コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
雨は強くなるばかりで結衣の髪も服もすぐに冷たく重くなった。
それでも歩みは止まらなかった。
花が昔 好きだと言っていた場所を
ひとつずつ辿る。
小さい公園
川沿いの遊歩道
学校裏の古い階段
鮮やかだった並木道
どこにもいない。
どこにも花の気配はなくて
ただ雨音だけが響く。
辿り着いた最後の場所。
二人でよく帰り道に寄っていた。
バス停
そこだけ
雨の匂いとは違う
やさしい匂いがする気がする。
ベンチに
花のハンカチが置かれていた。
白くて、 少しだけほつれていて、
花が結衣にもらった時
嬉しそうに笑っていたハンカチ
結衣は震える手でそっと拾い上げ、
胸にぎゅっと抱きしめた。
どうして 置いていくの、
どうして こんな形で。
涙なのか雨なのか分からない滴が
頬を熱く伝う
そのとき
またスマホが震いだした。
花からの最後になりそうな通知。
『結衣がくれたもの 返すよ 大切だった。ほんとだよ』
胸の中で、
何かが小さくひび割れる音がした
返すって何、
どうして そんなに静かに言えるの
どうして どうして一一
言葉は喉の奥で潰れ、 何も言えないまま
画面の光だけが滲んでいく。
そのとき
バス停の屋根を叩く雨音の奥で
ふと風が通り抜ける。
濡れた空気の中に
花の香りがほんの一瞬だけ混じった。
すぐ近くですれ違ったみたいに
結衣は顔を上げ、後ろを見る。
誰もいない。
けれど 確かにそこに
花の気配だけが残っていた。
境界線を越えてしまった人の残り香のように
結衣はその場に立ち尽くし、
握りしめたハンカチを濡らしながら
静かに呟く。
「花 行かんでよ そこにいて お願いだから」
雨にかき消されて、
どこにも届かない。
雨音が優しいのは
この別れが、 もう変えられないからだ