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「元々、監督夫婦の仲は冷え切っていたようなんだが、ここ一カ月ほど監督の周辺で他にも色々と小さな問題が立て続けに起きていてな。プロジェクトを止めるわけにはいかないし、撮影で動けない猿渡の代わりに俺が出向いて対応していたんだ」
酷く疲れた様子で凛はため息交じりに言った。なるほど。だから、今まで姿を見せなかったのか。兄は口が堅いし頭も切れる。監督とは20年来の仲で結婚式にも呼ばれるほどの仲だ。口下手な所がたまにキズだが、よほど信頼されているのだろう。
だが、自分の尻ぬぐいは自分でしろよと、監督に対して憤りを覚える。よくもまぁ、自分たちの前に出て来れたものだ。
兄には恐らく何かしら理由があっての事だろうと察してあえて聞かなかったのだが……。まさかこんな事になっていたとは思いもしなかった。
きっと、色んな事を一人で抱え込んでいたに違いない。
凛も凛で何故、断らなかったのだろうか? 兄の性格なら嫌な事は嫌だと言いそうな気もするのだが。
ふぅ……と小さくため息をつく。
それにしても、どうしてこうも悪い事が重なるんだ。何か裏で手を引いてる奴がいるんじゃないかと疑いたくもなってくる。
「今回の件、流石にアイツも精神的に参ってしまったらしくてな、暫くは現場に復帰できそうにも無いらしいんだ。だから、今回からは俺が演技指導に加えて撮影の方も担当することになった」
「精神的にって……そんなの自業自得じゃないか。なんで兄さんがそこまで……」
「担当って言ったって凛さんが指導してくれるのは嬉しいけどさ……、CGもない、お金もないのにどうしろって言うんだよ」
ポツリと呟かれた東海の一言に、一同は押し黙る。
撮影に使える時間も限られているし、予算も少ない。
おまけにCGは使えないとなれば、視聴率が取れる見込みは薄い。
正直、お先真っ暗とはまさにこの事だろう。
「あ、あの……グラフィックの機材って、見せて貰う事って出来ますか?」
重苦しい沈黙の中、そう声を挙げたのはずっと黙って事の成り行きを見守っていた雪之丞だった。
「あ! そうだよ、ゆきりんなら操作出来るんじゃない?」
美月がポンッと手を叩いてそう言うと、皆がハッとしたように目を見開いた。一斉に視線が雪之丞へと集まる。
確かに、ゲームを自作してしまうほどの腕前を持つ彼ならば、何とかできるかもしれない。
「ちょ、ま、まだ出来るとは言ってないし! 知識はあっても動かせないと意味がないからっ」
「棗が?」
「えっ、えっと……確実に出来る自信は無いんです。でも……っ」
「雪之丞はコンピューター関連の知識が凄いらしいんだ。僕も試してみる価値はあると思うんだけど」
本当に大丈夫だろうかと訝し気に眉を寄せていた凛だったが、蓮の言葉を聞いてしばらく考え込むように顎に手を当てた。
それから、ゆっくりと視線を上げると真剣な眼差しで雪之丞を見つめた。
「代役を探している時間も惜しい。棗がやってくれるというのなら願ったりかなったりだ」
凛の言葉に、一同は大きく首を縦に振った。CGさえなんとかできればとりあえず話は進むはずだ。
「わ、わかりました。やってみます」
雪之丞は自信なさげな表情を浮かべながらもしっかりとした口調で答えた。
「大丈夫。お前ならきっと出来るよ」
「……蓮君……。う、うんっ」
不安がる彼の肩をそっと叩くと、彼は頬を赤く染めて照れくさそうに笑みをこぼした。
視界の端に、複雑な表情をしたナギの姿が映る。
「百聞は一見にしかずだ。少しざわついているが、実際に行ってみるか?」
「それは、私たちも一緒に行ってもいいでしょうか?」
