
と、メル・アルテリーゼと相談し、今回の
狩りに至った。
「シャンタルさん。
ボーアとか、いつもどこで獲ってくるんですか?」
「山奥とか、森林の中です」
確かに、自分の経験だとジャイアント・ボーアに
遭遇したのは最初の1回だけ。
遠征している時にも普通のイノシシすら見なかった。
「こんなに寒いのに、冬眠とかどこかに隠れて
いたりとかは無いんですか?」
「魔力の高い、特に魔物だと環境に左右されずに
活発に動いておりますので」
今度はパックさんが答えてくれた。
こうして情報共有しつつ、『狩場』へと飛び続ける。
そして1時間も経過した頃だろうか。
ずいぶんと町から離れたが―――
不意に減速し、体に反動が響き渡る。
「?? 何かいましたか?」
「シン。下に『大物』がいるが―――
アレでいいか?」
高度を下げてくれたので様子を伺うと、眼下には、
4本足で歩くトカゲのような姿があった。
ただその大きさは―――
明らかに地球上ではそのサイズになり得ない。
体長にして10メートルくらいはあるだろうか。
「ロックリザード!?
いや、あの大きさは―――
ハイパーロックリザード……!」
さすがにパックさんには魔物の種類が分かるのか、
名称をこちらに伝えてくれ―――
アレをトカゲの怪物だと認識する。
「パックさん。アレ、食べる事が出来ます?」
「え!? えーと……
体が岩のように固いウロコにおおわれていますが、
腹の部分は柔らかいので解体は可能かと。
肉は大変美味だと言われており―――」
それを聞くと妻に降りてくれるようお願いする。
「手前で降ろしてくれ、アルテリーゼ。
後は一人でやるから」
「ウム!
倒したら、運搬は任せてくれ」
そして地上に降り、彼女が私を残して空へと
飛び立つと―――
脅威が去ったと感じたのか、それとも興味本位か、
お目当ての獲物が姿を現す。
舌をチロチロと出し、シュー、シューと呼吸が
聞こえる。
この辺りは元の世界のトカゲと同じか。
確か地球の最大種はコモドオオトカゲ……
その最大サイズはせいぜい3メートルを
超える程度。
蛇なら非公式で10メートルサイズが
いたそうだが……
ただどちらにしろ、巨大サイズの生き物は―――
その自重が制限となって、素早く動けない。
4本足ならば蛇よりも機動力はあるだろうが、
ジャイアント・ボーアと同じく、体を支える重さに
限りがあり、少なくとも―――
このサイズで自由に動ける事は
・・・・・
あり得ない。
「……フシュッ!?」
次の瞬間、獲物は重力に負けたように腹ばいになる。
ボーアの時のように足は折れなかったが―――
自由は完全に奪われたようだ。
「……!?」
「今、シン殿は何をしたのですか!?」
上空でパック夫妻は戸惑い―――
疑問がそのまま口から出る。
彼らの目には、いきなりハイパーロックリザードが、
まるで王にひざまずくように四肢を投げ出したかと
見えたからだ。
そしてアルテリーゼが説明する。
「アレがシンの能力じゃ。
魔法ではない。
それ以前に、シンは魔法が使えないからのう」
戸惑いと驚きの狭間の中にいる男女は、
すでに終わった戦いを見下ろし、見守る。
「う~ん……
ジャイアント・ボーアと違って、
これだけでは死にませんか」
元々が地上を這うように歩くタイプだからか、
体形が平面状になっている分、内臓や骨格も
哺乳類よりはそれなりに耐えられるらしい。
「アルテリーゼ、トドメをお願い。
コイツはもう動けないから」
私は上空を見上げて手を振ると、妻に獲物の
始末を要請した。