いつもの様に儀式を終え、自室に戻り生存者の声を録音したレコーダーを片手に作業用のPCまで向かう。毎日同じ生存者の声を聞いてているのか、彼らの声で曲を作ろうと思えなくなって来た。とは言ってもそんな贅沢は言えない。彼らにもそれぞれ個性ある良い声を持っているのだから…。次の儀式で会った時、もしかしたら何か変化があるかもしれないと毎日思いながら、僕は今日も曲を作った。
シンセサイザーの中に上手く彼らの声を入れ込み、自身で作詞した歌詞を歌う。この作業に慣れ過ぎたのか作曲作りにそう何時間と掛からなかった。しかし儀式で体力を使ったのもあり少々倦怠感が酷い…。
「はぁ…ちょっと休憩してから最後の作業に移るか…」
流れる様にビーズクッションに倒れ込み、目を閉じて眠ろうと思ったその時…
「ん?」
自室の扉が勝手に開いた。誰かと思い外を確認するが人の気配はない。誰かがイタズラでもしたのだろうか…まぁ何もないならそれが一番安心なんだけどね。僕はホッと溜め息を一つして扉を閉める。そして再びビーズクッションに寝転び微睡んだ瞬間、何か冷たくて鋭く熱いものが僕の腹部に入った気がした。なんだと思いそこを見ると黒い布が謎の重力ではためく衣装を着た男…ゴーストフェイスが馬乗りになって僕のお腹にナイフを突き刺していた。
「あ”っ…がはっ…あぐっ…!」
唐突すぎて理解が追いつかなかった。しかしそんな僕にはお構い無しで、彼はズブズブと僕の中にナイフを押し込む。幸いにもまだナイフは引き抜かれていない。出血はしていないがそれで内臓を掻き回されているのは分かった。痛くて痛くて堪らない。そうか、扉が勝手に開いたのは彼が気配を消して僕の部屋に入って来たからだ。僕、君に何かした?どうして僕は君にこんな事をされなきゃダメなの?
「ごめ、な…さ、ごめんなさい!ごめんなさい!」
頭が混乱して生存者と同じ事を口にしてしまっている。彼がどう言う意図で僕にこん事をしているのか全く理解できない。しかし謝れば許してもらえるなんて幼稚な考えをしてしまっている僕がいて情けなく思った。反抗すればいいと思うが、生憎ナイフもバット全て収納スペースに直してしまった。
「やめっ…お願い…しますっ、う”ぅっあ”ぁ〜!!」
こんな状況で似合わない事を言ってしまうが、なんて美しいんだ、僕の声は。誰もが魅入ってしまうほど美しくそれでいて甘美な声だ。ボイスレコーダーで録音しておけば良かったと後悔してしまう。
「んぅっ、あ”ぁ!」
未だに何も話さない彼が不気味になって来た。もしかして、本当に理由もなく僕を殺そうとしてる?だとしたらかなり不味い状況だ…。殺人欲求が高まり過ぎてる彼に何を言っても無駄なのは知ってる。実際僕だってそんな事は多々あった。しかし最終的に同じキラーを殺そうとするのは納得できない。あとなんで僕を殺すって決めたんだ。
「やめっ…」
やばい、ナイフが引き抜かれる!今抜かれては出血量が酷過ぎて呆気なく僕は死んでしまう。そんなのは嫌だ!せめてもっと抵抗をして、勇敢な者らしく最期を迎えたい。僕はスターなんだ。いつだって輝くのがアイドルって者でしょ?
「やめてっ、抜かないで!!(体の)中の(血が)…出て来ちゃう!!」
痛みでうまく話せない。彼は一瞬動きが止まり、理解してくれたのかと思ったがすぐさまナイフを引き抜かれた。部屋の照明と僕の血でギラギラと光るナイフを拭き取る彼を見て、なんて残酷なんだと思う僕はこの時点で血が大量に溢れ出ているのに気づかなかった。ハッとして手で傷を塞ぐがドクドク出てくる暗褐色の僕の血。生暖かくて気持ち悪い。
「あ、あっ…」
呆気に囚われていると急に僕の心臓が一度だけ大きく鳴った。これが何なのかすぐに分かった。僕は今、『無防備』状態なんだ。痛みで俯いていた顔をゆっくり上げると同時に振り上げられたナイフを見た瞬間目の前が真っ暗になった。
──次に目を開けると、いつも見慣れた天井を見ていた。ご丁寧に毛布まで掛けてくれている。誰がこんな事をしたなんてすぐ分かった。そう言えば先程の傷はと思い毛布を捲ると僕のお腹に刺さっていたナイフ痕は綺麗に消えていた。ホッと一息つくのも束の間、収納スペースの扉が開いていて、そこから何かがはためく音が聞こえた。彼はまだ僕の部屋にいる。恐らくお菓子を探しているのだろうか…今のゴスフェにはあまり話しかけない方が良さそうだ。彼の殺人欲求は、誰よりも強い。僕一人を一度は殺したとしても恐らくまだ欲求は残っている。そっと放って、静かに一人にしておくのが妥当だ。僕は静かにベッドから降りて、彼がかけてくれたのかハンガーからいつも着ているコートを取って部屋から出ようとしたその瞬間…
「トリスタ…」
「!」
なんて悲しい声をしているのか…彼にこんな声が出せるなんて正直驚いた。収納スペースの扉からひょっこりと顔だけを僕に見せる彼に僕は愛おしさを覚えてしまった。先程まで僕を残忍に殺した者なのに。
