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睡蓮はシダーウッドの香りに抱き締められていた。
「睡蓮さん、此処に来た意味は分かっていますか」
「分かっています」
「分かっていて来たんですか」
「分かっていて来ました」
鼻先に感じる穏やかなシダーウッドの香りは睡蓮の心の棘を1本、また1本と抜き素裸にしてゆく。静かな波の中で漂う|海月《くらげ》はこんな気分なのだろうかと睡蓮は伊月の背中に腕を回した。
「不倫ですよ」
「良いんです、先生と居る事が出来ればそれでも良いです」
「九州に行ってしまいますよ」
「良いんです、先生」
伊月は銀縁眼鏡を外すとナイトテーブルに置き、睡蓮にそっと口付けた。
「私は焦茶のくまですよ」
「気が付いたんです、私の側に居たのは焦茶のくまでした。私の側に居てくれたのは先生だったんです」
睡蓮は口付けを受け入れながら伊月の両頬を包み優しく見つめた。
「先生が私のくまだったんです」
「それは光栄ですね」
伊月は亜麻色の絹糸に顔を埋めた。
「私が心に決めている女性は睡蓮さんです」
「両思いですね」
「でも、このままでは私は生涯独身ですね」
伊月の手は睡蓮の白い脚を撫で上げた。捲れ上がるワンピースの感触にその肢体は小刻みに震えた。
「やめておきますか」
「いや、やめないで下さい」
「途中で嫌だと言われても私は止まらないですよ」
「いやと言っても最後までして下さい」
「止まらないですよ」
ワンピースのボタンを外しながら伊月はTシャツを床に脱ぎ捨てた。顕になった胸板は思いの外逞しくその意外性に驚いた睡蓮は細い指先でその肌に触れた。
「これが伊月先生」
「これが睡蓮さん」
伊月は睡蓮の乳首に舌を這わせた。ハネムーンの夜に感じる事のなかった熱さが身体中を駆け巡った。もしかしたら雅樹とは身体の相性《《も》》好ましく無かったのかもしれない。身体中を愛おしそうに撫でる伊月の指は快感を連れ睡蓮を包み込んだ。
「あ」
暖かなシェードランプの灯りを見た睡蓮は伊月に電気を消して欲しいと呟いた。遮光カーテンから漏れる街灯の光の筋が2人を照らす。それでも恥ずかしげな睡蓮は両手で顔を隠した。
伊月の指先が睡蓮の内股を伝い上がった。
「大丈夫ですか」
「はい」
そっと触れるとその場所は湿り気を帯び指で触れると糸を引いた。
「指は入れない方が良いですか」
「分かりません」
「指の方が硬くて異物感があるかもしれません、このまま出来るところまで続けましょう」
「分かりました」
「ゴムを着けますから待っていて下さい」
それはまるで病院で受ける問診の様でふと笑みが溢れてしまった。枕の下からコンドームを取り出した伊月はそれを素早く根本まで着けると睡蓮へと当てがった。瞬間、睡蓮の肢体が強張った。
「やはりやめましょう」
「嫌です」
「緊張していますよ」
「嫌です」
「睡蓮さんは意外と頑固ですよね」
「お願い、やめないで下さい」
伊月は壊れ物を扱うようにひだの中にそれを押し付けた。奥に睡蓮の肉壁を感じそれだけで目眩がした。
「痛いですか」
「分かりません、まだ入っていないの」
「まだ入っていません、少し入れますよ、痛かったら言って下さい」
医師の様に淡々と接しているが伊月は今この瞬間にでも膜を破り中に入りたい衝動に駆られていた。ズブっと先端を受け入れた睡蓮は「あっ」と痛みを訴え伊月の腕に爪痕を付けた。
「せ、先生、入ったの」
「少しだけです」
「まだ痛いの」
「女性の痛みが如何か説明は出来ませんが個人で違う様です」
やはり問診を受けている様で緊張は和らいだ。
「血液検査の注射より痛い?」
「痛いと思います」
「そんなに痛いの」
問診のような遣り取りをしていた所為だろう。伊月は陰部の張りが少なくなっている様に感じた。
(今なら痛く無いかも)
「睡蓮さん、我慢して下さい」
「えっ」
「ごめんなさい!」
「えっ!あっ!」
睡蓮は鈍い痛みに腰を反らしたが伊月の両手が尻を引き寄せ陰部が肉壁へと到達した。膣内の温もりを感じた。
「痛かったですか」
「痛かったです、でも、でもこれで終わりじゃ無いですよね」
「終わりにしておきましょう」
伊月は陰部を抜き処理すると睡蓮の肢体を起こして股座を見せた。淡いグレーのシーツには赤茶の染みが付いていた。
「これ」
「はい」
睡蓮は伊月の手を握りながらそれを凝視し涙を流した。
「これがそうなのね」
「はい」
それは痛みを伴う行為だったが愛する人に抱かれたという幸せが睡蓮を包み込んだ。
「先生、ありがとう」
「はい」
雅樹と結婚して約2ヶ月、虚しく寒々しい日々だった。
「先生、ありがとう」
「はい」
ようやく人の温もり、愛すべき人に辿り着いた睡蓮は女性としての喜びを知った。伊月の胸に抱かれて迎えた朝は眩しい陽射が降り注ぎ、2人は優しい口付けを交わした。
「睡蓮さん、送って行きますよ。準備は良いですか」
「はい」
「荷物、持ちますよ。身体は大丈夫ですか」
「ありがとうございます」
光が乱反射する車のサイドミラーに映った睡蓮の目には力強いなにかが宿っていた。