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ヒーローは夜空に散る:玲子編金曜日の夜。凪街の屋上で、私は街を見下ろしていた。夜の空気は、湿気を帯びながらも冷たく、肌を刺すようだった。遠くではパトカーのサイレンが響き、交差点ではタクシーのクラクションが鳴り響いている。路地裏からは焼き鳥の香ばしい匂いと、居酒屋の換気扇から流れる煙草の匂いが入り混じって漂ってきた。眼下には、凪街の喧騒が広がっている。スーツ姿のサラリーマンが肩をぶつけ合いながら足早に歩き、客を求める居酒屋の店員が声を張り上げている。キャバ嬢が笑顔を作りながらホスト風の男と腕を組み、酔っ払いの男たちが道端で大声を上げながらふらついていた。私は双眼鏡を持ち上げ、人々の様子を観察する。今日もいつもの夜……のはずだった。だが、ふと視界の片隅に違和感がよぎる。一人の男——他の酔っ払いとは明らかに様子が違う。足元は不安定で、今にも倒れそうなのに、周囲に気を配るように怯えた目をしている。普通の酔っ払いなら、もっと陽気か、あるいは無防備に眠りこけるものだ。しかし彼は違った。

双眼鏡をさらに近づけ、男の顔をじっくりと捉える。

——瞳孔が開ききっている。

——目の焦点が合わず、虚空を彷徨っている。

——頬はこけ、皮膚は不自然に乾燥している。

それだけではない。彼は何かに怯えている。

「……あれか」

思わず小さく呟く。

夜の街に出回る薬。幻覚や幻聴を引き起こす、それなりに危険なブツだ。

私は双眼鏡を下ろし、ひとつ息を吐く。

「やれやれ、まだ出回っているのかねぇ。」

ビルの冷たいコンクリートを蹴り、私は急ぎ足で階段を降りていった。

降りている最中ある女が私に声をかける。女は白いシャツにジーンズ、その上に白衣を羽織って煙草を吸っていた。

「玲子、そんなに急いでどうした?」

煙草臭さに顔を顰めたが、ぱっと戻し、私は振り向いてにこりと笑みを浮かべた。

「今あれをやっていそうな人見つけたから、声をかけに行こうと思ってね。」

女は煙草の煙を吐くと「そうか」と答えた。

「じゃあ、行ってきます!」

「気をつけろよ。」

私はビルから出ると、先ほどの男を探した。きっとまだ近くをうろついているはずだ。しかし、通りを探してもいない。裏路地も見て回ろうとすると怒鳴り声が聞こえてくる。

「いいからさっさと金払えって言ってるんだよ!」

「そ、そんな大金持っていないです……」

「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!」

路地の奥を覗くと、男二人が若い男を挟みつけるように立っていた。片方は明らかにカタギではない風貌で、もう片方は怯えた表情で地面を見つめている。

「何しているの?」

「あ?」

まずはけんかを止めるべく三人に近づく。

「お金なら私が立て替えるよ。いくら払えばいいの?」

「いやぁ、嬢ちゃんに払える金額じゃあ……」

「いいから、いいから!」

まずはこの男たちからこの人を引き離すのが先だ。笑顔で彼らを見つめていると男たちは黙り、しぶしぶ指を開いた。

「五だ。五万。」

「たっか!何買ったらそんな値段になるわけ!?」

男のほうを振り向いて聞いてみる。

「……覚せい剤、です…」

男は目を泳がせ、喉をカラカラにさせながら言った。

「中毒になって……禁断症状がひどくて……」

私は財布から五万円を取り出すと二人に渡した。

「はい、これでいい?」

男たちは受け取ると

「嬢ちゃんに感謝するんだな!」

そう言い残し男に白い粉を渡して去っていった。

「これが例の薬ねぇ。」

私は男からその薬を取り上げるとまじまじと見つめた。あいつが言っていた今でまわっている薬っていうのはきっとこれのことかもしれない。

「は、はやくそれを……」

「だーめ。お金は私が立て替えたのだから、まずは私の家に来てもらうよ。」

「え、えぇっ!?」

男は驚いていたが手を強く引っ張って強制的にビルに連れ帰った。

 そのままビルの中に入り、二階に上がる。扉を開けて、

「薬一名様ご案内。」

そう言って連れてきた男を雑にソファに放り投げる。

「お疲れさま、後で病院に連れていくよ。」

リビングのソファにはビルの中で話しかけてきた女が座り、テレビを見ていた。私は携帯を取り出し、電話をかける。電話の相手は幼馴染の獅子合だ。

「もしもし、獅子合?」

「なんだ、玲子か。今日はどうした?」

獅子合りょうが。春川組という極道の一員で私の幼馴染。

春川組というのはこの凪街を裏で守る極道だ。

「今日薬やっている人見つけて保護してさ。患者は病院に放り込んでおくから、そっちは犯人捜しお願いね。」

「了解、特徴は?」

「今写真送っておいた。今日会ったのはその二人。」

そういうと獅子合は了解と返し、電話を切った。

「あ、あのここは……?」

ソファに投げられた男は起き上がるとそう尋ねてきた。

「ここは雨宮屋。何でも屋だよ。君、危ない薬やっていただろ。今から専門の病院にぶち込むから覚悟するんだね。」

「そ、そんな……っ!」

男は絶望した顔をした。でも仕方ない。薬からは危ない薬だっていう反応も出たし、やっていることは犯罪だ。警察に送られないだけ感謝してほしい。おっと、獅子合に一つ言い忘れていたことがあった。LUNEを開き

「渡した五万、取り返しておいて。」

と、そうメールした。

「これでよし。」

ヒーローは夜空に散る

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