「あの…その…」
申し訳なさそうに下を向く彼。きっと謝ろうとしているのだと僕は瞬時に理解した。彼の声に殺意は混じっていない、もう衝動は治ったのだと分かり僕は安心した。殺人欲求で殺されるなんて事、キラーにとっては当たり前なのだろうか…それでも彼に謝罪する姿勢があるなら許してあげてもいいんじゃないかと思ってしまう僕は、相当彼に甘いのだと心のどこかで思った。
「もういいよ。」
「え、本当に?」
「もちろん」
「ありがとう、トリスタ!」
彼が勢いよくその場から走り出したと思えば、僕の胸に飛び込んできた。突然の行動にハッとするがマスク越しにスリスリと顔を胸に押し付けてくる彼が可愛すぎてどうでも良くなった僕は、そのハグを受け止める事にした。
「トリスタは本当に優しいね」
「そ、そんな事ないよ…!」
「じゃあさ、トリスタ」
「なに?」
「また殺してもいいよね?」
「え?」
ドスっと音がしたと共に、腰辺りに痛みが走る。ゴスフェはまた僕にナイフを刺した。そして引き抜かずにグリグリと僕の中をナイフで掻き回してくる。
「あ”ぁっ!ぐっ、ゔぅ…!!やめっ」
「ほら、ほら!もっと抵抗してよ!痛いの?どんな気持ち?」
「おねがい、やめっ、て!痛いから!あ”ぁっ」
「そうなんだ痛いんだ。じゃあもっと痛くするね!」
心なしか彼は喜んでいる様に見えた。まだ殺人欲求が残っていたとは…殺意を押し殺して僕が彼を許すのをずっと待っていたのか!?なんて集中力…油断するなの意味が分かった気がする。
「トリスタは優しいから、何度僕が君を殺そうと許してくれるんだよね?ほら、こうやってどんどんナイフを君の中に入れて行く感覚分かる?全部入っちゃうんじゃない?」
「ちょっ…やめっ…ぐっ、ゔぅ!!」
やばい、このままでは本当に貫通してしまう!!僕は力を振り絞って彼の腕を押さえるが、そんな努力も踏み躙り、ついにナイフが僕の体を貫通してしまった。
「うわ凄い、本当に全部入っちゃった…ナイフからも伝わってくるよ、君の中の温かさ。グリグリしたらどうなるのかな?」
「待って!それはダメ!嫌だっ!」
「待たないよ…!」
貫通したナイフの先からも徐々に傷口が広がってくる。脚を伝い地面にポタポタ落ちる僕の血液が気持ち悪い…。
「死ぬっ、死んじゃう!」
「死なせないよ、僕の気が済むまでね」
「お願い、許して!」
「許すも何も、君は何もしてないじゃん」
「お願いだからナイフ…抜いて!」
「いいの?抜いちゃって」
ほらほらと言いながらナイフを出し入れされる。全てを引き抜かれていないが、筋肉がプチプチと徐々に千切れてゆく感覚が伝わる。それならもう全て引き抜いてもらった方が楽だ。
「抜いて!!」
「君の中に入ってるもの出て来ちゃうけど?」
「いいから!」
「は〜あ。残念、せっかく僕(のナイフが君)と一つになれたのに。もったいない」
ズルズルといやらしくゆっくりとナイフが抜かれ、僕は床に倒れ込んでしまった。痛みは引くどころか悪化して来ている。もう痛いと言う感覚すらない。ただその傷が熱くて熱くて堪らない。
「かはっ…はぁ…ゔうっ…」
「もう一回無防備にするからじっとしててね〜」
「っ!やめ…」
逃げなきゃ。そう本能で察した僕は這いずったまま部屋から出ようとした。しかし無駄な努力なのかすぐさま心臓の鼓動が一回だけ大きくなり、僕は無防備状態となった。一日に二度も死ぬ羽目になるなんて…僕って本当に運が悪いんだな。そう思い呆然としていると、突然ゴスフェは僕の上に馬乗りになった。不味い…これは『メメント』だ!脇腹、背中、そしてもう一度脇腹と痛みを一番感じやすい所ばかり刺して来る。意識が遠退く中、最後に感じた痛みは彼に頭を掴まれ写真を撮られた事だった。
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「いい眺めだなぁ…」
一日に二度も彼を殺せるなんて。
殺人欲求が高まった僕は、自分と一番親しいものを殺そうと考え、最初に頭に思い浮かんできた彼を殺そうと決めた。一度は無言で、二度目は油断した隙に。彼は僕の事を好いているのは知ってるし、ちょっと反省してる素振りを見せたらあっという間に心を開いて僕を許してくれた。本当に単純で分かりやすい男だ。まぁそんな所も僕は大好きだけどね。
彼の死に際の顔とツーショットした写真を見て思わず笑みが溢れる。自ら手に掛けた愛しい人の最期とツーショット出来るなんて、この霧の森でしか出来ない特権だ。はぁ、次に目覚めるのはいつだろう…。今度は甘えに甘やかしてから殺そうか…。
「楽しみだなぁ」
ベッドに寝かせた彼の唇にキスを落として、僕は部屋の椅子に腰掛けた。僕の欲求はまだまだ続く、最後まで付き合ってね?トリスタ。