弓弦の質問に、凛は周囲を見渡しはぁ、と盛大な溜息を吐いた。
彼の後ろには、見てみたい! と言う好奇心に満ちた目をした美月や東海の姿があり、どうしたものかと考えている様子だった。
「わかった……。但し、邪魔だけはするなよ」
「ここが……そのスタジオですか」
案内された場所は、まるで秘密基地のような場所だった。オフィス内の一角に、ひっそりと作られたそこは、扉を開けると中は薄暗く、パソコンのディスプレイが青白く光っているだけだった。
部屋の中には沢山のモニターが置かれており、何処かの研究所のような場所が映し出されている。
「CGクリエーターは本来ならいくつもの工程をみんなで分担して作業することになっている。猿渡の奴が、人件費をケチったせいで今現在はその工程をほとんど全部一人でこなしていたような状態だ。一応、助手がもう一人いるには居るんだが……まだ見習い程度でメインで動くには荷が重すぎるんだ」
「……女にルーズな上にケチって、もうクズじゃん」
憤る東海の言葉に美月もウンウンと激しく同意する。
まだ青臭い二人には、大人の欲望渦巻くどろどろとした世界とは縁遠い存在だったのだろう。
対して、弓弦は幼い頃から様々な裏側を見て来ているのか大して驚いた様子はない。
ナギに至っては、心底軽蔑していると言った様子だ。
「あぁ、全くだ。まぁ、アイツの愚行と罰は後で考えるとしよう。今はとにかく、棗が何処まで操作できるのかが知りたい」
凛はそう言うと、壁に設置されたスイッチを押して部屋の電気をつけた。
パッと室内が明るくなり、眩しさに目を細める。
「へぇ、凄い……中はこんな風になってるんだね」
「あちこち触るなよ。俺にもどれがどのスイッチなのかさっぱりわからん」
興味深そうに辺りをキョロキョロと見渡すナギに対し、凛は釘を刺すようにそう言った。
「ちぇ、ちょっと見ただけなのに」
「実際に触ってもいいですか?」
「あぁ、勿論だ」
不満げな様子のナギに苦笑しつつ、雪之丞が恐る恐る凛に尋ねると、彼は二つ返事で了承してくれた。
おずおずとパソコンの前に立ち、モニターをじっと見つめると、雪之丞が小さく息を吸い、マウスに手を伸ばすのを固唾を飲んで見守る。
カーソルをファイルに合せクリックすれば、合体前のライオンを模したロボットの姿が画面上に映し出される。
「あ……レオ!」
「良かった。ちゃんと動いた」
ホッとする一同の空気の中、雪之丞が物凄い速さでカタカタとキーボードを打ち込んで行く。
モニター上では音楽も何もない状態で、第一話で見たばかりの合体シーンが順番どおりに再現されていく。何を打ち込んでいるのかさっぱりわからないが、時折マウスを操作して、画面上のロボットを意のままに操る雪之丞の姿はいつになく堂々としているようにも見えた。
「……ゆきりん凄……」
「え、ヤバくね? 棗さんカッケェ」
「私、機械音痴なのでよくわかりませんが……多分、これ相当難しいんじゃないですかね?」
美月と東海、そして弓弦の3人が顔を見合わせ感嘆の声を洩らす。その声が聞こえたのかどうかはわからないが、少し恥ずかしそうにしながら、雪之丞がキーボードから手を離し、画面を見つめながら口を開いた。
「凛さん……。合体と合成シーンだけなら、ほぼ使い回しで行けそうです。ただ、他のコマンドはまだ試してないので使えるかは……」
「そうか……」
「それに、音楽と、効果音などのファイルの場所が見当たらないんだけど……何処なんだろう?」
「貴方たち! な、何してるんですか!?」
ホッとしたのも束の間だった。
突然、背後から女性の声がしてみんな一斉に振り返る。
そこには、沢山の資料を抱えた小柄な眼鏡の女性が立っていた。